第11話 もう一度人形作りを
次の日も私は人形部屋へ足を運んだ。
私は机にある人形作りの道具を手に取り、それを良く観察した。
机にある道具は極めて状態の良いものばかりだった。
ここにあるのは全て一流の職人が作ったものだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど、でも、新品じゃない。ほんの少しだけ使った跡があった。
(……いったい誰が使ったんだろう。やっぱりエレノア……? でも、そうだとしたらなんのために?)
貴族のお嬢様が何かの気まぐれで人形を作ろうとしたけど、すぐに飽きてしまった。そう考えれば辻褄は合うのだけど……何か違うような気がする。
(……駄目だ。何にもわからないや……)
あれこれと考えてみたが、結局何もわからなかった。
私はただの人形師でしかない。貴族のお嬢様が何を考えて、人形作りの道具を揃えたかなんてわかるはずがなかった。
(それにしてもとんでもなく高価なオルキア工房の品を取り揃えておいて、少しだけ使ってほっぽり出しておくなんて勿体ない……。丁寧に使えばそれこそ何十年も使えるのに……)
職人たちが丹精込めて作った名品たちが、こんな所でろくに使われずに埃を被ったまま一生を終えるなんて、あまりにも可哀想だ。
私が人形作りにここにある道具を使うのは、この子たちにとって良いことなんじゃないだろうか。そう思うと他人の道具を勝手に使っていることへの罪悪感がだいぶ薄れてきた。
(……さて、始めよっか)
私は椅子に座り、昨日と同じように人形作りを始めた。
人形作りは指先だけでなく、身体の色々な所を使う仕事だ。
腕や足だけでなく、背中や腰にまで負担がかかるのだから、結構な体力仕事とも言える。
とはいえ、それはまったく気にならなかった。
私は好きで人形作りをしているのだから、人形作りでいくら疲れても構わないのだ。
本当に問題なのは、身体が思うように動いてくれないことだった。
元々の私の身体とエレノア・ライノールは背丈こそ同じだったが、それでも他人の身体だ。私の指や身体は以前と同じようには動いてくれなかった。
特に身体のバランスを取るのは一苦労だった。前に比べて身体の重心が全然違うのだから仕方ないとは思うのだけど……
(これ……なんとかならないのかなぁ……)
身体のある部分を見る。
そこは本来の私の身体と特に違う部分だ。
前の私はこんなに大きくなかった。なんで同じくらいの年齢の女の子なのに、ここまで違うんだろう……。
(男の子は大きい方が好きって言うけど、そんなの私には関係ないし……)
胸が大きくても人形作りに有利に働くことはない。
むしろ重くて、邪魔になるだけだ。
大きなため息が出たが、現実は変わらない。ため息をつくよりも手を動かして、思い通りに身体を動かせるようになる方が先だ。
そう思い、私は作業を再開して、以前と同じように人形を作れるように努力を重ねるのだった。
それから私は何日も人形部屋に通い続けた。
その甲斐あって、だいぶ思い通りに指や身体を動かせるようになってきた。
これなら前と変わり映えなく人形作りが出来るような気がする。
それはとても喜ばしいことだけど、人形が作れるようになった所で、私の身体が元に戻るわけじゃない。私がこれまでベルフィードの街で過ごしてきたあの日々に帰ることは出来ないのだ。
(……私は人形師だから)
それでも、私は指を動かすことを止めなかった。
大きな屋敷に住み、貴族の令嬢と同じような日々送るようになったとはいえ、私が人形師であることには変わりはない。
(……私には人形を作ることしか出来ないから……っ)
これから作る人形が今を変えてくれることを信じて、私は指を動かし続けた。
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