『ガール・ライク・ボーイ』―日本霊異記『力ある女の、力捔(くら)べを試みし縁』RemiX
小田舵木
『ガール・ライク・ボーイ』
ウチは女の癖に、馬鹿みたいに力が強い。ついでに体格も
お陰でまあ、女のような真似は出来なかった。
気がつけば男の子と遊び、男の子のように振る舞うようになっていて。
「
木津とは私の名字だ。フルで言うなら
「おう…っと悪いが―先行っといてくれ」ちょっとトイレに用がある。こんなもんウチには必要ないと思うんだが。
―木津さんは生まれる性別間違えてるよねえ。
なんて。そんな声が聞こえないでもないウチの日常。そこに悪意が無かろうと
ウチだって―いやあたしだって。一応は女だ。だのに妙なユニセックス具合で困ってる。顔つきが父親に似て鋭くて。でも出るべきラインはしっかり出始めてる…母親に似始めたのだ。
こういう、どっちつかずな体と女としての自我。不協和
最近は男子とスポーツする時に対策が
コイツは―潮時なのかもしれん。
いい加減ウチは―あたしに戻るべきなのかも知れん。
が。制服以外でスカートを履くと拒絶反応が出るこの体…どうしたら女のように振る舞えるというのか?
◆
ウチは―まあ。この中学校と言う社会ではよく分からない立ち位置に居る。
男
女
こういうの。なかなかにストレスだ。
人間の脳の配線は思春期はまだまだ進行中で不安定だと言うのに―外部でも不安定な扱いを受け。
あたしの心は落ち着きが見いだせなくて。
あっちへフラフラ。こっちへフラフラ…いい加減どっちかに落ち着きたいんだけどなあ。
スポーツをするのも楽しいのだ。
同時に。
可愛い服とか小物とか可愛いものへの欲求もなくはなくて。自分でも困る事が多々。
こういうのをそれっぽく言うなら、アンビバレンスってトコだろうか。心理学的に言えば
こういうのを簡単に解決する尺度は何か?―性、である。
ところがどっこい。ウチの周りにはロクな男がいやしない。話題のアイドルたちもどうにも女性的過ぎるし…
あたしが憧れるのは―男の匂いがムンムンするような男なのだ。極論―西郷隆盛のような。
「ぬああああ」なんて女子トイレで
◆
あの女は―ある日突然現れた。転校生って事だな。
胸元までの緩いロングヘア。顔は優しい眉に大きな眼の組み合わせ…
うん。もはや
ウチは教室のいちばん後ろ、窓際の1人席で放心していた訳だが―
ん?ウチの隣、いつの間にか席あるじゃん?まさか?
「よろしく」とかの
◆
ウチの握力は―33キロ…男子の平均より、やや高いスコアで。まあやや怪力女だ。
そして―片野である。アイツは涼しい顔して―45キロを出しやがった…あの細腕の何処にそんな筋力があると言うのか…
「片野…お前ウチより握力…あんじゃん」なんて次の測定に向かう途中で彼女に言ったさ。
「…家系の問題なの」と彼女は言う。スポーツ一家だったっけ?
「お前んちフツーのサラリーマンだろ?」
「いやね?」と含ませた言い方をする片野。
「
「そう。面倒くさいったらない」と彼女は言う。そんなにかよ?
「なんだよ?中二病かなにかか?」とウチはからかってみる。リアルにフォーティーンな私達は発病しててもおかしくはなくて。
「んな訳ないでしょうが―ただ。
「はあ。お前フェミニンな見た目なのにそんな属性持って大変だなあ」なんて
「アンタは良いわよね?カッコいい顔でスポーツ出来て?なんというか調和してる」彼女は少し悔しそうに言うのだけど。
「阿呆言うな。ウチは―全然調和してねえ!今、どんだけ必死こいて胸潰してるか―」あ。デカイ声で言っちまった。男子の視線が胸元に集まるのを感じる…気持ち
「それはさぞかし苦労しそうね?私は―まな板だから」と彼女は言う。だが、どっちかと言えば片野はスレンダーで。それもまたフェミニンだと私は思うのだが。
「いいじゃんよ?胸なんかデカくたって良いことはない」実感のこもったウチの言葉。
「乳がんになり
「揺れると痛い」なんてオマケも教えてやる。クーパー
「嫌味?」なんて片野は言う。そういうつもりはないんだが。
「ただのガールズトークだ…」と言っては見るのだが。方向転換として適切だっただろうか?
「アンタとガールズトーク?笑わせないで…このガールもどきが」と完全にカチ切れ気味の片野。
「ガールもどきィ?お前喧嘩売ってんのか?」ウチもそんなに導線長くねえ。
「売ってるわよ…私にないもん持ってる癖に―嫌味たらしい」と彼女は言う。
「お前だって―あたしが欲しいモノ持ってる癖に突っかかりやがって…」なんて
◆
思春期の華は喧嘩だ。間違いなく。
そしてウチと片野は
まあ、結果は想定内。私ががっちり馬乗りになられ、上から良いのを貰い―気絶した。あのアマ容赦なしかよ…
「―木津さん」と声が聞こえる。ああ。頭がガンガンしやがる…
「木津さん!!」ああ。うるせえなあ。
「―るっせえな。聞こえてるっつうの」とウチは応えて。
「やっと―目覚めてくれた」と言うは…お前か片野。なんだあ?センセに言いつけられたか?
「…お前がシバいたんだろうが」とウチは
「悪かったわよ…」と萎れる片野。どうした?さっきの勢いはよお。
「お前、割と短気よな」とウチは言う。
「力あるとね…気に食わない事は腕力で解決する癖がつくのよ」なんて彼女は言う。物騒な女だな。お前は。
「お前は
「…アンタに言われると微妙に照れる」と彼女は言う。だからそれ止めてくれよお。
「あのさ。今から胸でも見せてやろうか?」とウチは言う。いい加減男認定はキツいぜ?
「…良い。分かってるわよ。アンタは女。匂いがそうだもの」と彼女は言う。
「
「うん。私と同じような
「…分かって頂けたようで何より」と返す。視線を反らしながら。
「…ゴメンね」
「良いって。ウチも悪かった…だが―」
「だが?」
「ウチと盛大に喧嘩したからな…お前浮くぞ?」そう。盛大なキャットファイトは大勢の観客が居て。ただでさえ異質を好まない女子社会では浮くだろうよ…
「良いわよ?元から浮いてる人間だしさ。転校前も嫌われてたから」と彼女はヤケの混じる顔で言う。
「ま。お前は女の敵だよ」そう思っちまうのだ。こんだけ可愛いと。それもまた異質な訳で。
「アンタもアンタで女の敵でしょうが」男のルックスと性格に女性的なカラダの組み合わせ…まあ、女子が面白くないのは分かってら。モテ男子と気軽に接せちゃうウチはかなりウザかろう。
「…同盟するのが吉と見た」と彼女は言う。
「…お前とはソリが合わんぞ、きっと」とウチは言う。
「…私だって好きで言ってるんじゃない…実利の問題。あの
「妥協
◆
かくして。凸凹コンビは成れり。
ウチと片野は身を寄せ合いながら―中学時代をやり過ごし…今は女子高生で。
「なんでウチと一緒の高校にしたよ?お前頭良いんだから
「…女子校なんて行ってみなさいよ…貴女と私は死ぬ」…言わんとせんことは分かる。
「…間違いなく喰い殺されるな」そう。女というのはハイエナと同じなのだ。死に絶えたり、弱点を抱えているモノを見つけると集団で襲いかかり、喰い尽くす。
「男が居れば。女は大人しいものよ」
「アイツら…色気だけはいっちょ前にありやがるからな」女子が居ない男子校も悲惨と聞くが―女子高はもっと悲惨だ。遠慮のない世界は命の取り合いにまで発展しかねん。
「色気づくのはオスだけにしてほしいけど」なんていう彼女は―綺麗で。ウチだってドキドキしてしまう程なんだが。台詞が最悪一歩手前だ。
「だよなーウチも最近はお前のお陰で女子って
「アンタ…朝から喧嘩売ってる?」と
「…ごめんて」とりあえず挟む。
「私が―未だにぺったんこなのは何かがおかしい」そう彼女は毒と共に吐き出して。
「揉まれ足りてないんじゃない?」俗説に頼る。
「アンタも揉まれてないでしょうがっ!!」
「ウチのは遺伝。ばあちゃん凄えぞ。垂れてんの…エラい勢いで」なんて言う。これはしょうがない話なのだが。
「…それ聞くと。デカくなくて良かったかもしれない」おう。やっと落ち着いたか…コイツは興奮しやすくて困る。ウチの5倍は喧嘩っ早い。
「そそ。こんなもんは無用の長物だって」とウチはサラシを巻かなくなった胸を
「…やっぱ殴る」
「おい…止めろ―」
この後は意識が飛んでて覚えてねえわ…
◆
高校での話…
そう。アイツの後ろには告白者の列が出来た。その持ち前のフェミニンさはウチの高校を制圧したと言っても過言ではない。
だが。それと同時に。大量の敵を作った。告白男子達のファンやら彼女やらである。
その
「あんたが居なきゃ―」被害者A
「逆恨みもいいとこね」持ち前の短気ぶりで喧嘩を売りにいく輪。
「煽るなバカタレ」と私はとりなす。放っとくと―輪が相手をノックアウトしかねない。コイツは相変わらずの怪力ぶりだからな。
「…大体。アンタは何よ?」とA女史。おおう。矢が飛んできやがった。
「…コイツの露払い?」何故疑問形なんだ、ウチ。
「私のしもべ一号」なんて輪はウチを評す。ぶっ飛ばすぞ。
「あんたら―レズビアン?」そう、A女史は
「―ちが」とウチは言いかける。一応はそうじゃない。
「…そう。コイツは私の彼氏なの」そう輪は言った。
「うっわ」とA女史は引いて下さる。…しょうがない、適当に合わせるか。どうせ浮いてる学校生活だしな。
「そうだよ…ウチとコイツは懇ろだ…意味分かるか?」なんてノリノリで
「…時代だから何とも言わないけど―きっも」とかの女は言う。時代の子の癖に常識で凝り固まってらっしゃる。
「キモくて結構。なんなら聞く?詳しいハ・ナ・シ」輪…愉しくなって遊んでんな…
「聞かない。気持ち悪い…」そう言って彼女は去っていった…後は頼むぜ。
◆
「…あのさあ」とウチは気まずい沈黙を破る。
「あん?」と不機嫌そうな輪は
「ウチら…レズ認定されちまったぞ?」良いのか?それで?お前は。
「…手間が省ける」と彼女は言う。こういうドライな所が彼女らしい。ウエットさがない。
「ウチは―別に構わん。好きな男居ないしな」ウチのタイプは筋肉
「私も構わない…」そう彼女は言うが。何故そこで区切る。
「…」生唾飲み込んじまったぞ。変に緊張させるな。
「…一度してみる?」なんて彼女は言うが。何をだよ。胸の音が変に高まるからやめろや。
「…デートよ」
「…いつも遊んでんじゃんよ」と私は返す。お互い友達少ねえから、
「…真面目にやってみない?」と彼女は俯きがちに言う。
「…真面目とは?」うん。こうやって
「…手とか繋いでみたり?」上目遣いでそういう
あたしは―頭の先から足の指まで痺れてしまった。その上目遣いに。
それどういう感情が分からなくて。混乱して。立ち尽くす。
「黙るなっ!!!」そう言った
撃沈してブラックアウト―
◆
かくして。
妙な状況は始まった。このコメディの
「…ウチの手、ヌルヌルしてね?」つい、そう聞いてしまう。
「汗びっちょりね…可愛い」なんて輪は返す。いつも交わしてるハズの軽口が今日は違う意味に思えて。
「あのなあ」とウチは
「何よ?褒めてんのに」と彼女は言う。何でもなさそうに。
「…お前。分かっててやってない?」そう問わざるをえん。
「何が?」と彼女は聞くのだけど…これそういう遊びですか?
「ウチをからかって―遊んでる。可愛いがウチにとってどういう意味か―分かってんだろ?」そう、言われ慣れてない台詞をガチ目に言われると。ドキドキして。心臓が高鳴って。体に甘い痺れが走って。あたしは…女なのに。男みたいに彼女を見てることを嫌でも認識させられて。その矛盾にも体が
「分かってる…」そう言いながら手を
「…だああああ」とウチはその手を振り解く…
「…いけず」と輪は笑いながら言う。そして少し潤んだ目をあたしに向けて来る―
「お前なあ」とあたしは
「…ひと勝負―する?」なんて構えを取るのは止めて頂きたく。
「千パー負けるけどなあ」とあたしもファイティングポーズを一応取っておく。
「別の勝負でも良いけど」と空に目を向けながら言う輪。
「どういう意味だ?ボウリングとかか?」なんて話を
「屋内という意味では正解」うん。だから止めて。それに
「…あたしは」と微かな声を絞り出す―
◆
結局。
あたしは―女にされた。
そう、
「…良かったわよ?」なんて傍らの輪は言う。
「…このアマ」とあたしは
「私達―素質あったのね」なんて言う彼女。分かってないのに誘ったんかい。…勢い重視の彼女らしい。
「お前なあ…そういうのは段階
「良いじゃない。手間が省けた」簡潔な要約。
「あーあ。あたしはこっちなのか」と
「可愛かった…もう一回あの顔見たい…」とあたしに
◆
この後の詳細は書かない。人の幸せなど描く価値はないから。
そう。この書き出しは不幸の始まりのテンプレート。
時間は指の先から崩れ落ち、何処かに向かっていく。
永遠を追い求める人間は決してそれを掴む事はない―何故なら貴方は動いているから。永遠を追い求める…そうする限り、永遠という止まった時間の中には居られない。
◆
「彼氏が出来た」大学生になったあたしはその台詞をベッドの上で聞いた。
「…そう」すっかり女になったあたしはそう応える…そう、彼女が追い求めて居たのは男で。男の属性が滑り落ちていったあたしには何の価値もない…らしい。
「これで…最後」と彼女は言う。
「…そう。ありがとう」なんて思ってもないことを言って。
「―ゴメンね」と言う彼女はただ美しくて。
「いいえ。あたしこそ―貴女の求めるあたしじゃなくて…ごめん」そういう。悔しいけど、そういうことなのだ。人が人に
「…友達で居てくれる?」そういう
「…無理だよ」とあたしは言う。
◆
永遠は―
あたし達は違う未来を歩んでいって。
あたしは終生、こっちのセクシャルであり続けるだろう。
一方の彼女はヘテロに転身して。来月結婚するらしい。
その知らせをあたしは。独りきりのベッドで見ていて。
チープな上質紙のハガキ。その裏には彼女と配偶者の写真。
粗い目の紙に印刷された彼女もまた美しくて。
あたしは一生この女には、かなわないと思った。
閉じた1個の輪。それがいまのあたし。それは彼女以外の輪を受け入れず…永遠に
◆
『ガール・ライク・ボーイ』―日本霊異記『力ある女の、力捔(くら)べを試みし縁』RemiX 小田舵木 @odakajiki
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