第9話

(ああ、なんでこうなってしまったんだ……)


 シリルは後悔していた。

 腕の中にはセレナを抱き上げている。




 数時間前。

 気がつけばセレナとはぐれて、エリテアと二人きりになっていた。

 しかし今日はセレナを狙った襲撃イベントがある。


 本来であればエリテアを連れて、ここにやってくるべきだったのだが。


『セレナちゃん、この街に慣れてないし迷子になってるかも。私は来た道を戻ってみるから、シリルはクエストの場所に行ってみて』


 エリテアは言い切ると、勢いよく走って行ってしまった。

 止める隙も無かった。


 エリテアも追いかけたかったが、セレナを放っておくほうがマズい。


 襲われていたセレナを発見したが、シリルの状態でセレナとの距離を近づけるのはマズい。

 とりあえず『シュタイナー』になって、助けに入ったのだった。

 



「シュタイナー殿、説明していただきたい。まさか本気で、三大派閥の一つ『不死派

』を敵にまわすつもりなのですか?」


 星々の終焉セレスティアルは一枚岩ではない。

 どのようにして『人を高みへ導く』か。

 その手段や方法で派閥に分かれている。


 不死派はその中の一つだ。

 アンデッドを研究して、人を不死身に変えることで人類は救われると考えている。


 ちなみに博士ドクトルは『合成派』。生物をつなぎ合わせて進化することを重視している。


 そしてシュタイナーは『機工派』。機械によって足りない物を補おうといった派閥だ。

 ちなみに現在はシュタイナーしか入っていない。


 話を戻す。

 不死派と敵対したいかと言われると、もちろんしたくない。


 不死派は吸血鬼であるセレナ関係のイベントで重要だ。

 下手に潰してはイベントが無くなってしまう。


 だが幸いなことに、今回の敵はちょっとしたモブだ。

 博士ドクトルの時とは違う。


 セレナを捕まえに来たのも勝手な行動だ。

 その件について、あとで不死派の偉い人に怒られるはず。


 シュタイナーが関わっていることは、おどして黙らせればいい。


「お前に説明するつもりはない」

「は?」


 シリルの背後の空間がゆがんだ。

 そこから現れたのは二門の砲。

 明らかにまだまだ続きがある砲の先端だけが、暗い穴から顔を出している。


 ズドン!!

 閃光が走った。

 路面を引き裂きながら、ゾンビたちを駆逐していく。


「貴様ぁ!!」


 戦士ゾンビがハンマーを振りかぶる。

 目標はシリルとセレナ。

 ギュッとセレナが目をつむった。


 ドン!!

 ハンマーが止められた。

 シリルの鎧。

 その背中から伸びた金属の尻尾によって。


 尻尾を振るって、ハンマーを弾き飛ばす。

 キュィィィンと、歯医者のドリルのようなモーター音が響いた。

 尻尾の先端に光が集まる。

 ズッ!

 小さな音と共に放たれた光は、戦士ゾンビを引き裂いた。


「わ、私の最高傑作が……」


 シリルは尻尾の先端を男に向けた。


「ひっ!?」

「お前が独断で動いていることは分かっている。殺されたくなければ、私の事は他言しないことだ。分かったら行け」

「わ、わかりましたぁぁぁぁ!!」


 男は転びそうになりながら走り去って行った。


(いまさらだけど、お姫様抱っこは違う気がする)


 守りやすいかと思って、ついやってしまった。


 シリルはセレナを見る。

 吐息が当たるほどの距離に、セレナの顔がある。

 ドキッと胸が高鳴った。


 ジッとシリルを見てくるセレナ。

 つい、数秒ほど見つめあってしまった。


「……回復はすませた。一人で帰れるな?」


 シリルはセレナを下ろす。

 セレナが少し残念そうに見えた。

 気のせいだろうとシリルは考え直した。


「シュタイナーさん、でしたよね?」

「そうだ」


 なんの話をするのかと、シリルはドキドキする。


「シュタイナーさんは、本当にエリテアのお父様を殺したんですか?」


 セレナは疑うように言った。

 その質問か!

 シリルは喜ぶ。


 セレナがそのことに疑問を持ってくれているのならば、エリテアの誤解を解いてもらえるかもしれない。


「前も言ったが、人違いだ。他にも鎧を着こんでいる結社の人間がいる」

「そう……ですか」


 セレナは納得してくれたようだ。

 あとは、上手いことエリテアと話してほしい。

 シリルは願っておく。


「……私も失礼する」

「待ってください!」


 立ち去ろうとしたシリルの服を、セレナがつかんだ。


「また、お会いできますか?」


 なぜそんなことを聞かれるのだ?

 シリルは首をかしげる。


 なにか会いたい理由があるのだろうか。

 考えてもいまいち出てこない。


「私の計画上、必要があれば会うこともあるかもしれない」


 エリテアとセレナをハッピーエンドに導く計画だ。

 今後もシュタイナーには役立ってもらうつもりのため、会うこともあるだろう。


「計画とは?」

「それは教えられない」


 セレナは納得してくれたらしい。

 シリルの服を離してくれる。


 シリルは無言のまま浮かび上がり、空間のゆがみと共に消えて行った。





 セレナはシュタイナーが消えた空間を、ぼんやりと眺めていた。


 いまだに胸がドキドキと脈打っている。

 危ないところを助けてもらっただけで、こんなになってしまった。


「こういうのをチョロいと表現するのね」


 そのつぶやきは誰に聞かれることもなく、セレナの心に染み込んでいった。

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