第19話 不審火の原因

 リラダンは矢を放つとその行方を目で追うことなく身構えている。

 矢唸りの音を聞きつけるとパッと飛んでくる矢を右手でつかんだ。

 その射線は正確にジョゼフィーヌの心臓を狙っている。

 リラダンはその矢を弓につがえると推測される発射点に向かって射返した。

「わっ!」

 悲鳴が上がる。

「曲者を捕らえよ」

 リラダンの声にエイダが飛び出す。

 さらに数人の騎士が続いた。

 村長の庭が騒然とする。

 ある者は火を消し、別の者はジョゼフィーヌを室内に誘導し、更に別の者はリラダンが最初に放った矢を回収に向かった。

 しばらくするとジョゼフィーヌのいる部屋に多くの人々が集まる。

 村人や市長一行は変わった取り合わせのものが揃っていることに目を見張った。

 ニールほか数名は白兎を抱きかかえている。

 シェルゼンは矢が刺さった猛禽をぶら下げていた。

 エイダや騎士は後ろ手に縛った男を小突き回している。

「だから事故だって言ってんだろ」

 縛られた男は抗議の声を上げていた。

 頭に疑問符を浮かべた一同を代表して市長がジョゼフィーヌに質問する。

「これは一体どういうことなのでしょうか?」

 ジョゼフィーヌは優雅な仕草でシェルゼンを指さした。

「この近辺を騒がせていた不審火などを引き起こしていたのはそれです」

「ええっ。長官殿のご家来が犯人なのですか?」

 村長がとぼけたことを言う。

 ジョゼフィーヌはふうっと大きな息を吐きだした。

「そんなわけないでしょう。その鳥よ。誰か見てなかった? その鳥が火のついた木を落したの」

 数人が手を挙げる。

「信じられませんが、確かに見ました。その鳥は悪魔の使いなのでしょうか?」

「ただの鳥よ。鳶という名がついているわ。ただ、頭が良いから火のついた枝を灌木などに落して、その下に隠れている小動物を狩るの。人を恐れてあまり里には出て来ず、この辺だと呪いの森に棲んでいるようね」

「うさぎを用意して欲しいというのはそういうことでしたか」

 得心がいったように村長が言った。

 ジョゼフィーヌは頷く。

「そうよ。これでわかったでしょ。そりゃ、誰も不審者なんて目撃しないわよね。なんて居ないのだから」

「キタイの間者の仕業ではないかと怯えていた自分が恥ずかしいです」

「まあ、あながち間違いでもないでしょうけどね。元々呪いの森に居る鳶がどうしてこんなところに来たのか? それは森に誰か人間が入ってきたからでしょうね。おそらくキタイから」

「それは一大事ではないですか!」

 市長が大きな声を出す。

「まあ抜けられなかったのでしょうね。あそこは水に浮かべると北を指す針も正しい方向を示さなくなるし、毒の瘴気も出てるから」

「そうなのですか?」

 ジョゼフィーヌは抱えていた本を示した。

「以前、探検した者が書いた記録よ。賢明にも深入りせずに引き返した冒険者のね。鳶のことも書かかれていたわ」

 村人たちの顔に安堵が戻る。

 謎が解けてしまえば恐れることは何もなかった。

 村長が飛び上がる。

「ということは、あの子は無実ということですな」

「そうね」

「おお。長官様。ありがとうございます。では、早速開放していいでしょうか?」

「盛り上がっているところ悪いんだが、俺も釈放してくれねえか。手入れをしていたところに驚いて撃っちまったのは悪いがあくまで事故なんですぜ。無実の少年にそこまで心を砕くお優しい長官殿だ。俺にもお情けをかけてくださいよ」

 縛られた男が媚を含んだ声で言った。

「調子のいいことを言ってんじゃない」

 エイダが縛っている縄の端を引っ張る。

 それをリラダンが制止した。

「一応、釈明は聞こうじゃないか。その男はどうしてクロスボウが暴発したと言っているんだ?」

「月が綺麗なので外でクロスボウの手入れをしていたそうです。そこに蜂が飛んできてそれに驚いたとか言ってます。確かに蜜蜂の死骸はありましたが、夜中に外で手入れをするなんて嘘に決まっています」

「嘘じゃねえです。ほら、そこの人、狼狩りに行くって話してたよな」

 話しかけられた村人の一人が肯定する。

「確かに村の外れで狼の糞が落ちてたから人を集めて狩りをせにゃならんという話はしてたな」

「だろ? だから俺も少しは協力するため、手入れをしておかなきゃと思い立ったってわけよ。ほら、嘘じゃねえだろ」

 調子づく男にエイダはぴしゃりと言った。

「だったら家の中でやればいいだろ。何も外でやらなくったって」

「あんた達と違ってそんなに余裕があるわけじゃないんでね。油代も馬鹿にならねえ。せっかくの月明かりを利用しちゃいけねえってとでもいいなさるのかい」

 村人の中からぽつぽつと賛同の声が上がる。

「まあ、これだけ月明かりがあれば見えるからな」

「確かに戦いがおっぱじまってから油代も上がったし」

 男は拗ねたような声を出した。

「そりゃあよ。俺はこんな風体をしてるさ。だけど、それだけで俺が意図的に長官殿を狙ったと疑うのは酷いんじゃござんせんかい。ましてや長官殿はとても賢いと噂じゃないですか。それなのに俺だけ証拠もなしに犯人ときめつけるってのは評判にも関わるんじゃねえかと思うんですがねえ」

 ジョゼフィーヌはリラダンに視線を向ける。

「どう思う?」

「私が矢を掴んだからいいようなものの、そうじゃなければ閣下の心臓を貫くコースを飛んでいました。偶然というには都合が良すぎるかと思いますが」

「それを言うなら、大将が矢を掴んだのだって出木過ぎでさあ。まあ、結果的に偶然がかさなって長官殿も無事だったんですし、ここは一つ穏便にお願いしやすよ。俺はしがない蜂飼いですが、それでも都には蜂蜜を贔屓にしてくれているお偉いさんもいるんですぜ」

 ジョゼフィーヌは笑いをみせた。

「そう。それでは慎重にしなければならないわね。市長。ゼクターの牢獄に一つぐらいは空きはあるでしょう?」

「はい。もちろんあります。ということは長官は事故であっても不問にするわけにはいかないとお考えなのですね。あ、いや、長官殿は陛下に任じられた方ですし、過失でも傷つければ問題になりますが」

「怪我もしなかったのだし、寛大な処置でもいいのではと言いたいの?」

「一応は筋の通った説明をしておりますし」

「市長。この男は私を殺すつもりだったのだよ。間違いないわ」

 ジョゼフィーヌはきっぱりと言い切った。

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