第10話

 深夜の図書館。

 天窓から差し込む月明かりだけが、本の森を優しく照らしている。


 シュタイナーの鎧を着たシリルが歩いていた。

 ここの地下には結社の集会場がある。

 シリルはそこを目指していた。


「あら、あなたが顔を出すなんて珍しいのね」


 涼し気な声が響いた。

 本棚の上に、シリルと同い年くらいの少女が座っていた。

 月明かりに照らされて、すみれ色の髪が妖しく輝いている。


 彼女は『リーザ・リブラドール』。

 星々の終焉セレスティアルのメンバーだ。


 トン。

 かすかな音を鳴らして、彼女は床に降りた。

 まるで幻のような動きだった。


博士ドクトルを怒らせてしまったのでな。謝罪くらいはしておこうかと」

「彼なら来ていないわね。どこかにこもって研究をしているんじゃない。誰かさんに復讐するために」

「そうか……」


 それは困った。

 わざわざこんな所まで足を伸ばしたのに。


 リーザはコツコツと足音を鳴らして、シリルに近づいた。

 グッと背伸びをして、顔を近づける。


「わざわざ博士ドクトルに喧嘩を売るなんて、どういう風の吹き回しなの? 私には博士ドクトルを殺すなと言ったくせに」


 リーザは博士ドクトルに強い恨みを持っている。


 彼女は博士ドクトルの被験体だった。

 博士ドクトルによって体をぐちゃぐちゃにされて、捨てられた。


 もはや回復は不可能。

 肉の塊として一生を生きるしかなくなっていた。


 それを可愛そうに思ったシリルは、彼女に新しい肉体を渡した。

 金属で作られた人形の体を。


 簡単に言えば、サイボーグ。

 リーザの体のほとんどは作り物だ。


「事情が変わったからだ」

「事情ってなにかしら。串焼き屋の女の子? そんなわけないわよね」


 もしかして、とリーザは続けた。


「その場にいた魔法学園の女の子たち?」


 ドキリと、シリルの心臓が跳ね上がった。

 エリテアとセレナを助けていることがバレたか?


 いや、リーザはシリルに恩を感じている。

 最悪、本当のことを言っても協力してくれるかもしれない。

 そこまで焦ることはない。


 シリルは自分を言い聞かせる。


「とうとう女の子に興味が出てきたの?」


 グッとリーザが抱き着いてきた。

 シリルの耳元でささやく。


「なら私で良いじゃない。頭からつま先まで。私の全部はあなたの物なのよ?」


 前々からお誘いは受けている。

 だがシリルは断っていた。


 なぜなら、恋愛とか面倒だから。

 自分の恋愛よりも、他人の恋愛を見ていたい。

 そっちの方が気をつかわないし、飽きたら見るのをやめるだけでいい。


 ましてや、リーザは重そうな女性だ。

 物理的ではなく精神的に。

 束縛とか凄そう。

 

 だから、シリルは軽く首を振った。 


「いや、天上者ゼニス殿に手は出せないだろう」


 天上者ゼニス

 それは結社でも特別な立場にいる者たちの位階だ。


 天上者ゼニスは人間を超えた者たちだ。

 リーザが機械の体を手に入れて、それを使いこなしているように。

 彼らは既存の『人』とは違った存在へと進化している。


 完全ではないが、結社が目指している存在。

 そんな奴らが12人いる。


 その全員がとてつもなく強い。

 英雄だったエリテアの父を殺したのも、天上者ゼニスの奴だ。


「あら、あなたと一つになれるなら天上者ゼニスの立場なんていらないわ。それに、あなたに与えられたようなものだし」

「それでも遠慮しておく。私は恋愛には興味がない」


 リーザは残念そうにシリルから離れた。


「じゃあ、これからどうするの? 博士ドクトルを探すの?」

「……いや、そこまでするつもりもない。今日のところは帰る」


 そう言って、シリルが踵を返した時だった。


「いいや。帰ってもらっちゃ困るな」


 重苦しい声が響いた。

 ズン!!

 鈍重な音を響かせて、シリアの前に大男が飛び降りた。


 全身を玉虫色の鎧で包んでいる。

 顔も完全に隠れており、獅子のような兜を被っている。


博士ドクトルのクソ野郎から聞いたぜ。裏切り行為があったってな」


 男は背中から大剣を引き抜いた。

 ボトボトと肉が落ちた。

 大剣からこぼれるように。


 それは大剣ではなく、キメラだ。


 真っ赤な肉、その中から飛び出す骨。

 ギョロリとした目が、つばからこちらを見つめている


「誤解だ。レグルス、私は裏切っていない」


 『レグルス・キマイラス』。

 エリテアの父の仇だ。

 

 結社の邪魔ものや、裏切り者を殺すような任務を受けることが多い。

 殺し屋のようなやつ。


 面倒なことに、シリルが標的にされているらしい。


「弁解ならあの世で聞いてもらえ」


 レグルスが大剣を振るった。

 ガン!!

 リーザはシリルの前に躍り出ると、素手で大剣を止めた。

 その手は淡く光っている。


「あら、レグルスキメラは人の話も聞けないのね。体だけじゃなくて、心まで醜く変わってしまったのかしら?」


 レグルスは呪いのせいで、生まれた時からキメラだ。

 自身の見た目にコンプレックスを感じているため、常に鎧を着こんでいる。


「捨てられた失敗作が吠えるな。そこをどけよ、ぼろ人形」


 リーザとレグルスならば、レグルスのほうが強いことになっている。


 天上者ゼニスには、第一~第十二座までの序列がある。

 基本は強い順だ。

 

 そしてレグルスは第三座。リーゼは第四座。

 レグルスの方が強いが、僅差だろう。


 リーザは『ぼろ人形』とバカにされたのが気に入らないらしい。

 目が鋭くなっていく。

 その残虐性を表すように、鋭く笑った。


「シュタイナーから貰った体を侮辱したわね。雑種ごときが」

「かかってこいよオンボロ!!」


 レグルスは大剣を、リーザは拳を振りかぶった。


「そこまでだ」


 シリルが手をかざすと、二人の動きが止まった。

 いや、止まったのではなく、止められた。


 リーザはおとなしくしている。

 だがレグルスは必死に剣を振るおうとあらがっているのが分かる。


「私は裏切っていない。君たちが戦う理由もない。今はそれで納得してくれ」


 レグルスはエリテアが倒さないと駄目だ。殺すわけにはいかない。

 かといって、リーザを見捨てるわけにもいかない。

 とりあえずは見逃してもらうしかない。


「テメェ!? いつからこんな力を!」

「元からよ? 脳までキメラになったレグルスが気づいてなかっただけでね」


 レグルスは怒っているようだ。

 頭を冷やしてもらうのに、いったん離れたほうが良いだろう。


 シリルはリーザに近づく。

 そして彼女を抱き寄せた。


「ひゃ!? どうしたの急に?」


 ぐわんと視界がゆがんだ。

 次の瞬間。


「ここは?」


 シリルとリーザの二人は屋根の上に居た。


「とりあえず離れた所に転移した。レグルスとは、そのうち話し合う」


 そう言って、シリルはリーザを見た。

 リーザは顔を赤くして、周りをチラチラと見ていた。


 どうしたのだろうか。

 シリルもつられて周りを見渡す。


 そこは歓楽街だった。

 しかも、大人な宿泊施設とかがあるあたり。


「お持ち帰りってことね?」

「いや、マジで偶然なんです。許してください」

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百合ゲーヒロインたちを陰ながら助けようとした俺が、彼女たちに追われるのはなぜ? こがれ @kogare771

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