バッタル村 - 2

第26話 朝を迎えて

 屋敷では聞いたことがない種類の謎の鳥のさえずりが頭に響き、メラリーは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。


 半覚醒のまま上体を起こして、しばらくそのまま動かない。ベッドの上で、からだは起動準備に入っていた。


 そうして、だんだんと意識が俗世に降りたった頃、メラリーは周りの見慣れぬ家具の配置から、ここが自室ではないことに気づく。


「そうでしたわ……私はバッタル村に……」


 彼女は、いまが村の歓迎会の翌朝であることをようやく認識した。


 昨夜は酒を飲んで、気持ちよく夢の中へ迷い込んだ。頭痛はまったくなく、慣れない酒であったのにもかかわらず、二日酔いは残らずにすんだようだった。


 ベッドの横には小さなテーブルがあり、その上には木のコップが置いてあった。水が入っている。


「…………」


 これを飲めということだろうか、とコップを持ち上げると、その下に書き置きがあった。


『畑仕事を手伝ってきますので、ゆっくりしていてください朝ご飯用意してます リーファ』


 コップを傾け、水を口に含むメラリー。


「……畑の、手伝い?」


 メラリーは書き置きの意味について考える。リーファは役場の業務を代理しているが、彼女自身の本業は農民だったはずだ。自分の畑を見てくることに、手伝いというのはどういうことだろう。


 メラリーは、ベッドから降りてリビングへ出る。誰もいない部屋のテーブルに、スープとパンが置いてあった。


 心の中でリーファに感謝するメラリー。しかし、果たしてどれほどの時間眠っていたのだろうかと疑問を持つ。起こしてくれてもよかったのに。部屋の中を見渡すが、掛け時計はどの壁にもつけられていなかった。


「……いただきますわ」


 席に座り、パンを齧ると硬かった。焼き上がってから時間が経っている。マグカップのスープも冷えていた。


 窓から差す光は強く、すでに日は高く昇っているようだった。


 ずいぶんお寝坊をしてしまったらしい。

 




「ただいま帰りました」


 リーファが帰ってきたのは、おおよそお昼過ぎだった。彼女は農作業用の、質素なワンピースを着ていた。家に入る前に軽く払ったようだが、わずかに土汚れがついており、労働の証がみえる。


「おかえりなさいませ。これ、なかなか面白いですわね」


 リーファが留守にしている間、ひとりで見知らぬ土地を歩き回って迷子になるのも迷惑をかけると、メラリーは暇に明かして本を読んでいた。リーファの家には、本棚にぎっしりと物語の本があったので、興味を引くタイトルを一冊手に取ったのだった。


 メラリーが読んでいた本は、古の時代、とある騎士が、王国の姫と恋に落ちるラブロマンスストーリーだった。


 身分差の恋に燃えるふたりの行く末が気になるところだったが、栞を挟んで本を閉じる。


「ああ、読書してらっしゃったんですね。すみませんおひとりにして」


「いえ、お気になさらずに。楽しい時間を過ごせましたわ」


「すぐにお昼にしますね。川向こうのガイルさんの畑の雑草むしり手伝ったら、野鳥の肉の燻製貰ったんですよ」


 リーファは手に紐を握っており、その紐の先には肉の塊がくくりつけられていた。表面は少し焦げたて、香ばしい匂いを漂わせている。


 屋敷ではあまり見る機会のない、切られる前の肉の塊に目が向きつつ、メラリーは納得がいく。


「ああ、手伝いとは知り合いの方の畑の手伝いでしたのね」


「?ええ、そうですよ」


 リーファはキョトンとした。彼女に取っては、他人の畑仕事を手伝うことは当たり前になっていた。


「…………」


 メラリーは、口を開きかけて閉じた。本人が納得しているのなら、なにも言うことはない。


 いそいそと台所へ向かいエプロンをつけたリーファは、ナイフを手に取り振り返る。


「ガイルさんの燻製は美味しいですよ〜」


「……ええ、ありがとうございますわ」


 メラリーは、膝の上に手を置く。そのとき、シワひとつないドレスにパンくずがついているのに気づき、指でつまんだ。

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