第22話 思い出

 翌日、王宮に赴いたジョゼフィーヌは十二人委員会が開かれる建物に案内される。

 既に到着していた委員の好奇の視線にさらされたが、その視線をやんわりと受け止め頭を下げた。

 一応は猫を被って伯爵令嬢に相応しい上品な挙措をすることもできる。

 大理石でできた円卓を回って自分の名の札のある席についた。

 円卓は真ん中に大きな穴の開いた楕円形をしている。

 委員が入ってくるたびに立ち上がって会釈をした。

 変にへりくだった感じはさせず、新参者としてごく自然な敬意を向けている。

 最後にやってきたゼクトは、凄まじい憎悪の視線を向けるが、ジョゼフィーヌは典雅に頭を下げるだけだった。

 ウォーケン男爵などは、これは役者が違い過ぎるなと腹の中で唸る。

 全員が揃ったところで、委員たちの入って来た入口とは反対側の扉が開いた。

 近衛の兵が入り国王の到着を告げる。

 委員が立ち上がった。

 アルフォンス四世が堂々と入室する。

 王が着席すると、委員も一斉に着席した。

 王が会議の始まりを宣言する。

 以前なら儀典官が王家の繁栄を願う祝詞を読み上げ、それを受けて月替わりの議長役の委員が王家への忠節と意義ある議論を誓うやり取りがあった。

 しかし、アルフォンス四世は時間の無駄だと廃止し、議長がすぐに会議を始めるように改めている。

 今月の議長である中立派の初老の貴族が最初の議題を述べた。

「欠員を生じた当委員会の委員に、ジョゼフィーヌ・リージモンを迎える件について、異議のある方は挙手を願います」

 これはあくまで形式的なもので伝統的に誰も手を挙げない。

 数瞬待ってから議長は重々しくジョゼフィーヌが委員に加わることに反対が無かったことを述べた。

 アルフォンス四世は頷き、型通りの発言をする。

「斯くの如く記録し、斯くの如く実行せよ」

 次にキタイとの間の停戦交渉についての議題となった。

 停戦交渉を受け入れ、即時休戦するということは既に申し送ってある。

 和平合意するための大筋の条件について整理され、その内容を概ね守る限りは具体的な条件は特命全権大使であるジョゼフィーヌに一任することになった。

 あらかじめ決まっていたことの確認だけなので、ほとんど時間はかからない。

 本日の委員会はほぼ儀式のようなものなので短時間で終わった。

 議長が予定されていたすべての議題が終わったことをアルフォンス四世に報告する。

 あとは閉会を宣言するだけだと皆が思っていた。

 アルフォンス四世が口を開く。

「ジョゼフィーヌ嬢。ゼクター長官としての差配見事であった」

「お褒めに預かり光栄にございます。すべては陛下の威光の賜物と存じます」

「うむ。余は直接ジョゼフィーヌ嬢からあの大司教のことを聞きたいと思っていたのだ」

「どのようなことでございましょう?」

「具体的になんと説諭したのか聞きたいのだ」

 返答しようとするジョゼフィーヌを手で制した。

「いや、この場に居らぬ者の話を大勢の前で話すべきではないぐらいの礼節は余もわきまえておる。……ところで、ジョゼフィーヌ嬢は薔薇の花はお好きかな?」

 実際のところをいえばジョゼフィーヌにとって花と言えば、甘い蜜が取れるということしか興味はない。

 ただ、そんなことを正直に言う場面ではないし、アルフォンス四世の真意も内庭の薔薇園で親しく話をしたいという意味ということは理解できた。

 即位してからも宮廷内外の美女に見向きもしなかったアルフォンス四世の誘いに周囲が息を飲む中、ジョゼフィーヌはしおらしく答える。

「はい。秋の薔薇は薫り高いと伺っております」

 アルフォンス四世は莞爾と笑った。

「そうか。では、此度の働きへの褒美として、余自ら育てた薔薇の案内をいたそう」

「ありがたき幸せに存じます」

「では、これにて終会とする」

 委員が立ち上がる中をアルフォンス四世は退出する。

 思いがけない展開に想いをはせているジョゼフィーヌへ近衛の兵が案内を申し出た。

 先に退出する非礼を詫びてジョゼフィーヌは委員用の扉から部屋を出る。

 建物をぐるりと回って内庭の入口まで連れていかれた。

 おだやかな秋の日差しが降り注ぐなか、ジョゼフィーヌは考えをめぐらせる。

 陛下は一体どういうつもりなのかしら。

 ひょっとするとあのことを……。まさかね。

 ほどなくして衣装を改めたアルフォンス四世が早足でやってきた。

「では案内しよう」

 引き連れてきた近衛の兵士たちにこの場で待機するように厳命する。

「お言葉ではありますが、中で万が一にも変事があったことを考えますと、一名でも結構ですのでお連れください」

 隊長が進言した。

「それほど広い場所ではないし出入口は一か所だ。それに、そなたたちも一呼吸の間に駆け付けられよう。いいか、ここで待機せよ。しかと命じたぞ」

 ジョゼフィーヌに向き直ると肘を差し出す。

「恐れ多うございます」

「構わぬ。それとも余のエスコートでは不満か?」

 笑いを含んだ声で言われれば、ジョゼフィーヌも大人しく従った。

 触れるか触れないかという塩梅で軽くアルフォンス四世の肘に手を添える。

「では参ろう」

 アルフォンス四世はしおり戸を押し開けると庭園内へと歩みを進めた。

 薔薇の芳香がさらに強く香る中をアルフォンス四世はそぞろ歩く。

「これはやっと四季咲きするようになった品種だ」

 上機嫌で薔薇の説明しながら、奥へと進んでいった。

 しおり戸から十分に離れ声が届かなくなった場所に到達するとアルフォンス4世は立ち止まる。

 ジョゼフィーヌの手をそっと離すと向き合った。

「王位に就くというのも面倒なものだ。ようやく二人きりで話ができるようになった」

 ジョゼフィーヌは声の調子にハッとする。

 まさか。あのときのことを覚えているの?

 アルフォンス四世の笑みが大きくなった。

「昔はもっと親しく呼んでいたのにね。近所の子供を引き連れて、ボクのことをアル、アルって。普段食べられないような甘いお菓子をくれたりしてさ」

 ジョゼフィーヌはやっぱりという顔をする。

「その顔からすると昔のことを忘れちゃったわけじゃないよね?」

 右手の中指を指し示しながら、アルフォンス四世は追い打ちをかけた。

「やっぱり、知恵の指輪を継いだんだ? お姉ちゃん?」

 ふうとジョゼフィーヌは息を吐く。

 アルフォンス四世はジョゼフィーヌの腰に手を回して引き寄せた。

「陛下。お戯れを」

「この方が自然だよ。それにね」

 耳元に口を寄せる。

「ぜひ聞きたいことがあるんだ。一体何を企んでいるんだい」

 その瞳はジョゼフィーヌの心を覗き込むかのような光をたたえていた。

 そりゃ、昔のことを覚えてくれていたのは色々と説明やら説得の手間が省けそうだけれども、色恋沙汰は私の得意分野ではないのよね……。

 ジョゼフィーヌはアルフォンス四世との関係がかえって面倒なことになりそうな予感を感じていた。


 第一部完

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知恵の指輪と伯爵令嬢 新巻へもん @shakesama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ