第21話 帰都

 暗殺者の一件が片付くとジョゼフィーヌは呪いの森周辺の警備に着手する。

 リラダンを通じて、ボールスに警戒を強化するように依頼をした。

 手紙を見たボールスは休暇を取得し、ゼクターまで馬を駆けさせやってくるとジョゼフィーヌの顔を一目見てご機嫌でスワロウゲート要塞に戻る。

 自分の権限で動かせる範囲ではあるが熱心に監視網を構築した。

 後にリラダンと酒を飲んだときにこう漏らしている。

「まあ、生きのいい美人の頼みだったからな」

 動機はともかく、ボールスの動きはキタイ側にも伝わり、浸透作戦は中断した。

 そして、ゼクター市長からの不審火事件は解決したとの報告は十二人委員会を動かす。

 明らかな功績を二度まであげたからには、これ以上十二人委員会への就任を引き延ばすわけにはいかなかった。

 これが功績として不足ということになれば、今後赴任する若手貴族の修業期間を長くしかねない。

 それにジョゼフィーヌ暗殺未遂事件は委員に衝撃を与えた。

 背後関係が明らかになっていないため、証拠はないもののキタイが手を回したと考えるのが妥当である。

 まさか、ガイダル家が恥をかかされたと逆恨みしてとの犯行とは思いもよらなかった。

 スコティアを陥落せしめたリージモン伯令嬢が非業の死を遂げたとなれば快哉を叫ぶのはキタイである。

 そんな利敵行為をするものが国内にいるはずはないとの思い込みがあった。

 脛に傷を持つ御曹司たちは自分達にまで手が伸びてこないようにと善後策に腐心しており就任の邪魔をするところではない。

 暗殺に失敗するとは考えてもいなかった。

 ジョゼフィーヌが死んでしまえば、多少強引なことをしてでも幕引きはできると考えていたので、対応が後手後手に回っている。

 とりあえず、ゼクターに派遣していた者たちを解雇していた。

 追及の手が伸びれば、独断だったと言い逃れるためである。

 さらにそのタイミングでルドゼー大司教を介してバルバド聖教会の総本山からキタイとの和平の話が持ち込まれた。

 セルジュー王国としては主戦場で膠着、属領の重要拠点スコティアを占拠した状態はやや条件が有利である。

 ただ、甜菜の産地であるキタイからの砂糖の輸入が途絶えたことにより、上流階級の夫人や令嬢から不満の声があがりつつあった。

 十二人委員会のメンバーも家庭に帰れば、夫であり父である。

 懇願されたり非難されたりすれば、多少は判断に影響を与えるのだった。

 その点は別にしても、客観的に見て完勝を望めない以上はここらが潮時との冷静な判断もある。

 しかし、スコティア攻略の報に酔った世論は強気だった。

 こうなると講和の使者の人選が難しい。

 ガイダル侯爵は自分が手柄を立てることにこだわっており、和平交渉に熱心では無かった。

 やや癖はあるが人好きのするルドゼー大司教がアルフォンス四世との会食の際にジョゼフィーヌを推薦する。

「拙僧を説諭する智謀、襲撃にも顔色を変えない豪胆さを秘めながら晴朗で華やかな雰囲気をお持ちです。リージモン伯のご息女という立場もうってつけでは? 十二人委員会委員の立場であれば資格の点でも申し分ありますまい」

 ルドゼーからすれば半分は本心であり、半分はジョゼフィーヌを試すつもりだった。

 感心しつつもさらにその能力の限界を見たいという複雑な気持ちを抱いている。

 提案を受けて我が意を得たとばかりにアルフォンス四世がジョゼフィーヌの召還を決め、早馬が送られた。

 この動きを予測していたジョゼフィーヌは貴人用の馬車にも乗らず、馬を乗り継いで王都ジュールシーへと駆け戻る。

 夕刻前に館に戻ったジョゼフィーヌは、王宮へ翌日の登庁の通知をした。


 その一方で、シモンとゼクトの兄弟は事態が自分たちにとって悪い方へ悪い方へと進み、それぞれの屋敷で腐っている。

 いらいらとして当たり散らすゼクトへ部下の一人が劇場で新しい演目が始まるので気晴らしに出かけてはどうかと提案した。

「新しい女優が入ったそうです」

 偶然昼間に小耳に挟んだ情報を披露し、ゼクトは取り巻きを連れて劇場に出かける。

 劇の内容自体はそれほど目新しいものでもなかったが、女神役で出演した一人の女優に心を奪われた。

 終劇後、いつものように楽屋口で待ち構えていると見初めた若い女性が出てくる。

 すぐ横に以前自分を袖にした生意気な女がいることに顔をしかめるがゼクトは気を取り直した。

 今日見初めた女に比べれば見劣りする女など無視すればいい。

 一応は伊達男を標榜しているゼクトは意中の女性に花束を贈呈し褒めたたえた。

 歯の浮くような誉め言葉に対しても愛想よく応じるの気を良くしたゼクトは、館での宴席に招待する。

「折角のご招待ありがたいのですけど、今日は友人と先約がありますので」

 なんと、ゼクトを振った女と約束していると言った。

 部下が気を利かして間に入る。

「ならば、友人もご一緒に。ゼクト・ガイダル様はお一人増えるぐらい気になさりませんよ」

 万が一にもゼクトの身分に気が付かず間違いがあってはいけないと家名を強調して告げた。

 部下たちは女性二人を取り囲んで馬車の方へと半ば強引に誘導しようとする。

 そこへ鋭く割って入るものが居た。

 騎士リラダンが声を張り上げる。

「待たれよ。こちらの麗人をどちらにかどわかそうとなされる」

 リージモン家にその人ありと知られ、神箭と名高い男の乱入に部下たちは狼狽した。

 ゼクトが尊大に叱責する。

「この私が誰か知らぬわけではあるまい。多少名が売れているとはいえ一介の騎士が余計なくちばしを挟むな。下がれ!」

 部下たちはまずいことになったと顔を見合わせた。

 このまま話がこじれて主人にリラダンを実力で排除せよと言われても、十人程度の人数でははなはだ心もとない。

 落ち着き払って女性二人の横に佇立するリラダンをもう一度ゼクトが叱責しようとする。

 口を開きかけたところで女性の口から、ホホホと明るい笑い声が響き渡った。

「ゼクト殿。家臣が主人の側に控えるのは当然のことではありませんか」

 下賤の者と思っていた女から名を呼ばれてゼクトは激昂する。

「このアマ。誰に向かって口をきいて……」

 そこまで言って女の言葉の意味にようやく気が付いた。

「主人……、まさか……」

 ばっちりと派手めの化粧を凝らしたジョゼフィーヌは優雅な礼をする。

「お初にお目にかかります。リージモン伯が一子ジョゼフィーヌでございます。メーキャップ姿なのはご容赦くださいませね」

「あ、あ、あ」

 ゼクトは口を開いたまま言葉が出ない。

 ジョゼフィーヌは華やかな微笑を浮かべた。

「そうそう。こちらのセシリアさん。将来有望な役者とのことで後援しておりますの。それでは、明日王宮でお会いしましょう。ごめん下さいませ」

 会釈をするとジョゼフィーヌはセシリアを従え歩き出す。

 いつの間にか増えた騎士と共にリラダンが油断なく目を光らせていた。

 その様子を見送ったゼクトは地団太を踏んで悔しがる。

 ぶるぶると頬の肉を震わせながら、ジョゼフィーヌに向かって聞くに堪えない罵詈雑言を吐きだした。

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