のぞく者

三角海域

のぞく者

 昔、祖父の家に遊びに行ったときのことだ。

 その日、両親と祖母が出掛け、家には祖父と僕の二人だけだった。

 昼寝をしている祖父の横で、僕は絵本を読んでいた。

 季節は心地よい春。

 窓を開けて、風を取り込んでいた。

 気持ちの良い風がひとつ吹き、なんとなく、僕は絵本に向いていた視線をあげた。

 と、開いた窓の向こうに、誰かが立っている。

 立っている、というか、こちらを覗いている。

 網戸越しに、その顔がわかるくらいの距離で、僕をじっとみつめている。

 その異常性に気付くのに、数秒かかった。

 おかしい。

 明らかにおかしい。

 あわてて僕は祖父を起こした。

 何事かと飛び起きた祖父に、僕は窓のほうを指差し訴える。

 誰かがこっちを見てる。

 が、もうそこには誰もいなかった。

 夢でもみてたんじゃないのかと祖父は笑う。

 夢。

 そうだったんだろうか。

 当時の僕は、そうなんだろうと納得して、また絵本を読み始め、すぐにそのことを忘れてしまった。

 いま僕は、小説を読んでいる。

 どうして、そんな昔のことを思い出したのか。

 心地よい春。

 本に集中している意識。

 開いた窓。

 吹き込む風。

 昔を思い出す様々な要素。

 もう亡くなってしまった祖父に、訊いてみたい。

 いま、僕を間近で覗く「誰か」。

 これも、夢なんだろうか。

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のぞく者 三角海域 @sankakukaiiki

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