第28話 村の生活
リーファたちがやってきた畑では、すでに数人が作業をはじめていた。
おばあさんが、台に乗って、木に実ったチーピの付け根をハサミで切る。そして、採れたチーピは足元の木箱に入れていた。
メラリーはそれを眺めて、横のリーファに尋ねる。リーファは、ハサミを準備運動でチョキチョキ動かしていた。
「こちらの畑はどちらの方のですの?」
「えーと、ヤーハさんの畑ですね」
「手伝ってるみなさんもご自分の畑があるのでは?お忙しいでしょうに」
「いや、いま来てるのは、自分のとこの作業が終わった人や、私みたいに育ててる作物がシーズンじゃなくて暇してるひとたちですから手伝えるんですよ」
「…………」
メラリーは首を傾げた。こんなに人が集まるとは、畑の持ち主はよほど慕われている人格者なのだろうかと。
「収穫シーズンは短いですからねー、急いで獲らないと。ここ1週間はずっと天候に恵まれていて助かりました」
リーファは空を見上げる。雲はいくつか漂っているが、概ね晴れている。雨雲らしきものは北の空にわずかにあるが、こちらに来ることはなさそうだった。
天気が悪い日には、収穫ができない。それは農家にとっては最悪のことである。
「それでは行ってきますね」
「あ……はい、いってらっしゃいませ」
リーファは畑に入っていった。作業をしている老人に話しかけて、指差しながらいくつかを確認している。やがて大笑いし合ってから老人と別れ、自分の持ち場へ台を置いて、枝に手を伸ばした。
「…………」
メラリーはドレスを折り込んで、空の木箱を椅子がわりに座った。硬い椅子である。
静かな村に、チョキン、チョキンと音がなる。彼らは、箱が満杯になったら、運ぶために一度台を降りる。そして作業中の村人とすれ違いざまに談笑してから、納屋の方へ向かう。
そんな光景を、メラリーはぼーっと眺めていた。のどかな人間の営みは、平凡で退屈だった。
ここにいる村人は、ただただ働くだけ。たまに飲み会をして大騒ぎするのが楽しみ。メラリーには理解できない価値観であった。
とある一人の村人のおばあさんが、チーピの詰まった箱を担ぎながら、メラリーの横を通りすがりがてら、話しかけてきた。
「メラリーさま、昨日はよく眠れましたかい?酔って担がれて帰ってたろぅ?」
「え、ええまぁ」
おばあさんは、一度箱を置いて、シワのついた顔で笑いかけてくる。知らない人に対する人見知りが発生して、メラリーはぎこちなく返す。
「えっと、昨日の歓迎会にいらした方ですか?」
「いやいや、うちは旦那が腰やっちゃってねぇ。その看病で欠席したんだよねぇ」
「へ?」
素っ頓狂な声が出るメラリー。おかしな話だったのだ。
あの夜、おばあさんは歓迎会にいなかった。だというのに、メラリーが酔って担がれたのを知っているとはどういうことなのか。
考えられるひとつの可能性について、メラリーは恐る恐る尋ねる。
「あの、誰かからお聞きになったのですか?」
「あっはっは、そうじゃよ。村中みんな知っとるよ」
「…………っ」
恥ずかしさに襲われると同時に、たったの一晩で村中に噂が広まる気味の悪さにメラリーは身震いした。
もちろん、おばあさんにプライバシーを侵害したという自覚はない。ただの世間話を知り合い同士でしていった結果、数珠繋ぎに村中に広まっていっただけなのだ。
「はい、これ食べなぁ」
「あっあっはい」
おばあさんは、箱から取ったチーピをひとつ差し出してきた。呆けたままのメラリーは、お礼もままならないまま、受け取る。
「そんじゃね、ゆっくりしていってなぁ」
そうして、おばあさんは箱を担ぎ直すと、納屋に入っていった。
「…………」
一人になったメラリーは、箱の上で足を組み直す。
この村社会は、自分が今まで住んでいた屋敷とは違うものなのだと、あらためて認識する。
アクセサリーの売っている露店はないし、軽食の売っている店もない。人は少なく老人ばかりで、世間は狭い。
あるのは広い広い畑と、そこに実ったチーピだけ。
ここはまったくの別世界なのだ。
メラリーは、手元のチーピに視線を落とし、ハァとため息をつく。なぜ自分がこんなところに配属されたのか。
雲の隙間から日が差し込み、メラリーは目を細めた。明るい空だというのに、気が滅入りそうだった。
一方で、対照的にリーファは、楽しそうに村人たちと会話しながら農作業に勤しんでいた。
メラリーは、チーピに齧り付くことなく、足をぷらぷらして日が落ちるのを待つのだった。
家を出るときに、見送ってくれたタヌキが、メラリーの足元に駆け寄ってきたので、チーピはその子にあげておいた。
「大きくなりなさいな」
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