1-13 レノスの真実
マギナ学園は、神霊獣との戦いの拠点としての運用も想定されている。
校舎に隣接する治癒棟はその象徴だ。いくつもの病室に、全生徒を収容しても余裕がある数のベッドや、豊富な医薬品を常備している。
その一階にあるのが医務室。早い話が普段使い用の設備だ。
体調悪かったり、怪我したり、授業サボりたかったり。そんな生徒たちが使う。
「『覚えてない』でごり押すの、ちょっと無理があったかなぁ」
そんな医務室での診察の後、学園長室での先生たちによる事情聴取を終えた俺は、また治癒棟へ戻ってきていた。
まっすぐ寮に戻るように言われたけど、少しだけならバレないはずだ。
目的の病室の扉をゆっくり開けて、夕日が差し込む室内に入る。
手前のベッドで、ラーグは眠っていた。
「さすがに、寝てるときは静か……か」
眉間にしわを寄せてイラついている姿しか印象にないから、なんだか新鮮だ。
様態は落ち着いたとユーさんから聞いてはいたけど、実際に見て安心した。
「……帰ろう」
起こすのも悪いし、目を覚ませば向こうから来るだろう。
出ていこうと踵を返した。
「負かした相手の
ぎょっとして振り向くと、ラーグがじっと俺を見つめていた。
「起きてたのかよ」
「今さっきな。目ぇ覚まして最初に見るのが、てめぇとはな……」
起き上がろうとするラーグの横に移動して、背中を支える。
「無理すんな。指先を動かすのだってキツいだろ」
「るせぇ。てめぇの手なんか借りなくても……!」
結局、ラーグは自力で身体を起こした。意地っ張りもここまでくれば大したもんだ。
「決闘は無効になったぞ。界域でのこと、覚えてるか?」
「……少しだけな。あの結晶が頭に触れたとき、力がみなぎるのを感じた。お前を倒せると、そう思ったぜ……」
ラーグが額に片手をあてる。
「でもすぐに、『潰せ』『壊せ』『殺せ』って声が響いてきた。自分が、別の何かに変えられていくみてぇでよ……。そこで気を失った。あれはなんだ?」
「わからない。ただ、お前はあのとき、眷属になってた」
「俺が、眷属……?」
「多分、ユーさんに化けてたモディフィックが関係してると思う。お前の決闘を認めたのもやつだ」
その名前を聞いた途端、ラーグの目が大きく開かれた。
「モディフィックだと!?」
声を荒げたラーグが、俺の襟首をつかんだ。
「現れたのか! どこだ! どこにいる!?」
「す、すぐにいなくなった! 今も先生たちが探してるけど見つかってない!」
「ふざけんな! オレはやつをぶっ殺すために! そのために――!」
でも、そこが限界だった。まだ回復していないラーグの姿勢が崩れてしまう。
「しっかりしろラーグ! 今先生を呼んでくる!」
駆け出そうとしたが、ラーグは俺の上着を握りしめて放さなかった。
「やつは、やつだけは、オレが……!」
その目から、涙が落ちる。
こんな姿を見るのは初めてで、俺は、今しかないと思った。
「なあ、ラーグ」
膝を折って、ラーグと目線を合わせる。
「ラーグの復讐の相手って、やっぱりモディフィックだったんだな」
「あぁ……!?」
「始まりの日のことなら知ってる。お前の家のことも、調べたらすぐに出てきた」
「なら……っ、邪魔すんな……オレと親父の復讐を!」
「そんな気はない。いい機会だから言うけど、俺はお前のこと、すごいと思ってるぞ」
ラーグが顔を上げる。少し、目が充血していた。
「始まりの日には、俺もお前もまだ生まれてない。なのに、それだけ本気になれてる。誰にでもできることじゃない」
「安い同情を……!」
「違う。尊敬してるんだ」
「ああそうかよ……。なら、こっちも言わせてもらおうか……!」
ラーグの右手が俺の剣の柄を握った。とっさにその手を押さえる。
「親父が趣味で集めてた蔵書に、魔力を刃にする剣のことを書いた本があった……。てめぇの、この剣だ……!」
「え……」
「手書きなうえにボロボロだが、細かい内容でよ……。ただ、剣の材料や造る工程の記述は読めねぇ。親父が言うには、唯一その剣を造り、振るうことができる少数民族……『ロスキア』に伝わる文字だそうだ」
「………………」
「外界とほとんど接触がねぇロスキアを知る人間はわずかだ。しかもロスキアは十年前、暮らす山ごと消滅した。王都に向かうモディフィックの侵攻に巻き込まれてな!」
声がまた、荒々しくなる。
「記録じゃガキがひとり生き残ったそうだが、それも今は行方不明! けどなレノス! てめぇの光の剣を初めて見たとき確信したぜ! そのガキはてめぇだ!」
「………………」
「黙ってねぇで何とか言ってみやがれ!」
「……まさか、ロスキアのことを知ってるなんてな」
つぶやくと、ラーグの目に怒りがたぎった。
「見ろ! てめぇだってオレと同じじゃねぇか!」
けれど、ひどく悲しそうな目だ。
「モディフィックに人生を狂わされた! なのにてめぇはいつもヘラヘラと! てめぇはやつが憎くねぇのか!」
その言葉を聞いて、ラーグが怒っている理由がやっとわかった。
怒ってくれていたんだ。俺の代わりに。
「答えやがれっ! オレとてめぇの何が違う!」
「違わないさ。確かに、今の俺があるのは爺ちゃんのおかげだけど……」
剣を掴むラーグの手を、静かに解く。
「俺だって、父さんと母さんを殺したモディフィックは許せない。この手で倒してやりたい」
「だったら――!」
「でも、それだけじゃダメなんだ。モディフィックを倒すだけじゃ足りない」
ラーグが眉間のしわを深くする。
「モディフィックを倒しても、他の神霊獣が残ってる。放っておけばまた、人が死ぬ。怒りと悲しみが世界を覆っていく」
「てめぇ……」
「俺はモディフィックと同じくらいに他の神霊獣が憎い。俺の復讐は、世界をこんな風にしたすべての神霊獣への復讐だ」
押し黙ったままのラーグに、俺は言葉を重ねた。
「学園には、言わないだけでそういうやつが他にもいる。ウォルゼもミシェラも、みんな神霊獣への憎しみと復讐心がある。だから協力しあえるんだ。きっと、お前とも」
もっと早く、こうやって話しあうべきだった。今になってそう思ってしまう。
「ラーグ、俺たちはお前の復讐に力を貸すよ。だから、俺たちの復讐のために、お前の力を貸してほしい」
数秒の沈黙。
外の夕日の色は、さっきよりも濃くなっていた。
「世界のための復讐か。……悪くねぇ」
ラーグの口の端が、少しだけ持ち上がった。
「だが、モディフィックへのトドメはオレが刺すからな」
強気が戻ったラーグに、小さく頷く。
「……あ、先生を呼んでくるんだったな。待っててくれ」
思い出して立ち上がり、部屋の扉を開ける。
「レノス」
「ん?」
呼び止められて振り返る。だけどラーグは窓の方を見ていた。
「……たな」
「え? なんて?」
「なっ、何度も言わせんな! 次はオレが勝つぞわかったな! って言ったんだ!」
ちょっと面食らう。でも、ラーグはこういうやつだ。
「いくらでも相手になる。でも、退学を賭けるのはもう勘弁してくれよ」
「仕方ねぇ。負けた方が飯をおごる、くらいにしてやらぁ。早く先生呼んで来い」
「へいへい」
部屋を出て、廊下を進む。
口の悪さは変わらないはずなのに、不思議と嫌な気はしなかった。
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