悪いのは私のせい

私に優しく笑いかける。

私に優しく声をかける。

私に優しく口吻くちづける。

この世界に存在する誰よりも私を優しくいだく。

けれど私はそれだけじゃ満足できない。

君の恋人にはならない。


私が少し他人ひととは違った嗜好しこう性癖せいへきの持ち主だってことは自覚してる。

綺麗なだけのものが嫌い、ゆがんだものが好き。

自由が嫌だ、束縛そくばくしてほしい。

尊重そんちょうなんていらない、溺愛できあいがほしい。

そうでなくては愛を感じられない。

愛されてるって実感できない。

つまりね、私は好きな人にはヤンデいてほしいということなの。


大学構内だいがくこうないにあるカフェのテラス席。

友人と楽しそうに笑い合う。

「それでね、みんなで飲みに行こうかなって思ってるんだけど一緒に行くでしょ?」

半年も一緒にいれば彼女が何を言わんとしているのかわかる。

その飲み会にたぶんお目当ての高スペック男でもいるんだろう。

私にアシストでも頼みたい、といったところかな。

女っていうものはその手の話が好きだからね。

まったく興味はなかったけれど、あえて波風なみかぜを立てる必要もない。

それにやり方によっては自分にとっても悪い話じゃないかもしれない。

私はどうしようかと困ったように曖昧あいまいな笑みを浮かべる。

「う~ん……行きたい気もするけど、行っていいよって言ってくれるかなぁ」

「ダメだよ」

頭を悩ませる素振そぶりをした私の頭上から間髪かんぱつ入れずに声を落とされた。

君の声だ。

今の会話を聞いていたんだ。

そばにいたんだ。

私が思う以上にいいタイミングだった。

私に降り注いだ君の声は特に強い口調では言わなかった。

けれど私に有無うむを言わせないものだった。

私に命令するような、しばり付けるそんな声音こわね

それが私をひどく高揚こうようさせた。

そんな私の心など知りもしない君は驚いた表情を見せる私に優しく微笑ほほえむ。

「え!?いつのまに来てたのー!?」

私は驚いて大きな声をあげた、ように見せた。

でも本当は嬉しくてニヤけそうになっていた。

私の背後はいごに立ち穏やかに微笑む君は友人に軽く会釈えしゃくをする。

清潔感せいけつかんがあって優しく穏やかな雰囲気をまとった君は端正たんせいな顔をこちらに向けて私に声をかける。

「ほら、ケーキ買いに行くんでしょう?早く行かないと食べてみたいって言ってたケーキ、売り切れちゃうよ?」

そう言って私のバッグをひょいと持ってくれて私に手を差し伸べて立たせてくれる。

まるで王子様のように。

「そうだった!ごめーん、先に帰るね!……飲み会もやっぱりダメだって。誘ってくれたのに本当にごめんね!」

「いやいや、謝ることじゃないよ、大丈夫。……でも彼氏さんも心配もあるかもしれないけどたまには彼女にも息抜きさせてあげてね?」

友人が少し残念そうに、けれどこちらを気にかけてそう言った。

「彼氏じゃないです」

君は目の前の友人を一瞥いちべつすることもなく冷たい声でそう言い放った。

私は少し目を見張った。

テーブルに置かれた私のスマホを手に取って話は終わりだと言わんばかりに帰り支度じたくを進める。

「は?恋人でもないのになんであんたがこの子のことを決めてんの?あんた何様のつもり?」

私をかばうように詰め寄る友人の言葉にも君は心底しんそこ面倒めんどうくさそうにため息を吐いてみせる。

そして周りを無視するかのようにこちらに顔を向けて君はニコリと微笑みかけて私の手を引く。

「行こう。時間を無駄にしたくないからね」

君に手を少し強めに引かれ軽く体勢を崩し引きずられるように君についていく。

強引な君に心を踊らせながら友人に手を振る。

「ごめん!また明日ねぇ!!」

あぁ、きっとこれでお別れだね。

だってきっと私は君に怒られちゃうから。

半年か、けっこう続いちゃってたな。

次はもう少し早くてもいいよ。

だから、バイバイ。


少し歩いてから、君が少し足取りをゆるめる。

「ねぇ、どうして悩んだの?」

君の言葉に不思議そうな顔をしてみせた。

君が何を言いたいのかまるでわかっていないみたいに。

「飲み会のこと。行きたい気もするって言ってたよね?行きたかったの?」

やっぱり聞いてくれてたんだね。

「あ、それは友達がわざわざ誘ってくれたから」

「顔のいい男でもいた?」

どうでもいいし、興味ないよ。

「え?いや、わかんない。飲み会のメンバー、誰がいるのか知らないから」

「俺に行ってもいいよって言ってほしかったの?」

君は言わないでしょう?

わかってる、信じてる。

怒ってる、怒ってくれてる。

あぁ、愛されてる。

胸をつらぬかれるような心地ここち

君の冷たい目を向けられれば、その愛がもっと強く実感できる。

よだれれ落ちてしまいそうなほどうずいてしまう。

「俺、あの人、嫌だな」

待っていた君の言葉に顔を上げる。

嬉しい。

まだ足りないけど愛を感じるよ。

思わずニヤけてしまう。

こぼれ出る喜びを君にさとられないように唇を噛み締めてから小さく頷く。

「……もうあのこに近づかない」

私がそういえば君は簡単に許してしまうけど、もう何度目なのって糾弾きゅうだんしてもいいんだよ?

それだけ何度もこんなやりとりをしているっていうのに君はすぐに許してしまう。

あと一歩が足りないんだよ。

もっと愛をちょうだい?

純粋で優しく可愛らしい弱い君。

そんな君が大好きだから。

だからまた私は許してしまう。

何度目だなんて言及げんきゅうしないでいてあげる。

「わかってくれたならいいよ。ごめんね?」

君が優しく微笑めば子犬のように君に飛びつく。

そして君の胸に顔をうずめて溢れだす劣情れつじょう、とめどない快楽、おさえのきかない恍惚こうこつの表情をひた隠す。

いつものように君は私の髪を優しくでる。

「ケーキ、買いに行こうか。美味おいしいといいけど。そうだ。今日は特別に何か買ってあげるよ」

もちろんケーキとは別にね?と君が笑いかけてくる。

何も買ってくれなくていいよ。

君のそばにいられるだけで嬉しいの。

愛をくれればそれだけでいいんだ。

でも私が笑ってみせれば君は顔と心をはなやがせる。

そんな君の手を強く引きながら足早に歩いていく。

まるでさっきの二人をそのまま逆さにしたみたいに君は少し体勢を崩し引きずられるように私についてきてくれる。

私の恋人にはなれないままで。


だって私は世間一般で言うヤンデレが好きなのよ。

だから探して、見つけたら

種を植えて、水をあげて

育てあげる、育ててあげる。

君の心が私好みになるように

君が堕ちてくれるまで。

二人はまだ恋人にはならない。

君が私にきつけられて

焦がれてどうしようもなくなって

私から離れられなくなって

私なしで生きてなんていけなくなった時。

たとえば食事もお風呂も眠ることさえも

私一人ではさせられなくなった時。

君が心もからだも生活も日常も未来すらも

私しかいらなくなった時。

君が私に依存いぞんしてくれた時。

やっと君は私だけを大好きな人になるの。

やっと私の恋人は完成するの。

ただのそこらに蔓延はびこ有象無象うぞうむぞうじゃない私の唯一になれるの。

君がこんなにおかしいのは

君がこんなにくるおしいのは

君がこんなにいびつなのは

私のせい。


君が悪いのは私のせい。


君を狂おしくいとおしい私のせい。

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望んだ君になるまで うめもも さくら @716sakura87

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