第20話 断罪

「な、なにを証拠に。やはり長官も貴族だから、自分の命が危なかったとなると許せないのですな」

 縛られた男はジョゼフィーヌへの不信を煽るように言う。

 周囲の部下が気色ばむが、行動に移す前にジョゼフィーヌが反論した。

「ねえご存じ? 確かに私は伯爵家の生まれよ。だけど、王都暮らしの御令嬢ってわけじゃないのよねえ。それでさあ、あんたの言い訳には一点だけ大きな穴があるんだけど」

 途中からぞんざいな言い回しになった言葉を切ってジョゼフィーヌは冷笑を浮かべる。

「まあ、町暮らしの人間や養蜂に縁がないこの辺りじゃ騙せると思ったのよね。ごあいにく様。私は甘いものが好物なの。だから実家には蜂の巣箱もあるんだ」

 男の顔色がさっと変わった。

「そうよ。蜜蜂は夜飛ばないわよね。それなのにどうやったらあなたを驚かせることができるのかしら?」

 ジョゼフィーヌは腰に手を当てて令嬢にあるまじき迫力で男を睨みつける。

「あなたを殺人未遂容疑で訴追します。市長。後はお任せしていいかしら」

「お任せください」

 市長の命令で男は引きたてられていった。

「そうそう。あの子の母親を呼んできてあげて。とても心配しているだろうから」

 男と入れ違いに釈放された少年と連れて来られた母親は、ジョゼフィーヌに対して三拝九拝する。

 ジョゼフィーヌは困ったような照れたような顔をした。

「もうそれぐらいにして。子供は寝る時間よ。私もそろそろ休みたいわ」

 

 こうして無事に不審火の謎を解き明かし、暗殺者を捕らえることに成功したジョゼフィーヌ一行は早々に村を後にする。

 村人は総出で見送った。

 ゼクターに戻った後に暗殺者は厳しい取り調べを受ける。

 しかし、容易に口を割ろうとはしなかった。

 業を煮やした市長は三日ほど空費した後、拷問にかけることをジョゼフィーヌに提案する。

「お言葉のとおり拷問は控えてきましたが、一度やってみましょう。長官殿はあまり血を見たくないとのことでしょうが、やむを得ません」

「別にそういうわけじゃないの。あの男を痛めつけて白状するのなら止めないわ。でも、私の想像だと依頼主は大物よ。誰とは言わないけど。それなのに依頼人の名を明かしたら、彼は長生きできないことを知ってるのよ」

「では、単独の犯行ということで決着をつけますか。三十年ぐらいはスワロウゲート要塞で苦役につかせてやりますが」

「いい方法があるの。ちょっと人の道に反するのだけどお願いできるかしら?」

 すっかりジョゼフィーヌに心酔している市長は間髪入れずに応諾した。

「もちろんです。ぎったんぎったんの目にあわせてやりますよ。何をすればいいのですか?」

「役所内にこの男がいるでしょう?」

 その言葉に応じて進み出たリラダンが似顔絵を示す。

 市長が頷くとジョゼフィーヌはニイっと笑みを浮かべた。

「この男を牢に見に行かせて。理由はお任せするわ。そして、その日の囚人の食事にこれを入れて」

 小さな紙包みをシェルゼンが手渡す。

 市長はそれを気持ち悪そうに受け取った。

「これは何ですか?」

「別に死にはしませんよ」

 シェルゼンが請け合う。

 死ぬほど苦しみますがという言葉は飲み込んだ。

 市長は首を捻りながら言われた通りに実行する。

 その夜暗殺者は七転八倒してもがき苦しみだした。

 すぐに医官が呼ばれ、数人がかりで取り押さえて胃の中のものを吐き出させる。

 湯冷ましを大量に飲ませ吐くを繰り返させた。

 朝まで生死の境を彷徨い男は疲れ果てて眠りにつく。

 一昼夜眠り続けた後、男は目を覚ますと牢番に市長を呼ぶように頼んだ。

 暗殺者は知っていることを洗いざらい吐く。

 その足で必要な処置をすると市長はジョゼフィーヌを訪ねた。

「昨日似顔絵を見せられた役人が依頼人との関りがあるとのことだったので拘束してあります。依頼人は……」

 ジョゼフィーヌは自分の唇に指を当てる。

「その先は言わなくていいわ。実行犯の証言だけじゃ手が届かないでしょ」

「せっかく自供させたのにそれでよろしいのですか? しかし、口封じされそうになったと思わせるとは長官殿も考えましたね」

 ジョゼフィーヌの視線を受けてシェルゼンが答えた。

「実行犯ももう後が無いと思ったのでしょう。それにこういう世界は信用が第一です。裏切ったら裏切られる。それだけのことです」

 市長は思わず身震いする。

 シェルゼンは一見特徴がなく平穏そうな顔つきだったが、闇の世界の住民ということで間違いなさそうだった。

 リラダンやニールであれば伯爵家の令嬢に仕えていてもそれほど違和感はない。

 しかし、シェルゼンのような男も使いこなしているジョゼフィーヌの懐の深さに市長は改めて感銘を受けた。

「それで実行犯はいかがいたしましょう?」

「そうね。私はこうして無事ですし、強制労働二十年というところかしら。何も死刑にして永遠に証言できなくさせて、糸を引いていた者を安心させることはないでしょうからね」

「それでは通例通り、スワロウゲート要塞にて囚役につくということで……」

「場所はサントロワにしておいて。不慮の事故で死なれても困るわ。シェルゼン。あの男の監視の手はずをお願い」

 この後、実行犯はサントロワでの養蜂に従事することになる。

 カモフラージュ用に用意していた巣箱の状態がいいことから、養蜂の腕を買われたのだった。

 通常つかされる懲役に比べれば破格の待遇と言える。

 ジョゼフィーヌを暗殺しようとした過去はつきまとい肩身の狭い思いはしたものの、実行犯は専門技術を生かして働くことができた。

 本人にとっても満足できる境遇であったし、結果的にリージモン伯爵領での蜂蜜増産に少なからぬ貢献をすることになる。

 その夜、仮住まいに戻ったジョゼフィーヌは、リラダンに伴われた若い娘セシリアを引見した。

「事前の警告助かったわ。何か望みのものがあれば与えましょう」

 娘は自分の境遇と女優として名を揚げたいとの希望を口にする。

「私の後援者となって頂ければ、これ以上の喜びはありません」

「王都の中央劇場の主演女優の座を買えというのね」

「恐れながら、そこまでは望みません。劇場への復帰させて頂き、あの色男気取りを私に近づけないようにしていただければ十分です」

 セシリアはゼクトにされそうになったことを告げた。

「ジョゼフィーヌ様であれば贔屓にしていただいても、郷里に残してきた想い人に心苦しい思いをさせずにすみます」

 ジョゼフィーヌは謹直な表情を崩す。

「セシリア。気に入ったわ。あなたへの後援引き受けましょう」

 どのみち体面的にも画家や音楽家、俳優への援助はしなければならないしね。

 ジョゼフィーヌは密かに王都に戻って機会を窺うようにとセシリアに告げた。

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