松本零士先生への手紙

澁澤 初飴

尊敬してやまない松本零士先生へ

 銀河鉄道999が好きです。

 私が育った田舎は、山の中腹に山肌に沿った線路が通っており、夜、銭湯から帰る時に見上げるとまるで列車が銀河に飛び立っていくようでした。


 松本零士先生の銀河鉄道999は停車したその星の1日を過ごし、旅立っていきますね。私は自分の見た列車をそれに重ね、この片田舎からさまざまな星に旅立つのを想像して過ごしました。


 生身の人間の寿命には限りがあります。先生はその数字で示される上限の方に、確かに迫っていらっしゃいました。

 けれど、私は、先生ほどの熱い情熱があるなら、そんなものは超えていかれるのだろうと、当たり前のように信じておりました。どんなに暗い真夜中でも、夜明けがあるのを当たり前に信じるように。


 私は先生の作品の、宙へ向けたロマンが好きです。同時に、逆方向へのロマンも大好きです。


 先生の描かれる男のロマンは、時として高みにありすぎ、足元を這いずる方から見上げたら先生の視線は遠く遠く、その靴についた土の匂いさえしないと感じることもあります。けれどそれがいいのです。

 かと思うと次の瞬間には、すぐ隣の地べたに、寛ぐにしても心許ないのではと心配になるほどのあられもない縞模様の下着姿でどっかと座り、歯を丸出しにしてくったくなく笑っている。それも男のロマンです。たまらなくいいのです。


 私の、先生との思い出は、殆どが先生の作品を通してです。いちファンですから当然です。

 それだっていくらでも、好きだって繰り返すだけになるかもしれませんが、そんなことでよければお話しできます。ザ・コクピットもとても好きです。


 ただひとつだけ、これもいちファンとしてに過ぎませんが、先生の生の講演を拝聴し、握手をしていただいたという幸せな思い出があります。これについて、少し詳しく思い出させてください。


 数年前、地方の美術館でも先生の展覧会が催されました。先生がおいでになり、講演会と握手会があることを遅れて知った私は、いそいそと出かけたものです。

 当時はもうスマホありました。なのに先着順。


 このくらいかなと私はそれなりに早い時間には到着していました。

 しかし、さすがは松本零士でした。徹夜組もあったでしょうか。

 雪こそなかったものの、まだ気温は日が出ても一桁の前半という頃、美術館の前は長蛇の列。係の方が締め切った旨を懸命に示していました。このご時世に事前予約もなしではこうなるでしょう。


 私ももちろん諦め切れず、入り待ちをしておりましたが、その時は残念ながら先生のお姿を拝見することはできませんでした。ただ、その日、地元に先生がいらっしゃると思っただけで空気が999倍呼吸しがいのあるものになりました。

 もちろん展覧会で先生の原画に接したためでもあります。先生の原稿には、未だ冷めやらぬ熱があります。印刷されてすらそう感じるのですから、原画の力といったら。


 さて、そうして多数の同郷の同志が散っていったのを美術館の方が哀れと思ったのか。松本零士先生の再来場が決まりました。今度こそと鼻息も荒く、私は夜明けと共に再度美術館に並びました。ネットで事前予約にしてほしかった。


 季節の変わらないくらいの再来場ということで、外気温はやはり一桁そこそこでしたが、待つ人々の熱は前回を超えていたと思います。

 老いも若きも、先生にひと目お会いしたい一心で、防寒に防寒を重ね、できる準備を全てして、いざお目にかからんと外で並びました。私も準備万端のはずでしたが、温かいお茶はトイレに行けないおひとり様にはNGでした。本当に事前予約にしてほしかった。


 ともかく薄暗い内から並んだ執念が実り、整理券を手にできた時は鼻水が止まりませんでした。

 帰って身支度をするほどの時間もなく、それなら展覧会を見て時間まで過ごそうかと会場入りした人々の、先生の原稿の熱にやられて呆然と座り込む様。老いも若きもとはいいましたが、やはり並んだ人は年配者が多かったです。

 その老骨に鞭打って参加した先生の講演会は。


 熱かった。


 先生は写真などで見た通りの、白髪のおじいちゃんでした。黒に赤のワンポイントのあの帽子をかぶっていらした。ああ松本零士がいる。

 嬉しかったのはそこまででした。


 先生の講演を拝聴して、私は、その情熱に触れながらもこんな大人になって日々を何となく過ごしていることが、もう悲しいくらいでした。


 先生は青年に向けてお話をしておられました。情熱を持つこと、持ち続けることの大切さを語り、身をもって例を見せてくださいました。


 しかしうつむいてしまったのは私だけではなかったんじゃないだろうか。若返ることはできないし、やり直すこともできない。先生のようにはできない。もうおっさんだし、やりたくない仕事はあるし、疲れるし。


 でも、先生のように、先生が見せてくださった物語のように、心を熱くしたい。お声を聞きながら、うつむきながらも私はそう思いました。中年のせめてもの誠意として。


 先生からは未だ衰えぬ意欲が溢れているように見えました。少年の志と青年の情熱を変わらずに持っていらっしゃった。


 打ちのめされて、しかし順番が来て握っていただいた手はとても温かったです。松本零士はまだまだやる、と思いました。

 私はその情熱をわけていただいたと今でも思っています。


 松本零士先生、それがまだほんのちょっと前のことのように思えます。あんなに熱い情熱を持った方が体調を崩されるなんてこと、ないと思った。病気なんて吹っ飛びそうな熱意がおありでした。

 あの情熱がある限り、ずっと描き続けられるのだろうと、私はずっとそれを夜空の星のように目指しながら、これからを生きていくのだろうと思っていました。


 まさか、嘘。

 それを越えて今はじわじわと実感が出てきて、それを認めたくないけれど、悲しいです。

 でも野沢雅子さんが言っていたように、先生は銀河鉄道に乗車されたんだろうな。今よりずっと自由になって、不思議な星を旅されるのでしょう。

 それなら、仕方ないんですね。先生の次の幸せを、素敵な旅をされることを、心からお祈りします。


 私もいつか、先生の乗った汽車に乗り合わせたい。それまでたくさん先生のマンガを読んでいきます。

 先生、それまで、さようなら。

 

 

 




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