第8話

「ほら、今度はあっちに行ってみようよ」

「エリテア食べすぎじゃない? あまり食べると太るわよ?」

「大丈夫だよ。その分だけ動いてるから!」


 エリテアとセレナがイチャイチャと手をつないで歩いている。

 見た目は百合カップルだ。

 そう言った段階には進んでいないはずだが。

 それでも見ていて癒される。


(生まれてきて良かった……ありがとうこの世界に転生させてくれて)


 シリルは神様てきな何かに祈っておく。

 

「ほら、シリルもこれ食べる?」


 そう言って、エリテアはクレープを差し出してきた。

 さすがに前世ほど豪華なものじゃない。

 クリームも少ないし、盛り付けられたフルーツの色もちょっと悪い。


 それでも推しから貰えるクレープは極彩色に輝いて見えた。

 今まで食べたどんなスイーツよりも素敵だ。


 たが、それは食べてはいけない。

 もうすでにエリテアとセレナが、一口ずつ口をつけている。。

 食べてしまえば二人と間接キスをすることになってしまう。


 エリテアは気づいていないようで、あたりまえのように差し出している。

 セレナは気づいているようで、少し顔が赤くなっていた。


 百合の間を邪魔する男になってはいけない。

 そんなことをしてしまえば、同志に殺される。


「いらない。俺は甘いものは嫌いだ」

「はい、嘘つき。パーティーでバクバク食べてたじゃん」

「うぐっ(そうだった、エリテアには見られてたんだ……)」


 シリルは口ごもる。

 間接キスだと指摘するのは微妙だ。

 まるでシリルが気にしてるみたいになる。

 それはキャラがブレる。よくない。


「ほら、早く食べてよ!」

「はい……(すまない。同志諸君!)」


 シリルはクレープをかじる。

 甘酸っぱいおいしさと共に、罪悪感が口の中に広がった。


 対照的に、セレナはキラキラとした目でシリルを見ていた。


(何がそんなに楽しいの?)


 シリルにはセレナの気持ちが分からない。

 今のやり取りに、面白い要素があっただろうか。

 

 エリテアはもぐもぐとしているシリルを見ると、満足したようだ。

 クレープを食べようとして、


「あ、間接キスじゃん!」


 顔を赤くした。


(なんでもっと早く気づいてくれないんだ)


 エリテアは、クレープとシリルを交互に見る。

 食べるかどうか、迷っている。

 意を決したように、クレープにかぶりついた。


 その様子を、セレナはニコニコと見ていた。


「うふふ、クレープは美味しい?」

「ちょ、ちょっと甘すぎるかもなー」

「ええ、そうね。とっても甘いわね」

(分からん。こんなイベント無かったのに、いったい何が起きているんだ?)


 シリルはぐるぐると頭を悩ませていた。





 その後、三人は課題をこなしていった。

 原作では、まだゲームの序盤だ。

 そこまで難しい課題も、敵モンスターも出てきていない。

 残すは最後の課題だけになった。


「ふふ、なんとか二人から離れられました」


 セレナは今ごろは仲良くしているだろう、エリテアとシリルを思い浮かべる。

 なかなか途中離脱はできず、結局最後の課題になって離れることができた。


 二人のイチャイチャを眺めることができないのは残念だが、セレナはひとまず良しとした。


 最後の課題は、旧市街に出現したモンスターの討伐だ。


 旧市街は現在はあまり住んでいない地区だ。

 そのせいで警察の手が回っておらず、モンスターが出現しても放置されている。


 それでも旧市街にも生活している人がいる。

 モンスターを放っておけば、けが人がでるかもしれない。


 幸いなことに、目撃情報のあるモンスターは弱いものだ。

 セレナ一人でも問題はない。


「あ、アレですね」


 怖い顔をした、犬のモンスターがいた。

 情報通り、大したモンスターじゃない。


 セレナは剣を振るって簡単に片づけた。


「よし、これで完了ね」


 早く戻れば、二人の様子が見れるかもしれない。

 セレナは急いで戻ろうとした。


「おっと、お待ちください」


 男の声がした。

 そちらを見る。

 そこには全身をローブで隠した、仮面の男。

 明らかに怪しい。


「……何の用ですか?」


 セレナは剣に手をかける。

 襲われたらすぐに対処できるように。


「私は星々の終焉セレスティアルの下っ端ですよ」

「っ!?」


 剣を引き抜いて構える。


「なんの用かしら?」

「我々はあなたが欲しいのです」

「告白ではないわね?」

「もちろん、興味があるのは吸血鬼だからですよ」


 男はパチンと指を鳴らした。

 それを合図としたように、周りの家の中から人があふれだす。

 いや、それは人ではない。


「ゾンビ!?」


 勢いよく人流が氾濫はんらんする。

 目標はセレナだ。


「ハァッ!」


 セレナは剣を振るう。

 ゾンビは下級のアンデッドだ。

 体はもろく。動きも単調だ。

 吸血鬼の力の前に、大量のゾンビが切り裂かれていく。


「この程度では無駄よ!」

「くくく……吸血鬼の力は素晴らしいな!」


 男は再び指を鳴らした。


「だが、これならどうかな!?」


 バゴン!!

 家の外壁が壊れた。

 そこから出てきたのは大柄のゾンビ。


 全身に甲冑をまとい、大きなハンマーを持っている。


「こいつは、そこそこ有名だった戦士をゾンビにしたものだ。そこらの雑魚と一緒にするなよ?」


 ダッ!!

 戦士ゾンビが走り出す。


 他のゾンビを弾き飛ばしながら、セレナに迫る。


「これで!」


 戦士ゾンビは全身を鎧で守っている。

 だが頭だけは無防備だった。


 その頭を串刺しにしようと剣を突き付けるが、


「避けられた!?」


 戦士ゾンビは軽く首をひねって攻撃を避ける。

 ゾンビが攻撃を避けるのは珍しい。

 生前が熟練の戦士だった場合にのみ、このような戦術的な行動をとる。


 セレナは油断していた。

 ゾンビなんてただの的だと。


 戦士ゾンビがハンマーを振るった。


 メキィ!!

 セレナの体に直撃する。

 骨が割れる音がする。

 体中に激痛が走る。


 ズドン!!

 バットでボールを撃ったように飛ばされた。

 勢いよく壁に激突する。


「がっ……げほ!」


 痛みで上手く呼吸ができない。

 立ち上がれない。

 必死に口を開くが、悲鳴も上げられない。


「さて、手足ぐらいは潰しておくか、吸血鬼なら大丈夫だろう」


 足音が近づいてくる。

 男とゾンビたちの足音が。


 嫌だ。

 怖い。

 誰か助けて。


 だが誰が来るわけでもない。

 ぽつりと、地面に涙が落ちた。


 セレナの背中に手が当てられた。

 その手は、いたわるようにゆっくりと背中を撫でる。


「落ち着け。今から回復する」


 優しい声が聞こえた。

 それと同時にセレナの体が淡く光る。

 痛みが引いていく。


「シュタイナー殿!? ……噂には聞いていたが、本気で結社を裏切るつもりなのか!?」


 セレナが顔を上げる。

 そこに居たのは、黒い鎧の上にコートを着た男。

 シュタイナーと呼ばれていた結社の人間だ。


「なぜ、あなたが……」


 シュタイナーはセレナを抱え上げる。

 お姫様抱っこの体勢だ。


「え、あ、あの!?」


 セレナはこんなに男性と密着したことはない。

 ドキドキと胸が高鳴る。


「おとなしくしていろ」

「は、はい」


 セレナは真っ赤な顔をして、シュタイナーに体を寄せた。


 シュタイナーの鎧の手先などは、薄い革のような素材でできていた。

 そこから暖かい体温が伝わってくる。

 それがより一層、異性に触れていることを感じさせる。


 セレナはシュタイナーの顔を見上げる。

 危ないところを助けてくれた。

 前に会ったときも女の子を助けてくれた。


 その姿は、


(物語の騎士様みたい)


 セレナはうるさい鼓動を感じながら、ぼんやりとシュタイナーを見つめた。

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