第29話 行商人
翌日、メラリーが目を覚ますと、またリーファは家にいなかった。
窓の外を覗き込むと、まだ日はのぼりきっていない。先日のように寝坊をしたわけではなかった。
書き置きには、またしても「畑の手伝いに行ってきます」。
メラリーは、ベッドから起き上がり、リビングに行くと案の定朝ごはんも用意してあった。
「…………。いったい何時に起きてらっしゃるのかしら」
農家の朝は早いと聞いたことがあったメラリーだったが、ここまでとは思いもしなかった。
朝ごはんを食べ終わったメラリーは考える。読みかけの本を開くかどうかを。
昨日のように読書をしてリーファの帰宅を待ち、半日家で暇を潰すことを危惧していたのだ。
いくら読書が楽しいとはいえ、使命を預かっている身で何もせず、室内に籠っているというのは心苦しいもの。メラリーは、外に出ることを決めて、寝巻きを脱ぎ捨てる。
「…………」
そのとき、メラリーの視線にあるものが目に入った。それは貴族である自分には、本来縁がないもの。
しかし、いまの彼女には必要なものだった。
メラリーは逡巡した結果、ソレを手に取るのだった。
ちなみに、昨日のタヌキは、今日も物陰で丸まっており、メラリーが家を出ると同時にパチリと目を開けて、見送ってくれた。
「ここにいましたのね」
メラリーは腰に手を当てて、道に仁王立ちした。
「あっおはようございますメラリーさん早起きですね」
リーファは昨日とは違う畑にて、チーピの詰まったカゴを担いでいた。
土手向こうの畑では、村人たちがワイワイと話をしながら収穫作業を行なっている。
「置いていかれると寂しいですわ。やることがないと暇ですもの」
倉庫にカゴを運ぶリーファに並走して、メラリーはブツブツ文句を垂れる。
「それにしてもよく私のこと見つけられましたね。もう村の地図覚えたんですか?」
「ああ……それは村のおばあさんに教えてもらいましたよ、リーファさんはここにいるって」
メラリーは先日、村の噂が簡単に出回る環境に閉塞感を抱いたものだったが、こういう人探しには役に立つものだと見直した。
「よいしょっと……」
リーファは床にカゴを置いた。倉庫内で山積みにされたカゴには、どれもいっぱいにチーピが詰まっている。バッタル村の生産量はそれほど多くないが、一箇所に集めてみるとそれなりの量になるものだった。
「さて、と。それにしてもメラリーさま、その服……」
リーファは腰をトントンと叩いてひと息ついたのち、ずっと気になっていたメラリーの姿について尋ねた。
「ええ、お借りましたわ。似合わないかしら?」
メラリーは、家を出るときに農民用の作業服、白いワンピースに袖を通した。この村に来るときに着ていた貴族用のドレスでは、動き回り辛かったのだ。
くるり、とその場で回るメラリー。裾がふわりと風で舞い上がる。無地のスカートも彼女が着るとどこか華やかさがあった。
「お似合いですよ」
唇に手を当てて笑うリーファ。農民の姿をしている年下の少女は、身分違いのお嬢様ではなく、まるで妹のように見えてきた。
「ありがとうございますわ。さ、私もお手伝いいたしましょうか。なにをすればよいですの?」
「えっ手伝ってくださるんですか?」
か細い腕を折り曲げて、力こぶをつくってみせるメラリー。時間を無為に過ごすよりは、慣れない畑仕事を手伝ってみるほうが良いと、ここに駆けつけたのだった。
リーファは、うーんと考え込んだ。力仕事は体力がいる。メラリーはどう見ても向いていなかった。
しかし、今日のこの後の作業を思い返して、適任の役割があったと気づく。
「そうだ、このあと行商人のかたが収穫したチーピを受け取りにきてくれるんです。その対応を私と一緒にしてくださいませんか?」
「あら、お客様ですの?でしたらドレスのままの方が失礼がありませんでしたわね」
「あーいやそんなに畏まるような方ではないので大丈夫ですよ、ラフで」
「そうですの?ですが……」
そんな打ち合わせをしてるふたりのもとへ、村人のおばあさんがヨチヨチと寄ってきた。
「おーい、○○ちゃん来てくださったよいまリーファちゃんのお家で待っててもらってる」
「あっほんとですか?じゃあお迎えに上がりましょうか」
件の客人、行商人の○○が到着したようだった。
リーファは服についた土ぼこりをパッパと払って、畑に残っている村民たちに、途中で作業を抜ける旨の挨拶を済ます。
メラリーは、口を尖らせていた。
「私がこの畑に来た意味、ありませんでしたわね」
「いいえ、畑を手伝ってくれるお気持ちだけでも嬉しかったですよ!さぁ、お迎えにいきましょうか」
「そういっていただけると……ううーん」
リーファは、納得しきれていないメラリーの手を引いて、自宅へ向かって歩き出した。
畑の老人たちは、そんなふたりを目を細くして見守っている。
「仲が良くて微笑ましいねぇ」「うちの孫にも久しぶりに会いたくなったよ」
若さを分け与えてもらった気になった老人たちは、その後の作業を元気にテキパキと進めることができたのだった。
リーファの家の前に立っていたのは、年齢として20代後半くらいの若い女性だった。髪型はポニーテールで、頬には一線の傷がある。服装は街の庶民にありがちな布の服だが、腰には剣を携えていた。
彼女は、近づいてくるリーファとメラリーに気づくと頭を下げた。
「久しぶり。前回の収穫シーズン以来だから1年ぶりだな」
「ええ、お久しぶりです変わりないですか?」
「ああ、お前も元気そうだ。……そちらは?」
メラリーは礼儀正しく、お辞儀をする。農民の服ながらも、気品のある振る舞いだった。
「私は、こちらの領地をおさめております、お父様より派遣されてきた、メラリーと申します。現在、村の振興に関わっていますわ」
「ああ、あんたが!……ってあんたとか言っちゃいけねぇかご貴族様だし、ええとな」
彼女は口籠った。そして慣れない敬語を駆使して、なんとか自己紹介をする。
「私は…セシル、だ、です。えーと?はじめましてよろしくお願いします」
セシルと名乗った女は、ぎこちなく頭を下げた。
リーファは、セシルを手で示し紹介する。
「このセシルさんが、バッタル村で収穫された作物を買い取ってくれるんです」
セシルの後ろには、大きな荷馬車が数台停められていた。倉庫いっぱいにあったチーピもこの台数ならば運んでいけそうだった。
「馬は一旦村の人が案内してくれた小屋に繋がせてもらったよ。少し休んだら集荷にいくぜ」
「長旅ご苦労様さまです、急ぎでないのならこんばんは泊まっていきますか?」
「ああ、世話になる」
リーファとセシルが会話している間、メラリーは興味深そうに荷馬車を見ていた。
「まさかおひとりでいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
ゴルドーからバッタル村への道のりには、警備兵がいるため、他のルートと比べて安全とされており、盗賊に襲われる心配は少ない。
しかし、複数の荷馬車、つまりは数頭の馬をたったひとりで先導することは難しいはずだった。荷馬車一台あたり、ひとりの御者がつくのが普通である。
メラリーの疑問に、セシルが答える。
「ああ、実はもうひとり同行者がいるんだ。つってもヒトじゃないけどな」
「はい?」
セシルが荷馬車の方へむけて、声をかける。
「おーい人見知りしてないで出てこいよ!お前も挨拶しろ!」
すると、荷馬車の後ろからのっそりと大きな獣の影が動いた。
「ひぃ!?」
思わず悲鳴を漏らすメラリー。現れたのはなんと、からだ全体で荷馬車ほどもある大きさの、巨大な狼だったのだ。
白い美しい毛並みに、鋭い眼光。足からは荘厳な爪が覗いていた。このような巨大な狼が一般の生き物であるはずもなく、魔物の証である魔石も眉間に埋め込まれて、日差しに反射して輝いていた。
狼の魔物は、一同を見回すと、静かに口を開いて、「ヒトの言葉」を話した。
「は、はじめまして…ボクはシロと言います。よろしくね…」
「あっえっ?あっえー、よろしくお願いしますわ」
狼を前に面食らって硬直してたメラリーは、気を取り直してお辞儀をした。狼が喋ったのも驚きだったが、風格ある狼の一人称がボクで、辿々しい弱気な口調なことにも違和感があった。
シロと名乗った狼は、セシルの後ろに回り込み、縮こまった。セシルは呆れたように、白い毛並みを撫でる。
「商人が人見知りじゃやっていけないぞ、シロ」
シロは、恥ずかしそうにこうべを垂れてみせた。
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