第7話
セレナは本を読むのが好きだ。
寝る前のゆったりとした時間。
その時間に、空想の世界へと旅立つ。
最近ハマっているのは恋愛小説だ。
没落貴族の令嬢と、侯爵家の青年のラブロマンス。
周りから煙たがられても、明るく振る舞う令嬢。
彼女に振り回される青年は、トゲトゲしい態度をとりながらも、令嬢のことを気にかけている。
青年のような人を、一部の人々はツンデレと呼ぶらしい。
二人の楽しげな会話と、いじらしい恋愛模様を見守るのが好きだった。
「そういえば、この関係性って……」
セレナはふと気づく。
令嬢はエリテアに似ている。
青年はシリルに似ている。
そしてセレナの見立てでは、エリテアはシリルのことが気になっている。
恋愛感情までは行っていないかもしれない。
それでも特別な親しみを感じているのは確かなはずだ。
そう考えると、
「なんだか、二人のことを応援したくなってきたわ」
それは『推し』という感情。
この世界にはまだ存在しない言葉だが。
セレナは『エリテア×シリル』を推している。
シリルは『エリテア×セレナ』を推している。
推し合い状態だ。
推しくらまんじゅうかな?
「……そうだわ!」
なにやら、セレナは余計なことを思いついたらしい。
その日はホクホク顔で眠りについたセレナだった。
○
魔法学園の教室は、大学の講義室などの雰囲気に近い。
その後ろの方の席に、シリルは座っていた。
「シリル様、どうしてこの間は急に飛び出して行ったんですか?」
のんびりとした声が響いた。
声の主は『デクノ・ウマホース』。
大柄で太っている。
見た目も性格も丸い青年だ。
「おい、余計なことを聞くなよ!」
続いたのは、神経質そうな甲高い声だ。
こっちは『ペディア・シカスタッグ』。
小さな背。四角い眼鏡。全体的に角ばったフォルムをした青年だ。
二人ともシリルの取り巻きだ。
原作にも登場しており、『ウマホース』と『シカスタッグ』で馬鹿コンビと呼ばれていた。
ペディアはデクノの耳に顔を寄せて、ごにょごにょと喋る。
シリルにはよく聞こえない。
「シリル様はエリテアのことが気になってるんだ」
「それは、好きってこと?」
「たぶんそうだ。二人は幼馴染だからな」
「そっか、だからペディアは、エリテアとセレナが課題を受けたことを、シリル様に伝えたのか」
「そういうことだ」
二人はシリルに向き直る。
その顔は気持ち悪いほど、ニコニコとしていた。
「なんなんだ。気持ち悪い」
シリルに男がベタベタしているのを見る趣味はない。
BLはノーサンキュー。
見た目が美少女ならいけるが。
「ところで、シリル様とエリテアの関係はどうなんですか?」
「なにを言ってるんだ。俺とエリテアには何の関係もない」
「またまた、そんなこと言って――おや?」
カツカツと、背後から足音が響いた。
後ろを振り向くと、そこにはセレナが居た。
「……なんの用だ?(今日もセレナは可愛いな!)」
心のなかではセレナを賛美しながらも、警戒する。
セレナがシリルに話しかけてくる理由が分からない。
またイベントを壊すようなアクシデントが起こらなければいいが……。
シリルは平穏を祈る。
「シリルさん、宝探祭に一緒に出ることになったわね?」
「そうだな」
馬鹿コンビが、『え、僕たちは!?』と驚いている。
本来であれば、二人と出る予定だった。
だが、そんなのは無視だ。
「エリテアと一緒に、私の課題を手伝って貰えないかしら」
「なぜ、そうなる(いや、どっちみちストーキングするつもりなんだけど……)」
シリルは不機嫌に言い放つ。
そもそも、なぜシリルを誘うのだろうか。
セレナはシリルのことが嫌いなはずなのに。
「3人の連携を高めておきたいの。エリテアのためにも優勝を狙いたいから」
なるほど、エリテアのためかとシリルは納得する。
だが、『シリル』のキャラ的に答えはNO!
わざわざ、そんなことに手を貸す性格では無い。
そう答えようとしたのだが。
「流石ですシリル様! 他人の課題を手伝ってやるなんて、とてつもない人格者ですね!」
デクノは言いきった。
やめろ。断りづらくなるだろ!
シリルは心の中で怒鳴る。
「高貴な
ペディアがさらにヨイショする。
こいつら、わざとやってんのかと疑う。
ペディアとデクノのせいで、シリルが了承したような空気になった。
「それじゃあシリルさん、細かいことは後で話しますね」
「いや、俺は――」
言いきる前に、セレナは離れてしまう。
ギッと馬鹿コンビをにらむ。
なぜか親指を立てられている。
いい仕事したぜと、言いたげな顔だ。
なんなんだコイツら。
○
「フフ、上手くいったわ」
セレナは嬉しそうに笑う。
「あとは、エリテアとシリルが二人っきりになるタイミングを作れば完璧ね」
3人で出かける。
なんとかセレナが離脱。
そうすれば、エリテアとシリルの二人きりの状況が作れる。
それは実質的に二人のデートだ。
うまく行けば二人の仲が進むかもしれない。
その様子をセレナは遠くから楽しめばいい。
「次の課題の日が楽しみだわ」
セレナはルンルンと歩いていった。
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