1-14  物語る遺品

「ほう、あの小僧とは和解したか。まあ、どうでもよいがの……んっ」

「そんなこと言うなよ。入学したころからの問題が解決したんだぞ」

「知らぬ。勝手に慣れ合い、勝手にいがみ合えばよい。余は、くっ、余の道を、行くのみじゃ……ふぁっ」

「まあ、一緒に喜んでくれるとは思ってなかったけどさ。……ところでメルナ」

「なんじゃ……あぁん!」

「いつまでお前の足揉めばいいんだ?」


 それは、寮の部屋に戻ってきて早々の出来事だった。

 玉座に座るメルナが、むすっとした顔で素足を伸ばし、俺に揉むよう命じてきた。

 界域で俺が無礼を働いた罰らしいけど、まったく覚えがない。

 でも、やることにした。

 有無を言わさない気迫があったし、整体には少し自信がある俺なのだ。


「余が満足するまで、じゃ! 臣下のため身を砕いた主人を、い、労わらんかぁ……!」

「だからこうして揉んでるだろ。臣下とかは別に。ほらこことか。歩き疲れに効くぞ」

「くひいっ!? あ、足を揉まれた程度でこのような……! もうよいっ!」


 メルナは素早く両ひざを抱えて、守りの態勢に入った。


「右足はそうでもなかったのに、左足になった途端すごかったのじゃ……! ぬし、とんでもない才を持っておったか……!」

「これが、第八回ノーゼンエイク整体術選手権(参加者五人)準優勝の実力さ……」

「まだ上がいる、じゃと……!?」


 驚愕するメルナだったけど、咳払いをひとつしてすぐに元の調子に戻った。


「そ、それより、この学園に現れた神霊獣のことじゃ。よもや侵入を許しておったとはの。ここの危機管理はどうなっとる」


 目の前にいる絶賛不法侵入中の魔王のことは、あえて触れないことにした。


「メルナは何か感じなかったか? あの時、まだ近くにいたろ?」


 鼻を鳴らしたメルナが、下ろした足を組む。


「全盛よりはるかに劣るとはいえ、そのようなやつが現れて察せぬ余ではない。何か細工があるはずじゃ」


 つまり、気づかなかったわけか。


「何もせずに消えたというのも不可解じゃ。この学園の人間どもを一網打尽にできたものを」

「モディフィックの狙い……。眷属化とは言ってたけど……」

「そもそもじゃ。ぬし、眼前まで接近されて、何もわからんかったのか?」

「違和感はあったけど、その程度だった。ただ……思い返してみるとさ」


 あの時の感覚。

 倒すべきモディフィックに対して、俺は――


「弱そうだなって、そんな気がしたんだ」

「ほう? 言うではないか」

「い、いや、そうじゃなくてさ。そんなはずないってわかってるのに、なんだか、今なら斬れるかもって、そう感じた。でも、実際やってたらどうなったか……」

「煮え切らんな。まあよい。判断材料が乏しい今、考えても答えは出んわ。小僧が眷属になった件も含め、今少し調べてみんとな」


 と、扉を軽く叩く音がした。


『レノスー、いるかー?』

「ウォルゼ?」


 メルナを見る。頷いたのを確認して、俺は扉に向かった。

 扉を少しだけ開けて顔を出す。横にはミシェラもいた。


「よ、よう。どうした?」

「先生の連絡、聞こえなかったのか? ひとまず警戒は解除だってよ。飯、行こうぜ」

「レノスくんの退学回避のお祝いと、誕生日おめでとうも兼ねてさ!」

「少し遅くなっちまったけどな」

「二人とも……」

「行くだろ? 界域で何があったのか、ちゃんと聞かせろよ」

「私も聞きたい聞きたい!」

「あ、えっと……ちょ、ちょっと待っててくれっ」


 きょとんとした二人の視線を浴びながら、いったん扉を閉める。


「なんじゃ?」

「ウォルゼたちに飯に誘われてさ。行っても大丈夫か?」

「好きにするがよい。余も一人で考えたいことがある」

「……いっしょに?」

「行かん」


 取り付く島もない。ウォルゼとミシェラもいいやつだから、きっと受け入れてくれると思うんだけどな。


「はは……。じゃあまたなんか持ってくる。あ、寝台ベッド! 作るなら作っておいてくれよ。昨日はメルナに譲って床で寝たけど、何日もってのは勘弁だから」

「わかっておる。さっさと行くがよい」


 ひらひらと手を振って、メルナは俺から視線を外してしまった。

 いつか、あの二人にだけでも、ちゃんとメルナのことを紹介しよう。

 そう考えながら、俺は久しぶりに友人たちと食事に向かった。



「まったく、のんきなやつらじゃ」


 レノスがいなくなったのを確認し、メルナは玉座に深く腰を沈める。


「皆殺しになっておったかもしれんというのに。運がよかったで片付くものか」


 玉座の側面に右手で触れると、玉座の一部が横にせり出てきた。

 収納されていたのは、一枚の紙片。

 メルナを封印していた箱の横にあった書き置きメモ


「……貴様は、こうなることもわかっておったのか?」


 まるで、そこに誰かがいるかのように。メルナは語りかける。


「余がここに戻った途端、これ見よがしに輝きおって。待っておったとしか思えんな」


 語りかけると、書き置きメモの文章が書き変わり、音声が出た。


『さて、どうかな』


 浮かぶ文字は、読み上げられて消えていく。


『私はあくまでエルゴ・アーティオンが造った、彼の思考の再現体。人工生命に近い。言動は限りなく彼に近いが、本心を推し量ることは難しい』

「レノスが余の封印を解くところまでは予見しておったではないか」

『それはそうだが、レノスとお前さんが運命共同体になるとは思わなかった』

「成り行きじゃ。しかし、レノスには見込み……いや、利用価値がある」

『そうとも。あの子は自慢の孫だ。きっと役に立つ。だから、見せてくれ』


 区切った声に、メルナの眉がぴくりと動く。


『神霊獣が消えた世界を。魔王イベルメルナが、あの子とともに手にする世界を』

「言われるまでもない」


 メルナは即座に断言した。


「じゃがその時、レノスが横にいるかはわからんぞ」

『期待しているとも。では、ひとまず私はこれで。始めにも言ったが、時が来るまで私のことは秘密で頼む。それが後々、お前さんのためにもなるはずだ』


 書き置きメモに記された言葉が『あとは頼む』に戻り、声も聞こえなくなる。


「こんな紙切れがどう役立つ。不敬なところもレノスにそっくりじゃ」


 文句を言いながら、喋る書き置きメモを玉座の中に戻す。


「……レノス、か」


 脳裏に浮かぶいくつかの疑問。

 封印を解き、古の魔力を宿したレノス。

 界域で遭遇した、レノスの姿をした何か。

 死んだはずの男が、自らの思考を遺した目的。

 これらすべてが、ひとつの点でつながっているとしたら……。

 そこまで考えて、はたと思い至る。


「魔王たる余が、これほど人間のことを考えるとはな」


 短く息を吐き、玉座を降りた。

 近づいた窓に映る、幼い自分の姿に手を伸ばす。


「余が変わったのか? ……いや、世界の方が変わったのじゃろう」


 つぶやいたメルナは、窓に触れる手を握りしめる。


「そうじゃ。余は変わらぬ。必ず、この世界を手に入れる」


 千年の時を越えてもなお、その想いに褪せはない。

 たとえ一人になろうと、果たしてみせよう。

 それこそが――


「それこそが、余の造られた意味なのじゃからな」

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天才魔法使いと謳われた祖父の遺品はロリ魔王でした〜融合すれば最強の二人、世界を征服するために世界を救います〜 @Rigen0811

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