エピローグ

日記3

○月○日


今日から新しいノートになる。十七冊目だ。日記で自分のことを「私」と呼ぶこと。標準語を使うこと。ノートに手で書くこと。どれも理由なんてない。日記を書き始めた中学生のあの日から、ずっとそうしている。ペンを動かして「私」の心を書くことが、一日を終える儀式。それはいつか、人生を終える儀式になる筈だ。


○月○日


デブ親父からひどく叱られた。客引きすらまともにできない私は、社会では使い物にならないと。知るかボケ、死ね。


○月○日


始めて客引きに成功した。夜になると、嬉しさよりも遥かに大きな罪悪感に気付く。デブ親父に追い込まれたあの男の子の青ざめた顔。デート商法は犯罪じゃない、とデブ親父はいった。嘘つけボケ。弱者が自分より弱い者を苛める、最低の犯罪だ。こんな世界に入るんじゃなかった。


○月○日


他人が恐い。心底疎ましい。でも、一人は寂しい。矛盾してる。それが私の心。


○月○日


死にたい。一人じゃいやだ、誰かと一緒に。デブ親父を刺す? 体力的に無理。小学校で無差別殺人? 心理的に無理。じゃあ、一人で死ぬ? 今はまだ、無理。死にたくない。死にたい。死にたくない。


○月○日


わかった。あの男の子は、私に似ているんだ。だからこんなにも罪の意識で苦しいんだ。もう二度と会える筈もないけれど、もし会えたなら──あの子なら、私と一緒に死んでくれるかもしれない。


○月○日


私は誰だ。尼崎の地獄を抜け出して、東京の別の地獄に自らハマった愚か者。自分を「うち」と呼ばず関西弁も話さず、標準語で日記を書く「私」は、誰だ。里見玲子はバイトの名前。大貫由加里は舞台の名前。鈴木まりもは戸籍の名前。どれもその瞬間の仮面。本当の私は、日記を書いているこの私だ。誰にも知られない、誰にも支配されない、誰にも愛されない、私だけの、私。

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やくみん! お役所民族誌 蓮乗十互 @Renjo_Jugo

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