第27話 出荷量
「……んっ!?」
野生みの溢れる肉汁に、目を丸くするメラリー。
リーファが切ってくれた野鳥の燻製は、美味しいながらも独特のエグみがあり、普段食事で食べるものよりもワイルドな味がした。
肉の繊維は硬めで、何度も咀嚼してようやく飲み込める。そんなメラリーの食事の様子を、リーファは微笑ましそうに眺めていた。
「もぐもぐ……あら、リーファさんは召し上がりませんの?」
「私はガイルさんのところでいっぱい食べさせられましたから」
リーファは、ポンポンとお腹を叩いた。
「ふむ、役得ですわね」
村長の仕事になんてないはずなのに、他人の畑仕事に狩り出されるなど、若い労働力としてコキを使われているのではないかと心配していたメラリーだったが、報酬があるなら悪いことではないのかもしれないと考え直した。
メラリーがひと通り切り分けられた肉を食べ終わり、水を飲み始めたころ、リーファは本棚から台帳を取り出した。
「そちらは?」
「村のチーピの出荷記録です。いまは収穫の時期で、畑で取れたチーピは一旦各家庭の納屋に閉まってもらっています。
明日村に来る商人にチーピを引き取ってもらうときに、各家庭の出荷個数に応じて代金をお支払いするんですが、そういったことを記録してるんです」
「へぇ、ちゃんとしてますのね。毎年やっていますの?」
「ええ、いまは寝込んでる村長さんがしっかり者で、そのひとの代から取り始めました」
リーファの手の甲にはインクで文字が書かれていた。メモをとっていたのだ。彼女はそのメモに書かれた数字を、羽ペンで台帳に記録した。
「ふむ、インクが乾きましたら、私にも見せてくださりますか?」
「ええ、いいですよー」
メラリーは、リーファの脇から覗き込む。台帳には15年前からの記録があった。
「8年前だけ極端に出荷量が少ないですわね。この年はなにが?」
「ああ、このときは大変でした……隣のアシナ村のダンジョン洞窟から逃げ出した魔物が、この村にやってきて作物を食い散らかしたんです。駆けつけてきた警備兵の方々に討伐していただいたので、怪我人は出ませんでしたけど」
「ああ、魔物災害ですか…」
メラリーは頷いた。アシナ村とバッタル村の距離感ならそういうこともあるだろう。
8年前以外は、例年だいたい同じくらいの出荷量なものの、わずかながらも毎年減少傾向があった。
「高齢化で廃農するひとも出てきていて……」
「なるほど、大変ですわね」
メラリーは腕を組んだ。元から出荷量が少ないというのに、労働人口が毎年減り続ける。この村に未来などあるのだろうか。
秋に収穫されるチーピのほかの、村で作られてるいくつか作物については、記載がなかった。それらは村人たちの間で消費されているため、記録しないのだという。
難しい顔をして考え込むメラリーのかたわら、リーファはエプロンを外して立ち上がった。
「よいしょっと。それではまたしばらく空けますね」
「……はい?ああはい。って、え?今度はどちらへお行きになさるのですか?」
メラリーはパッと顔を上げる。すでにリーファは軍手をつけて、玄関扉の前にいた。
「ええ、収穫の時期はとくに人手不足になるので、いろんな畑を手伝ってくるんです。私の畑で育ててる野菜は今シーズンは農閑期なので、ちょうど手が空いてるんですよ」
「…………」
口をパクパクするメラリー。村をどうにかするために呼ばれたというのに、まさか一日放置されるのか。
「それでは行ってきますね!」
バタン、と扉が閉まり、リーファが姿を消す。
「な、なんですのよ……農作業のほうが私より大事だっていいますの…?」
メラリーは憤りを感じたが、一旦息を吸って落ち着く。
リーファには悪気がないのだ。大きく息を吐いて、メラリーは台帳を閉じる。
ここで一日閉じこもっていても暇なだけである。メラリーは、意を決して、家を飛び出した。
「お待ちくださいませー!私もついていきますわー!」
メラリーは、ドレスの裾を持ち上げながら、農道をタッタッタと駆ける。
家の物陰に潜んでいたタヌキが、ひょっこり顔を出し、走る彼女を見送る。
後ろから追いかけてくる彼女に気づいたリーファは、大きく手を振った。
「はーい!いいですよー!」
「……っつはっ!はぁっはあっ!」
運動不足のメラリーは、追いつくまでのほんの30メートルの距離で、すでに息があがってしまうのだった。
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