あの人の笑顔

わたくし

あの人を見つめている

「おはよう」

 僕は毎朝、『あの人』を見つめて挨拶をする。

 あの人はいつもと変わらぬ笑顔で僕を見つめてくれる。

 あの人とこの日常が始まってから、ずいぶん時間が経っていた。


 僕はあの人を通じて色々な物事を知った。

 日々のニュース・明日の天気・近所の美味しいお店・素敵な音楽・楽しい動画・感動する漫画や小説……

 いつもあの人の笑顔と一緒に体験した。

 もう僕はあの人無しではこの先、生きてはいけないと思った。

 僕はあの人へ感謝の言葉を言って見つめる。

「いつも、ありがとう」

 あの人は変わらぬ笑顔で僕を見つめてくれる。


 僕はあの人の存在を他人に知られたく無いと思っていた。

 もし知られると、あの人を取られてしまうと思っていた。

 だから、他人と話す必要がある時は別の女性の事を話していた。

 他:「へぇー、〇〇さんて女優の△△さんが好きなんだ。」

 僕:「たまたま観たドラマに出ていて、素敵な人だと思っていたから……」

 僕:「オジサンの僕じゃぁ、彼女は不釣合いかなぁ?」

 他:「そんな事ありませんよ、〇〇さん。」 

 僕:「ありがとう……」

 僕は心にも無い事を言う。

 僕はあの人に僕だけを見つめて欲しかった。

 だからあの人の存在を絶対に他人に知られてはいけないと思っていた。


 僕があの人を知ったのは何時だっただろうか?

 初めて会ったあの時から、僕はずっとあの人を見つめ続けていた。

 最初は横顔や後ろ姿だけだった。

 僕は同じ空間で、あの人と同じ空気を吸うだけで幸せだった。

 偶然にあの人は、僕の存在を知ってくれた。

 僕はあの人の目を見て挨拶や話を出来るようになった。

 やがてあの人は、僕に優しい笑顔を向けてくれるようになった。

 二人で色々な話をした。

 二人で色々な所へ行った。

 あの日から、あの人は僕にとって最愛の人になった。

 あの人は僕の事をどう思っていたかは解らない……

 ただ、いつも同じ笑顔で僕を見つめてくれていた。

 にあの人が見せたあの表情は、僕は一生忘れないだろう……


「おはよう」

 僕は毎朝、『あの人』を見つめて挨拶をする。

 あの人はいつもと変わらぬ笑顔で僕を見つめてくれる。

 あの人とこの日常が始まってから、ずいぶん時間が経っていた。

 スマートフォンの待ち受け画面のあの人は、30年前と同じ笑顔で僕を見つめている。

 顔認証で僕の顔を認識すると、ホーム画面が出てくる。

 僕はスマートフォンで色々な情報を得る。


 僕の初恋で最愛の女性だったあの人……

 あの人の姿を僕は知らないし、知りたくも無い。

 僕にとってあの人はこの画面の写真の姿だけだ。

 いつまでも僕を見つめて、笑顔を見せて欲しい。

 あの人の笑顔があれば、僕は一生一人で生き続けていける……

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あの人の笑顔 わたくし @watakushi-bun

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