後編
「グスッ……うっ、ううう。
わ、私はどうすれば……」
私は1人泣き続けていた。
今は組合を抜け出して、少し離れた誰もこない路上で体育座りをしている。
日はもうほとんど落ちていた。
暗い路上に孤独の私。まるで今置かれている状況と一緒だ。私の味方は誰もいない。
「ニャーー」
「えっ?」
気付けば私の隣に猫がいた。
まだ小さい、よちよち歩きの子猫。周囲を見渡すが母猫らしき姿はどこにもいない。
「ニャーー」
そんな子猫が私の身体にピッタリとこすり付けて来る。だから優しくよしよしと撫でた。
「かわいいね、猫ちゃん。
あなたの名前はなんて言うの?」
「ニャーー」
「そっかそっか名前がないんだね。
あなた1人だけなんだね。でも大丈夫だよ。
私もあなたと同じで仲間がいないの。1人は寂しくて辛いから一緒にいようよ」
「ニャーー!」
「そっかそっか、ありがとう。
励ましてくれてるんだね」
心配するな、1人じゃない。
「えっ……?」
そんな言葉が近くで聞こえて、私は周囲を見渡す。するといつの間にかクレイさんがこちらに歩いてきていた。
「クレイさん……」
「ソフィアもこの猫も1人じゃない。
俺はいつまでも2人の味方だ」
「クレイさんごめんなさい……。
今日一緒にご飯に行くはずが約束破っちゃって……」
近くに来たクレイさんはしゃがみ込む。
私はぶたれるものだと覚悟した。
しかし。
不意に温もりに包まれた。気付けばクレイさんが私を抱きしめていたのだ。
強くて厚い抱擁。こちらを離さないように、慰めるように、背中を擦ってくれる。
「事情は聞いた……。
辛かっただろう、寂しかっただろう?
でも大丈夫だ、ソフィアには俺が付いている。さぁ思う存分苦しみを吐き出せ。
俺が全て受け止めてやる」
「うっ……クレイさん。
うぁぁぁああんん!!ううぁぁああん……」
「よしよし、心配しなくていい。
もうソフィアは1人じゃないんだから」
「クレイさん……!」
「ほら深呼吸して、リラックスして……。
後のことは全部任せろ」
「……うっ、グスッ。
ありがとうございます。クレイさん」
私はやがて顔を上げる。するとクレイさんがこちらを見つめてくれていた。
どこまでもぎこちない、だけどどこまでも優しいような表情で微笑んでいる。
「もし行くあてがなかったり、故郷には帰らないんだったら、俺と一緒に来る気はないか?」
その言葉を聞いた私は驚きの表情を浮かべると、彼は慌てて手を振った。
「いやもちろん、ソフィアが困っている時に漬け込んで俺の言いなりさせようなんてこれぽっちも思っていない。だからこの返事は今じゃなくて良い、じっくりと考えて、それこそ手紙で返答してくれても良い。ただ一つ覚えておいて欲しいのが、俺はソフィアのことが好きなんだ……」
「そ、そうなんですか……?」
「あ、あぁ。ソフィアが入りたての頃、人一倍努力していて、明るく接客しているのを見てて、良い子なんだろうって思ってた。そして気付けば俺は組合に行くのが楽しみになっていた。それと同時にソフィアのことをもっと知りたいって思うようになっていた」
「う、うれしい……」
「恐れられたり、色目を使われたりされてきた俺に、ソフィアは初めて純真無垢な心で対応してくれたんだ、本当に嬉しかったよ。
そして何より初めて俺という人間に向き合ってくれてありがとう」
「私こそありがとうござます。
あんなに私を心配してくれて、私に気遣ってくれて、本当に嬉しかったです」
でもすみません。私はそう言う。
「組合に音沙汰無しで辞めることはできません。私もあそこで働いている以上、ケジメはつけなくてはいけませんから……」
「あんな組合に義理を通す意味はあるのか?」
えっ……。驚いた私は彼を見る。
クレイさんはその表情に怒りの炎を燃やしていた。
「ソフィア。お前のことを奴隷として扱い、虐めて、騙していたあんな組合にお前が義理を通す必要があるのか?もう二度とあんな連中の顔も見たくないだろう?」
「……は、はい」
「そして何より俺が許せない。
お前をいじめていたあいつらをそのままにしておくのが何より許せない。今まであいつらはそうやって新人いびりをして、どれだけの人が泣かされてきたか想像に難くない。下手したら命を絶った者もいるかもしれない」
だから、
「俺が話をつけておく。
ソフィアが会社を辞めること、あいつらが日常的にイジメをしてきたことなんかをな。もしそれを組合が認めないっていうなら俺は武力行使をしてでも連中に罪を償わせてやる」
「クレイさん……」
「大丈夫だ、言わなくてもわかってる。
優しいソフィアのことだから暴力で解決してほしくないと言いたいんだろう?だから俺はやり方を変えて、金を払ってでもあいつらを辞めさせるようにギルド長に言っておく。
それだったらいいだろう?」
「はい」
「じゃあ決まりだ」
「クレイさん……」
「なんだ?」
私は彼を見つめる。すると彼も答えてくれるように見つめ返してくれた。
今なら、そう今なら、自分に素直になれる。ずっと胸に秘めたこの気持ちを、彼に伝えることができる。
だから。
私もクレイさんのことが好きでした。
そう伝える。
「今まで隠してたけど、クレイさんのことが大好きでした。行く宛のない私をどうか、旅に連れていってください」
これが本当の私の気持ち。
立場の違いのせいでひたすらに隠し続けてきた私の本心。
「ソフィア!!」
その瞬間、彼は私を抱きしめてきた。
「クレイさん……」
だから私も抱きしめ返す。
そして時間が過ぎ、見つめ合う。
ゆっくりとクレイさんの顔が近づき、私も顔を近づけ、気付けば吐息が掛かるほどに接近していた。
そして私たちは優しくて深いキスをした。
「ソフィア、大好きだ」
「私も大好きですよ、クレイさん」
…………。
どれくらい経ったのだろうか。
私たちはゆっくりと立ち上がる。すると今まで蚊帳の外だった子猫が「ニャーー」と鳴いた。
「この子猫を連れて行ってもよいですか?」
「あぁ、そうだな。この子猫は俺たちで飼おう」
子猫を抱き上げた私は小さな頭を優しく撫でる。すると再び子猫は鳴いて、私たちはニッコリと微笑んだ。
受付嬢の旦那様っ! 海坂キイカ @unasaka54
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