第12話 人形が繋いだもの

「……よし、出来た」


屋敷の人形部屋で私は手を止めて、一人で呟く。

 あれからこの部屋に通うこと、三日。

 その三日間で私は一体の人形を作りあげた。


 ……正直な所、かなり不安だった。

 練習を重ねて、ある程度満足に動かせるようになったとはいえ、この身体は私のものじゃない。道具が少し違うだけでも人形の出来は大きく変わってしまう。今の私は道具どころかそれを扱う身体さえも違うのだから、人形作りのにどれほどの影響が出るのか見当もつかなかった。

 

 だけど、そんな心配はいらなかった。

 今、私の手の中にはこれ以上ないくらい上手く出来上がった人形がある。

 ロンダ親方だってこの人形を見たら、まずは目を丸くして、その次は鼻を大きくして、「良くやったな、エレノア」と言ってくれる。それほどの出来映えの一体だった。

 

 でも、これで終わりじゃない。

 人形を作ることだけが、人形師の仕事じゃない。

 自分の作った人形を手にした人の表情が和らいでいき、最後には笑顔になるのを見届けること、それが一人前の人形師の仕事だとロンダ親方は私に教えてくれた。


 だから、今はまだ仕事の途中。

 この人形を手渡して、あの子が笑顔になってくれるまで、私の仕事は終わらない――。



* * * * *



「エレノア様。その人形はどうされたんですか? この屋敷に人形なんてなかったはずですが……」


 私が手に持った人形を見てリズは目をぱちくりさせていた。


(そっか、貴族の方のエレノアは人形を作るどころか、遊ぶ趣味さえなかったんだ……)


 人形なんてこれっぽっちも好きではないはずなのになぜ屋敷の中に人形作り部屋を用意し、一流工房の道具を取りそろえたんだろう。謎は深まるばかりだったが、今、考えるべきはそれじゃない。

 

「この人形はね、わたしが作ったの」

「えっ……!? エ、エレノア様がお作りになられたのですか!?」


 平民の人形師でなく、貴族の令嬢エレノア・ライノールに生まれ変わってから初めて自分の手で作った人形――それは女の子が遊ぶための可愛らしいものだった。

 

「凄いです……まるで一流の人形師が作ったみたい……」


 リズは大きく目を見開いて、私が持つ人形をしげしげと眺めている。

 遠慮がちな視線だったけど、彼女が人形を見る目はきらきらと輝いていて、まるで宝物を目にしているかのようだった。

 私はリズのように目を輝かせて人形を見る子供をこれまで何度もお店で見てきた。その子たちは、皆、人形が大好きな子たちだった。


(……やっぱりリズも人形が好きだったんだ)


 そんなリズの反応を見て、私は自分の見立てが間違っていないことを知った。

 それなら、私のやりたいことだって上手くいくかもしれない。

 

「えっと……エレノア様。その人形はどうなさるのですか? お部屋に飾るのでしたら台か何かを用意したほうがいいと思うのですが……」

「ううん。この部屋には飾らないよ」

「それではどちらのお部屋に?」

「そうだね。リズの部屋なんていいんじゃないかな」

「わ、私の部屋ですか……? で、でも、こんなに立派な人形……私の部屋なんかでは勿体ないです……」


 リズは俯いてしまった。

 そんなリズに私は明るい声を出して、答えた。

 ベルフィードの街の人形工房でお客さんを相手にしていた時と同じように。


「この人形はね。リズのために作ったの。だからね、リズにこの人形をもらって欲しいんだ」

「えっ……!? わ、私のためにお作りになられたのですか!?」


 リズは屋敷中に響き渡るくらいの大きな声をあげた。


「ど、どうして、私なんかのためにエレノア様が!?」

「リズは記憶のない私にも丁寧に優しく接してくれたでしょ? この人形はそのお礼」

「お礼だなんてそんな……。だって私はエレノア様にお仕えしているのですから。使えている方に優しくするのは当たり前のことです」

「……そうだね。リズにとっては当たり前なのかもしれないね。でも私にとっては当たり前じゃないんだ」


 私は目を閉じた。

 今でもはっきりと憶えている。あの夜、路地裏で刺され、この屋敷で目を覚まし、自分の身体が別の少女のものになっていた時の驚きと恐怖はきっと一生忘れることはないと思う。


「目を覚ましたら、何もかも全部忘れてて、あなたは貴族のお嬢様ですって言われて……。それだけでも大変なのに破滅の魔女なんて物騒なあだ名で呼ばれてるなんてそんなの全然当たり前じゃないよ」

「そ、それは……」

「屋敷の人たちはみんな私のことを怖がってて、私が側によっても一言も話さないでじっとしてるだけだし……。でもリズはそうじゃなかった。毎日私のお世話をしてくれて、こうやって顔を合わせて話だってしてくれるじゃない」

「それが私の仕事ですから……」


 またリズは俯いてしまった。

 その理由はなんとなくわかる。


「……リズは私のことが怖い?」

「……そ、そんなことございません! 私がエレノア様のことを怖がるなんて決してありません……っ!」


 大きな声でリズは否定した。

 でも、その言葉とは裏腹にリズの目は不安や怯えに満ちていた。

 

「……無理しなくていいよ。私だって自分が昔、何をしていたのか、レオンから聞いた時、すっごく怖かったんだから。そんな私がみんなから怖がられるのは当たり前だと思う」

「……エレノア様……」


 リズは私のことを怖がっている。

 正確には私ではなく、彼女が仕えていた貴族の令嬢エレノア・ライノールのことを恐れているのだけど、身体の中身が別人になっていることを知らない事をリズにはそんなことは関係なく、以前と同じように私が恐怖の対象だった。


 でも私はそれを変えたかった。

 だからこの人形を作った。

 そう。私が今、手に抱えている人形はリズと仲良くなるために作った人形なのだ。

 もしかしたら他にも仲良くなる方法はあったのかもしれない。

 諦めることなく、粘り強く話しかけ、リズに怯えながらも少しずつ仲良くなっていく。そういうことだって出来たのかもしれない。


 だけど私は人形師だ。

 人形師の心得――その四。「人形師は、人形の力を信じなければならない」

 私は人形はただの道具ではなく、人の心を動かす力を持っていると信じている。実際これまで私は自分が作った人形で沢山のお客さんを笑顔にしてきた。だから新しく人形を作って、それをリズに渡すことで彼女と仲良くできたらいいな、と思っていたのだ。


 私は人形を抱えながらリズを見る。

 するとリズは今度は怯えではなく、申し訳なさそうな顔をしていた。

 なぜそんな顔をするのか、と私が疑問を思っているとリズはゆっくりと口を開き、話し始めた。

 

「申し訳ありません、私、嘘を吐いてしまいました。ですが、それには理由があるんです。エレノア様は以前に私に仰ってくださいました。自分のことを恐れても良い、自分の側にいるのが嫌になったら好きな時に家に帰っても良い。もしそうなったとしてもそれを咎め、私の家に責を負わせたりしない、と約束してくださいました」

「私、そんなこと言ってたの?」

「……はい。私もそのことを聞いた時、冗談を言われたのかと思いましたが、エレノア様は本気でした。それから私はこの屋敷で唯一、人前でエレノア様を恐れても良い事になったんです」

「…………」

「私以外にもレオンもエレノア様から何かを言われていたようですが、そちらの方は存じておりません。理由はわかりませんが、私とレオンだけはエレノア様から特別扱いされていたんです」


 その話を聞いて、私は驚いた。

 自分を恐れても良いなんて言うなんて、一体どういうことだろう。

 エレノア・ライノールは残忍で冷酷な魔法使い。そう思っていたのだけど、もしかしたら彼女はそんなわかりやすい人物ではなかったのかもしれない。


「……そっか。でも、今の私は違うんだ」

「記憶をなくされたからですか?」

「うん。今の私は人から怖がられるのは好きじゃない。だから……前に私がリズに言ったことは取り消させてほしい」

「……はい。わかりました」 


 リズは頭を下げた。

 彼女はエレノア・ライノールに仕える身だ。

 心の中で何を思っていたとしても私の言うことには逆らえない。

 だけど、これは私が望んでいたのとは違う。身分や立場を使って、相手に無理矢理言うことを聞かせるのは、私がやりたいことじゃない。

 私はそんなものを使って、人と仲良くなるつもりはない。


「この人形だけどね。これはただのお礼じゃないの。これはその……記憶をなくした私とリズが新しく始めるためのものにしたいんだ」

「新しく始める……ですか?」


 首を傾げるリズ。

 そんなリズに前にして私は一生懸命に言葉を紡いだ。

 

「うん。その……私、記憶がないじゃない。だから、今までのようにやっていくのは無理だと思うんだ。私もそんなの嫌だし……。だから、ええっと……」


でも、それはあんまり上手くいかなかった。

後、もう少しなのにいざとなると肝心な言葉が出て来なくない。

 ――リズと仲良くなりたい。

 ただそれだけの言葉を口にするだけなのに、口の中がからからになってきてしまった。自分はこんなに臆病だったのか、と改めて思い知らされる。

 ロンダ親方のお店で人形師として、お客さんを相手にしていた時とは全然違う。まるで初めてお店に立った時と同じ。いや、それ以下だ。

 今の私のみっともない姿を見たら、きっと親方は私を笑うだろう。

 だけど、どんなにみっともなくても、みんなに笑われてしまっても構わない。

 この広い屋敷の中でずっと一人でいるよりはその方がずっとマシだ。

 

「……こんな私じゃリズとはお友達にはなれないかもしれないけど、でも、でも、私もっとリズと話しがしたい、怖がられるのだってすごく嫌だ! だからこの人形を作ったの! お願い、受け取って……っ!」


 そう言って、私はリズに人形を差し出した。

 最後の方は緊張のあまりしどろもどろになってしまった。

 けど、そんなこと全然気にならなかった。


「……本当に私なんかが受け取って、よろしいのですか?」

「も、もちろんだよ。それはリズのために作った人形だもん……っ!」


そう言うとリズはおずおずと手を伸ばし、人形を受け取った。


そして消え入りそうなくらい小さい声で、

「……ありがとうございます、エレノア様」

 と言ってくれた。

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破滅の魔女と人形姫 白石しろ @shiro3318

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