第30話 失踪

 その夜、セシルらはリーファたちとともに夕食を囲むことになった。


 セシルはチーピの果実酒を嬉しそうにグラスに注いだ。


「やっぱこの村にきたらこれ飲まなきゃなだよな」


 グラスを揺らすと、ピンク色の液面が波立ち、芳醇な香りが漂う。セシルは満足そうにその香りをかいで、一気に喉に流し込んだ。


 そんな彼女をよそに、メラリーも口をつける。果実酒を飲むのは、この村にきてもう何度目かになる。

 

 たしかに、甘くて美味しい女性好みの味ではある。しかし、さすがに連日飲んでいては飽きる。メラリーは口をつけたグラスを置いた。


 リーファはいそいそと、台所で料理をしていた。香草で肉を焼いているので、食欲のそそる香りが漂っていた。


「今日はなんのお肉ですの?」


 メラリーは、空腹が刺激され待ちきれなかった。今日はそんなに動いていないのだが、それでも腹は空く。娯楽がなにもない場所では、飯にとくに興味が向くものということもあるかもしれなかった。


 リーファは、鼻歌交じりにふるっていたフライパンから、皿に焼いた肉をうつした。


「なんのお肉だと思います?」


「また鳥ではないのですか?」


 リーファは、それには答えず、いそいそと皿をテーブルに持ってきた。


「リーファも座ろうぜ。飲もうや」


 セシルは、とくとくとリーファのぶんの酒も注ぐ。リーファは、遠慮がちにグラスを持つと、セシルとメラリーと乾杯をした。


 そして深く座ったリーファは、長旅をこなしたセシルを改めて労う。


「なにはともあれお疲れ様ですセシルさん。今回はどんなルートで行商していたんですか?」


「今年は遠出してな。2つ国を超えた先に行ったよ。ソルティアってとこまで行った」


「あら?……それって」


 メラリーは、その村の名前にピンとくる。そこは、チーピの一大生産地だった。


 セシルは首を振る。


「でもダメだなあそこは。品質はそこそこで量も多いが、味ではバッタルのものに遠く及ばねぇや」


「……そうですの?」


 メラリーは、首を傾げる。彼女にはそこまで差があるとは思えなかったのだ。


 一方、村を褒められたリーファは、ほくほく顔だった。


「嬉しいです。セシルさんが買い取ってくれるおかげで今年も村が潤います」


「…………」


 お世辞で褒められただけではないかと疑っているメラリーは、空気を壊さぬように黙っていた。


 ガチャ。とつぜん扉が開く音がなり、一同は振り向く。

 

「なぁ、俺もうそろそろ眠い……」


 外から入ってきたのは、銀髪の少年だった。目をこすりながら、あくびをしている。


 メラリーはキョロキョロと、セシルとリーファの顔を見比べる。自分の知り合いではないということは、ふたりのどちらかの知り合いということである。


「えっと、こちらのかたは?」


 答えたのは、セシルの方だった。


「ああ、連れ……ですよ。さっき紹介した狼、シロです」


「ええっ?」


 銀髪の少年が、また大きく口を開いてあくびをした。チラリと覗いた犬歯は鋭く尖っていた。


 メラリーはまじまじと少年をみつめる。


「……な、なに?」


 可愛らしい童顔に見つめ返される。さきほどの凛々しい狼が、この少年とは思えなかった。


「知識として、一部の魔物が魔力を変換して人間体に変身できるのは聴いたことがありますわ。実際見るのははじめてですけど……」


 少年は顔を赤らめて、そそくさとセシルの背に隠れる。さきほどの狼と同じ行動だった。


 セシルは少年の頭にポン、と手を乗せて笑う。


「コイツはこの辺に昔から住んでいた狼の魔物の一族でな。由緒正しい血族の魔物だったんだ。だが、アシナ村にダンジョンができてからは全国から冒険者が集まってきちまって、その煽りで住処を追われたんだ」


 少年は、コクンと頷く。


「怖い人たちがたくさんきて、大変だったんだ……。でも冒険者を引退したセシルさんが、魔物の僕を匿ってくれて、一緒に旅をしようと誘ってくれたんだ」


 リーファは目を輝かせる。


「魔物の少年と、元冒険者のお姉さんが行商人になって旅をするってどこかの国の物語みたいで素敵ですよねぇ」


「たしかに。ロマンチックですわね」


 セシルは、鼻をかく。照れているようだった。


「私も怪我をして冒険者稼業は潮時だと思った時期だったからな、まあ縁があったってわけよ。……さ!シロ。寝る支度をするぞ」


「寝室ならご用意してますよ。メラリーさんの隣の部屋がちょうど空き部屋でしたので」


「サンキュー、リーファ。風呂までいれてくれて助かったぜ」


「いえいえ、しっかり今夜は休んでください。セシルさんたちは大事なお客さんですから」


 リーファは、セシルたちを労うつもりでそう言った。村に利益をもたらしてくれる存在である彼女たちを大事に扱うのは、村長代理として当然の振る舞いである。


「…………」


 しかし、それを横で聞いていたメラリーは、キュッと胸が痛んだ。


 自分は、この村に来てからまだなにもしていない。この村に利益をもたらしていない。


 大事なお客さんですから。セシルに送られたそれと同じ言葉を、メラリーはまだ受け取れる資格はないと感じていた。


 もし、このままなにもできなかったら……。この村にきた使命を、なにも果たせなかったら……。


 メラリーは、急に居心地が悪くなって、椅子から立ち上がった。


「私もそろそろ寝ますわ。なんだか疲れてしまいましたの」


「あら、そうですか。お疲れ様でした、メラリーさん」


「………おやすみなさい」


 リーファにかけられた言葉に、メラリーはまた胸が痛む。なにがお疲れ様だというのか。


「……?おやすみなさい」


 寝室に向かって、どこか落ち込んだような足取りで歩くメラリーを、リーファは不思議そうに眺めた。


 セシルは、ぽんっとシロの背中を押す。


「さ、お前も布団へ潜ってこい。リーファ、私たちはもう少し飲もうぜ」


「あっはい。おやすみなさいシロくん」


「うん、おやすみなさい」


 シロは小さな背を折り曲げてお辞儀をした。そして、メラリーのあとを追うように寝室へ向かった。


「さ、飲もうぜ」


「あっ、はい」


 リーファは、メラリーの様子が気がかりだったが、セシルにグラスを掲げられて、乾杯を合わせた。


 ふたりはそのまま夜深くまで、酒を飲み明かし、近況を語ったり、与太話をするなどして談笑した。久しぶりの再会を喜びあって、話は大いに弾んだ。


 そこには、メラリーの席はなかったのである。



 そして、翌朝。


「あれ……?メラリーさん……?」


 夜更かししつつも、朝早く起きたリーファは、メラリーの寝室を覗いて、呆然とする。


 そこには一枚の書き置きだけがあって、メラリーの姿はなかったのだ。



『少しの間、村を空けます メラリー』



 こうして、メラリーは、バッタル村から失踪したのだった。

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双世記〜お嬢様と村娘の地方再生奮闘記!〜 ぴとん @Piton-T

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