七章・クレプ・クルムの塔とジルコニア

 樹木と狩りの国、カルナクルス国。

 位置的にはサルヴァーン教国からほど近い。


「まさか本当に来ることになるとはな…」


 意識のないルビィを背負ったトパーズが呟く。


 しかし、観光する暇もなく出発することになる。


 カルナクルス国にある、世界で一番高く険しい山。ブレブレウス山。

 その頂上にクレプ・クルムの塔がある。


 ラピスにはルビィが危険な状況だと伝えたが、遠方のため何もできないことを悔やんでいた。

 香袋の効果ももう残っていなかった。


『あなたに頼むのは少し癪ですが、ルビィをよろしく頼みます…』


 トパーズは真剣に「ああ」と一言頷いた。


 意識のないルビィをおぶり、険しい山を登るのは至難の業ではない。また、魔物も出没するため、常に警戒をしなければならない。険しい山道のため、馬も使えない。

 しかし当たり前だが、このまま死なせたくはなかった。


 途中の魔物はすべてアメジスト達が対処してくれた。

 薬を投げたり、魔法を使ったりしてなんとか乗り切った。

 幸い魔物は数が出るものの、そこまで強くなく…今までの経験を活かし、ばったばったと倒していく。

 しかし、疲労は容赦なくトパーズを襲う。


「少し休みましょう」

「いや、このまま行く…」


 トパーズは焦っていた。

 あのラピスに頼まれた、ということもあるし…なにより、ルビィの命がかかっている。


 疲れから言葉を発する気力すら、余裕すらない。

 本当はもっとルビィに呼びかけてやりたかったが、できなかった。


 不甲斐ないな…とトパーズは落ち込む。


 ダイヤというムードメーカーもいなくなってしまった。

 明るいルビィもこんな状況で、重い空気が皆を包んでいた。


「塔が見えるわ!!」


 パールが叫んだ。


「本当だ!!」


 サードニクスも声を上げる。


 やっと着いた…少し気が抜けると、足の力が抜ける。

 トパーズは、ルビィを背負ったまま、膝をついてしまう。


「……」


 パールが心配そうに周りを飛び回る。


「大丈夫?」

「だい…じょうぶ……だ」


 そう言ってそのまま前に倒れそうになるのをただものではなさそうな、ローブを纏った一人の老人が支ええてくれる。


「一体どうしたというんじゃ?」


 その人こそ、四賢者の一人ジルコニアだった。


 ──


 塔の頂上。魔法陣の中央にルビィの体は寝かされていた。


「ディスぺランス・ティアーズを浴びたのじゃな…」


 みんなが頷く。


「何らかのトラウマや黒い想いに囚われている可能性が高い」


 ジルコニアが続けて話す。


「この娘っこから、三つの力が感じられる」


 剣士ローズ

 女神セレス

 邪神ゼニス


 少し回復したトパーズがジルコニアからお茶をいただく。


「女神セレスが「私の力で引き留める」と言っていました」


 ジルコニアが「ふうむ」ととても長い白い髭をなでる。


「おそらく、邪神ゼニスの力のことじゃろう。奴がこの娘っこにちょっかいをかけているのは確かじゃな」

「一体いつから…」

「わからんの。だが、だいぶ癒着しておる」


 トパーズが、「なんとかなりませんか?」とたずねる。


「この娘っこの生命力と、生まれ持ったローズの魂でなんとかするしかない。手助けは出来るが…」


 トパーズは「なんでもします」とお茶を置いて言った。


「誰かひとりだけ、心の中に入って、聞く耳もたんこの娘っこを引き戻すんじゃ。容易ではないぞ」

「大丈夫です。引き戻して見せます」


 名乗りをあげたのはトパーズだった。


 何故かできるような気がした。

 やらなければならないのだ。


 ──


「ルビィ」


 真っ暗な空間でトパーズはルビィの名を呼んだ。

 返事はない。


 ふと後ろを見ると、赤みがかった白い光が星の様に見える。


「ルビィ!」


 もう一度呼んで、光の方へ歩いて行く。

 すると、光の場所にはルビィが膝を抱え、うずくまっていた。


「ルビィ」


 ルビィはぶつぶつと何かつぶやいている。


「まほう…ちから……あなたまで……」


 呼びかけには聞く耳を持ってくれない。

 トパーズは自分の不器用さを恨み、頭を抱えた。


「ルビィ」


 そっとルビィの肩に手をやる。


「ダイヤ……」


 うつむいたルビィの目から涙が零れ落ちる。

 おそるおそる、トパーズがルビィを背中から抱きしめる。


 ──


 ダイヤと出会ったのは、クリスタル・ベルだった。

 ルビィはサンドイッチの材料を見繕っていた。


「無いの!? 取り寄せは!?」


 大きな声が店内に響く。

 びっくりして振り向くと、同い年くらいの金髪の少女が叫んでいた。


「無茶なんですって。マンドレイクの根なんて」

「それさえあれば、きっと回復薬が完成するはずなのに!」


 マンドレイクの根…と言えば、とても栽培が難しく、貴重なものだ。

 一般の雑貨屋であるクリスタル・ベルには無茶な相談だ。

 しかし、ルビィには心当たりがあった。


 ルビィは「あのぅ…」と声をかける。


「何!?」


 興奮した少女が強く言ったので、ルビィはちょっとびくりとする。


「あっ、ごめんね。薬のこととなると興奮しちゃって。何かな?」

「マンドレイクの根なら心当たりが…」

「本当に!? 私、ダイヤ・モンド!!」

「私はルビィ・セレス・セレスティナ。この国の王女よ。…マンドレイクの根は城でちょっと育ててるから、分けてもらえるかも」

「わあ!! 嬉しい!! ルビィって呼んでいい?」


 とても嬉しいのか、にこにこだったダイヤはルビィの「王女」という部分には全く触れなかった。ルビィにはそれがとても新鮮に感じられた。


 マンドレイクの根を育てている魔術師に聞くと、10万ルピーはするようで…。


「なんかごめん。とっても高価だったね…」

「わかってた…わかってたけど…やっぱり大丈夫じゃない…」


 しゅんと落ち込むダイヤがまた可愛らしかった。

 二人が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。


 仲良くなったある日、ルビィは思い切って魔法が使えないことで悩んでいることをダイヤに伝えた。

 するとダイヤは何時もの様に笑って言った。


「ルビィはルビィだよ。魔法が使えなくても使えても」


 ルビィは無言でダイヤに飛びつく。

 とても悩んでいたから、その言葉が嬉しかった。


 料理をすることになって、火を誰が起こすかと言った話になった時、パールが手を上げる。


「何時も私が代わりに魔法を使うのよ」

(ダイヤも魔法が…使えないのかな?)


 今思えば、パールからの言葉で勝手に予測していたに過ぎなかったのだ。


 ──なんて馬鹿なんだろう。


 不意に背中にぬくもりを感じる。


 ──誰?


「ルビィ。みんなが待ってる。帰ろう」


 トパーズの声がする。


「トパーズ?」


 みんなダイヤの元へ行ってしまったはずなのに。

 幻だろうか?


『力を欲するのだ! そうすれば皆戻ってくる』


 見知らぬ男性の声がする。

 あの時の、力をくれた声だ。


 ルビィは望みかける。


『よく聞きなさい。力だけを欲してはなりません。その力を何に使いたいのか、しっかりと考えて…』


 そうすると、見知らぬ女性の声がする。

 確かにそうかもしれない。


 ルビィはまぶたをゆっくり開く。


「…私はみんなが去って行ったとしても、みんなを守りたいと思う」


 ぱあんっと男の声が跳ねのけられる。

 ルビィは女性の声に従うことにしたのだ。


「ごめん、トパーズ。もう大丈夫だから」


 そっと手を握る。

 立ち上がると、黒い空間が一気に白い空間へと変わっていく。

 ぱっと目の前が真っ白になったと思うと、そこはクレプ・クルムの塔の最上階だった。


 ルビィは魔法陣の中央に寝かされていた。

 ゆっくり起き上がると、隣にはトパーズの体が横たわっていた。

 そのトパーズもゆっくりと起き上がる。


「よかった…ルビィ。トパーズ!」


 パールが二人の名を呼ぶ。

 アメジストがルビィにダイヤが残した言葉を伝える。


「魔国ニゲル…」


 ジルコニアが「これを飲みなさい」、と苦そうな薬を二人に差し出す。

 口を付けると予想通り、とても苦かった。


 魔国ニゲルは四国の北側に位置する魔族の国。

 領地の大きな国で、終末を感じさせる国のため、黄昏の国とも呼ばれている。

 魔族は魔物と同じ心臓である核を持ち、その関係で力の強いものは魔物を操れる技術を持っているという。

 国から出るのも、国に入るのも禁止されている。

 謎に包まれたラピスの出身国である。


 その国を治めるのが魔王オニキス・グラナティスだ。


 なんとか薬を飲み干すと、口直しにとジルコニアがチョコレートをくれる。

 チョコレートはもともと苦みがあるせいか、食べると薬の苦みが気にならなくなった。


「魔国ニゲルは危険なところ…と言われておる」


 みんなが頷く。


「しかし実のところ、謎につつまれておるだけじゃ。真に危険な場所かも本当はわからない。そのことを頭に入れておくと良いかもしれんな。色眼鏡で物事を見ないこと。客観的に、じゃよ?」


 ジルコニアは思ってもみないことを告げる。

 考えてもみなかった、とみんな驚いていた。


 ラピスはとても優しいが、魔物だ。

 異界フラウスで生まれ、魔国ニゲルからやってきたと聞いた記憶がある。

 ラピスからニゲル時代どう過ごしていたのか、という話は聞いたことがなかった。

 ルビィも昔のことはあまり聞かないようにしていた。


「入国はワシが手配しておこう」


 ジルコニアが言った。


 ルビィの「できるんですか?」という質問に、ジルコニアが答える。


「一般人の入国が禁止されている、というだけじゃよ。許可があれば入国できる。幸いルビィは王女様じゃ。会いに行くのも王女様じゃからの」


 ──


 その晩、ルビィはラピスに通信を飛ばした。


「ラピスに聞いてもいい?」

『ダイヤさん…ですね。聞いています。ニゲルの話ですね』

「うん」

『僕が異界フラウスで生まれて、飛び出した先はニゲルでした──』



 ニゲルでは魔物捕獲が盛んです。

 僕もすぐ魔族に捕獲されてしまいました。


「食料を奪って来れなかった!? 鞭を食らいたいのか!!」


 ばしっばしっ、と魔族の男が一匹の弱々しい魔物…ラピスに鞭を打つ。


「殺してでも奪ってこいと言っただろう!!」


 僕は弱い魔物だったので…よく失敗し、叩かれました。

 毎日強奪を強制させられましたが、僕は一度も成功させることができませんでした。


 食料を取ってこれない僕のせいで、どんどんご主人は弱っていきました。


「ほら。食え。腹を満たしたら、きちんと奪ってきてくれよ…」


 実は、ご主人はきちんと僕にご飯を分け与えてくれていたのです。


 ある日僕はなんとか成功させようと、一番近いセレスティナのお城へ食料強奪に向かいました。

 それからは知っての通りです。


 あの後ご主人がどうなったのか、だけがずっと心残りです。

 こっそり探ったのですが、掴めませんでした──。



『言われているほどニゲルは悪くない場所ですよ。魔物と魔族の共存する国…と言ったらいいでしょうか』


 ルビィはラピスからそんな言葉が出ると思ってもみなかった。


『とても貧しい国なんです。…あの時のご主人の様な人がニゲルにはたくさんいるのです。僕が従者になるというのを受け入れたのは、こんな僕にもできることがあると思ったことと、ルビィが偏見を持たない人だったからです』


 ラピスは静かに続ける。


『ルビィ。ニゲルをきちんと見てきてください』


 ルビィは少し自分の色眼鏡を見直した。

 もしかしたら、魔王もダイヤも──。


「わかったわ!」


 ルビィはラピスに約束した。


 ──次の日。一行は魔国ニゲルに向けて出発した。


「行こう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミソロギア ~魔王と枯れない花~ つばさ @nekoyanagi283

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ