忘却

第1話

満員電車に揺られていた。

一桁の外気から蒸された箱に乗り込むのはかえってありがたかったりもする。


ズボンのポケットからイヤホンを取り出して耳に嵌め込むと一人の世界に入り込めたようで好きだ。

最近、再熱しているELLEGARDEN(エルレガーデン)はかつて初恋の相手が好きだったバンドの曲だ。

久しぶりに見上げた夜空で思い出した

『こんな星の夜は全てを投げ出したって

どうしても君に会いたいと思った』

のフレーズを聴きたくてスターフィッシをここずっとリピートしている。

にしても、東京の空は星が少ない。

それとも俺の目が悪いせいだろうか。

日頃からパソコンに齧り付いているせいで色んなものが欠落していっている気がする。

明日はブルーライトをカットしてくれるメガネでも買いに行こうか。


はあ。なにかいいことはないだろうか。

毎日毎日仕事をしては帰って寝るを繰り返して土日の休みは、ぼーっとスマホをいじってるだけで1日が終わる。

この間の合コンはイケメンの同期である山本に可愛い子は全員掻っ攫われて、不発に終わってしまった。

28歳。もう周りも結構収まるとこに収まって俺は割と残りものの側になりつつある気がする。

結婚に焦っているわけではないが、そろそろ本気の恋愛くらいはした方がいいと思っている。

しようと思ってできるようなもんではないだろうけど。


___まもなく調布です。


満員の箱から抜け出し肌寒さを感じながらも帰路につく。

中央口を出て右にまっすぐ行った先の西友で夕食の調達をしながらも、一体この生活がいつまで続くのかと不安が過らなくもない。

半額になったネギトロ軍艦を手に取り、レジへ向かった。


やっとのことで辿り着いた六畳半。

マスクを外して手洗いうがいをしたら先ほど買ったネギトロ軍艦をエコバッグから取り出して即席の味噌汁の用意に取り掛かる。

茶碗を置いた先のテーブルで目についた同窓会の便りに参加の方へ丸して隅の方に追いやった。


そういえば知美は元気にしているだろうか。

つけっぱなしにしていたイヤホンから流れ続けるELLEGARDENを止めて、スピーカーに切り替えた。

彼女は、どの曲が好きだったんだろうか。

そういえば知らないな。

そんなことを考えながら夕食を終えた金曜日。

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忘却 @saisai9

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