第18話 長い夜

 市長は一瞬あっけにとられるが、すぐに思いなおす。

 ジョゼフィーヌが頭が回るのは間違いない。

 聡明で名高い元司教のルドゼーすらもやり込めたほどの知恵の持ち主なのだ。

 きっと何か考えがあるに違いないと取り調べを中断した。

 人垣の間をぬって馬車に乗り込んだジョゼフィーヌは村の中を見て回る。

 子ヤギが盗られた家や火がついた灌木や小屋などを全て見て位置関係を把握した。

 村長の家に戻ってくると部下に拾ってこさせた小枝や石を使って床に村の模型を作る。

「確かにこれなら状況が手に取るように分かりますね。何か関係性が導き出せるのでしょうか?」

 質問する事務市長にジョゼフィーヌは肩をすくめてみせる。

「一見するとバラバラで何の規則性もなさそうね。私ももうちょっと考えてみるわ。そうそう。あれは脅しだと思うけど、あの少年に手荒なことはしちゃだめよ」

「では他に犯人がいる目星がついたのですか? やはりキタイの間者が暗躍しているので?」

「さあ、それはどうかしら。余所者が居たら目立つでしょ。今日も私の馬車を物珍しそうに見ていたし。そうだ。そろそろ食事にしましょう。市長もご一緒にいかが?」

 ジョゼフィーヌは夕食を持ってくるように部下に命じた。

 食事の支度はジョゼフィーヌの部下たちが持ち込んだ食材を使って行っている。

「村の人々に余計な費えをさせたくないから」

 表向きはそう村長に伝えてあった。

 今までも長官が村を訪れることがあり、その度に村の蓄えを使って歓待させられている。

 そういう年は冬を乗り切るためにかなりひもじい思いをしなければならなかった。

 今回の視察の話があったときに一番悩んだのは実はジョゼフィーヌへの接待内容だったりする。

 それが気遣い無用とのことで村長は驚きつつも胸をなでおろしていた。

 実は毒を盛られることを警戒しての措置なのだが、村人たちはそんな事情は知らない。

 細やかな心配りのできる方だと感心する一方で、実は贅沢に慣れて田舎の食事など口に合わないということではないかと邪推する者もいた。

 豪勢な食事をしたのだろうと思って、どんな内容だったか市長に聞いて否定される。

「いや。スープとパン、塩漬けの腿肉の簡単なものだった。砂糖漬けの果物は召し上がっていたが普段の私の食事よりも簡素なぐらいだ。仕事をしに来たのだから腹が膨れればいいと仰っていたよ。そうそう。夜も調べ物をされるそうだ。それから今夜は見回りは不要と言われている」

 食事を終えるとジョゼフィーヌはしばらく目をつぶって考え事を始めた。

 リラダンや他の部下たちは手持無沙汰で、先ほど作った模型を見ながらひそひそと自分たちの推理を始める。

「事件が起きた場所を線でつなぐと何か浮かんで……こないな」

「発生日に規則性があるんじゃないか。だいたい五日か六日ごとに起きているようだ」

「最短で四日のときもあるし、あまり意味は無さそうだぞ」

「しかし誰にも目撃されていないというのはよほど優秀な間諜なのだな」

 下手な考え休むに似たり。

 結局何も思いつかない。

 リラダンがジョゼフィーヌの方を見ると船を漕いでいた。

 近寄るとためらいがちに声をかける。

「閣下。お疲れなら横になってお休みになられては?」

 びくっとして目を開けるとジョゼフィーヌは文句を言う。

「そしたら謎解きができないじゃない」

「転寝をしていてもできないと思いますが」

「失礼ね。夜が更けるのを待っているだけよ。そうだ。誰かにこの辺りにかがり火を焚かせて。火の番は離れたところからするのよ」

 模型のところに行って、ある地点を指さす。

「それから……」

 リラダンに耳打ちをした。

 怪訝そうな顔をするリラダンにジョゼフィーヌは両手をこすり合わせる。

「さあ、早く取りかからせて。それが終われば準備完了よ。まあ、今夜うまくいくかは運しだいだけど」

 ジョゼフィーヌは椅子のところに戻るとランプを引き寄せて持参した本を読み始めた。

 リラダンは騎士の一人にかがり火を焚くように命じると、自分が耳打ちされた内容を実施するために部屋を出て行く。

 その内容を頼まれた村長も首を傾げたが素直に従った。

 皆はじりじりとして待つが、ジョゼフィーヌは落ち着いて本を読んでいる。

 ちょうどきりの良いところまで読んだのか、しばらくするとパタンと本を閉じた。

「さてと、そろそろ見張った方がいいかしらね」

 出窓のところに近寄るとぴたりと閉じたカーテンの隙間から村長宅の広い庭を眺める。

 空を見上げてひとりごちた。

「天気もいいし月明かりもあるようね。これならうまくいくかも」

 リラダンを呼んで確認する。

「他の部屋も外に明かりが漏れないようにしているわね?」

「はい。村長や村人がいる部屋も、市長一行がいる部屋もカーテンを閉じさせてあります」

「ならいいわ」

「真犯人がここに現れるのですか?」

「犯人はこないと思うわ」

「これだけ準備をしておいてですか?」

「そこは向こうの気分次第なところもあるから。ただ、前回から日数も経っているし大丈夫だと思うんだけどね。まあ、待つしかないわ。兵士は待つのも仕事でしょ?」

 主がカーテンの隙間から外を覗くのを再開すると、リラダンたちもそれに倣うしかない。

 村長の家の庭を見渡せる家の物陰では暗殺者が暗がりに潜んで見張っていた。

 いくつかの部屋のカーテンが時おり微かに動くことから何かやろうとしていることを嗅ぎ取っている。

 クロスボウを抱えてジョゼフィーヌの姿を見たらぶっ放すつもりでいた。

 事故だと言い訳するための準備もしてある。

 こうして皆が何か変化が起きるのを待っていた。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 村人や市長一行の中には飽きてしまい膝を抱えて眠り込んでいる者もいる。

 ばさっ。

 音と共に庭の一角にある灌木から火の手があがった。

 ジョゼフィーヌがぱっと出窓を押し開けて庭に飛び出る。

「リラダン!」

 進みでたリラダンが弓を構えてジョゼフィーヌが指さす方向にある目標に向けて矢を放った。

 それと同時に暗がりに潜んでいた暗殺者がクロスボウを構える。

 月明かりに照らし出されたドレス姿のジョゼフィーヌを照星に捕らえるとそっと引き金を引いた。

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