第2話 深く暗い洞窟の奥で

「ごめん。ホントにごめん。こんなになるまで黙ってて。ホントはお前にも何も知らせずに死ぬつもりだったんだ。でも…お前見てたらさ…どうしても最後……ごめんな。助けてくれるって、信じちゃって。ごめんな。ごめんな……


「……うわぁッ!!?!」


『あ…起きた!マジで突然ぶっ倒れるみたいに寝たから怖くて…びっくりしたぁ…こっちの声でも全然起きないし…』


「あ…悪い…」


死んでもなお思い出す。夕陽が刺す学校の屋上。秋風の匂い。何一つ忘れてはいない。忘れなければ前には進めないが、忘れることは許されないと心が囁く。逃げるな。


『…大丈夫?自殺者転生だし生前なんか詰まってたんじゃない?』


「あぁいや…大丈夫です…」


『…まぁ一旦前世のことは置いといても良いんじゃない?時間なら死ぬほどあるし、いつか解決するっしょ。』


女神が落ち着いた調子で言う。いつか向き合わなければならないときが来る。それまで蓋をして、少しぐらい自分から逃げても良いのかもしれない。


「…そうですね。」


『あと、割と現在がヤバいし。このままだと主人公洞窟から出れずにゲームオーバーとかいう怒涛過ぎる幕引きしちゃうし…』


「まあ確かに。取り敢えず洞窟から出ないとか…もし出れたら女神様を救助して…」


洞窟を数日間歩いて得られた事としては、非常に広いと言う事と、非常に入り組んでいるということと、非常に深い位置にあるという事だけだった。つまり、絶望的な状況がただ鮮明になっただけだった。暗く、深く、絶望的に孤独なこの洞窟で、あと何日俺の正気が持つのかさえ微妙なところだと思う。


『カンザシで良いよ、名前。ここまで来たら威厳も何もないし。』


「…その通りっすね」


『おぉ?するか?ケンカ』


「取り敢えず、何となくまだ女神様で行きます」


『解った。兎にも角にも洞窟から脱出して貰わないと!頼むよサク!ちょっと前にウサギをとっ捕まえて食料にありつけたから良かったものの…またいつ飢饉に襲われるかわかんないから!』


「そっちが飢えて死ぬ前にこっちが発狂して死ぬかもしんないですよ…ここコケすら生えてない…コケとでも良いから会話したい…」


おそらくこの世界の上位存在に当たる女神が、野山でうさぎを狩っている。バチといえばバチなのかもしれない。


『もうギリギリだな…あとコケと会話する前に私がいるでしょ!』


「ここ数日、もう女神様を幻聴だと考えたほうが辻褄が合う気がしてるんですけど…深いし薄暗いし生き物一匹いないし出口ないし…この洞窟…」


『なんかこう…転生者がみんな洞窟を踏破できる洞窟プロフェッショナルだと思ってたんだもん!』


「逆ギレがすぎるでしょ!あと洞窟のプロフェッショナルは何?」


『…せめて私が爆破解体系の呪文スキルを付与できれば良かったんだけど、あいにくホントに使い道ないスキルしか残って無いんだよね…』


「…例えば?」


『イヤホンの音漏れを0にするスキルとか…』


「この世界の文明が前世レベルまで発達するまではなんの役にも立たないヤツだ…」


生産性のない会話を続けながら、何もない道をただただ歩く。自分の声と足音だけがこだまする洞窟。だが暫く歩いて、いよいよ孤独に耐えきれなくなってきたそのとき、自分の耳は洞窟の環境音とは別の音を察知した。


「ッ!………何か…来る……」


ペチペチと、瑞々しく跳ねる様な音。無論人間の足音ではないものの、自分以外が発する音を聞けただけで心は喜びに満ち溢れていた。


「…プキュ…」


暗闇から這い出てきたのは1mほどの巨大なプルプルした水色のゼリー。間違いない。スライムだ。


「おおっ………おおぉおぉおおおっ!!!!!!!」


思わず膝から崩れ落ちた。自分以外の生き物に始めて出会う感動。気がつけば自分は涙を零している。もしかしたら産まれたての赤子もこんな理由があって泣いているのかもしれないなと、泣きながら思った。


『おっ…スライムだ!魔物だけど敵意は無いはずだし、多少触れ合ってSAN値回復したほうが良いんじゃない?』


女神に言われるがまま、スライムに手を伸ばす。触れるとむにっとした感触があり、少し冷たい。抱き締めると、全身を心地いい冷たさと密着感が包んだ。


「……あ゛ぁ〜〜〜…癒やされる…」


『ちょっとキモいな…スライム抱きしめる成人男性』


スライムの方はどうかというと、逃げる素振りも無ければ、敵意を見せる素振りもない。顔がない以上類推で思考を読み取るしかないが…というかスライムに思考はあるのか?


「あ〜…もちもちしてる…すごい…」


「助け…ッエ…」


「あぁ、ごめ………は?」


女神でもなく、俺の声でもない、誰かの声が響いた。ここには2人しかいない。二人と、スライム。


「しゃべ…喋っ…た?」


「助け…テ……」


「イ゛ヤーーーーーッ!!!!!シャベッタァァァァァァァァア!!!!!!」


思わずもと来た道を全力で逃げていた。


「何あれ!?スライムが…スライムが喋って!タスケテって言ってたけど!!?」


走りながら女神に聞く。


『マジでなんで!?!』


「お前は知っとけよ!!!」


なんで知らんねん。この世界の創造主が知らんって何やねん。心の中の関西人が叫んだ。


『いや…ちょっと止まって!!』


女神の言われるがままに、一旦立ち止まる。久し振りの全力疾走は、想像の10倍息が切れる。


『声だから人だろ、そんで魔物、声…つまり…あっ!!グリッチだ!!』


「グリッチ?なんやそれ?」


心の中の関西人がうっかり表に出てきてしまった。


『転生ガチャと関係なしに、時空間の歪みによって飛ばされてきたイレギュラーな人間の総称…それがグリッチ!私の世界にも来てたんだ…!』


「人間!?人間なのあれ?」


『少なくともこの世界のモンスターで発話するのなんてごく少数だし、初期スポーンに設定したこの洞窟にそんな知能レベル高いモンスターは発生しないはず!』


「なるほど…ていうかなんでこんな出方もわかんない洞窟初期スポーン地点にしてんの!

?」


『だって座標0地点だから忘れにくいんだもん!!』


「メモれスポーン地点くらい!マ○クラだったら間違いなく家の場所見失って泣く泣く新しい拠点作るタイプだな!」


『マ○クラ?』


「何でもないです!…とにかく、あのスライムは人間で、助けを求めてるって事ですね?」


『恐らく。でも気をつけた方がいい。グリッチは本来存在し得ない存在だから、もし戦闘になったらだいぶ厄介だと思う。存在しない呪文を使ったり、酷いと気が向くままに世界を破壊して廻る、所謂お子ちゃま破壊神みたいなのもいる。』


「なるほど…」


ひとまずUターンして、もと来た道を戻る。グリッチだかなんだか知らないが、誰でもなんでもいるだけマシだ。こんな暗くて寂しい世界では。


「助け…ウゥ…」


スライムがぷるぷると揺れている。声はくぐもっており、どこから出ているのか分からないが、何となく女性の声っぽい。


「…これ意志は通じてるのかな…もしもし〜?」


「…仄カニ……キコエます……モシモシ…」


「お…おぉ!通じた!」


この手の状態で意思通じるの珍しいな、と心の中の関西人が喋った。


「私…自分ノ体…ヨクワカンナイ…デスケド…ドウナッテマス…?音シカ…聴コエナイ…」


「あぁ〜えっと…スライムになってます。おっきくて、まる〜い…」


「…萩ノ月テキナ…カンジ…デスカ…」


「宮城県の転生者だ……まぁそんな感じです。」


「……ナントカ…人ニモドレナイデショウカ…」


スライムから弱々しい声が聞こえる。久しぶりの会話に、若干声が上ずっている気がする。


「…すみません、ちょっと詳しい人と相談しますんで、すこ〜し待ってて貰えます?」


「ワカリマシタ…」


『う〜ん……あっ私か!!』


「そりゃそうでしょ!この世界の創造主ですよアンタ!!」


『…でもなぁ〜…ちょっと待ってね…何ページだったかな…グリッチ…魔物化で…』


(…絶対攻略サイトみたいなの見てるな女神…)


『あった!グリッチの魔物化は大半がランダム的な呪いによるもので、中級の解呪魔法を使えば大半は人間に戻るって!ごく偶にそれ以外のケースがあるらしいけど…』


「それ以外って何!?怖いんですけど!」


『まぁまぁ!取り敢えず解呪魔法使ってみよう!やったねサクちゃん!仲間が増えるよ!』


「なんか不穏だな…というかあるんですか?解呪の魔法」


『魔物や精霊に呪われたヒロインを主人公が呪文で呪いから解き放ってボスバトル!みたいな展開は人気だから、解呪は初期装備であるんだなこれが。』


【スキル:溶けゆく華の追憶を獲得しました】


「ありがとうございます。…あ、呪文ってどう使うんですか?」


『まぁ慣れれば無詠唱でぽんっと出せるけど、最初は出すイメージがいるから…なんか唱えながらてりゃ!ってしてみ、多分出る』


おばちゃんの道案内みたいなチュートリアルが頭の中に降ってくる。


「チュートリアル雑いな…よし適当に…『解呪』!!」


適当に叫んで、スライムに手を伸ばす。すると手から眩い光が何本も放たれ、目の前のスライムがグニュンと歪み始めた。


「オ…アァ……」


「女神様!?大丈夫だよねこれ!?なんかぐにぃって歪んでるけど!」


『大丈夫大丈夫!これで人間に戻る…はず!!』


「ァ…あ……ぁ…」


先程まで渦を巻いて歪んでいたスライムが、ゆっくりと人の形になっていく。足が生えて、腕が生えて、顔が作られ始めた。


「おぉ…行けそう!がっ…頑張れ!!」


顔に陰影ができ始める。巨大なスライ厶はゆっくりと人間の女性の形に変わっていく。そして、スライムの動きがゆっくりと遅くなってきた。解呪がそろそろ終わるのだろう。


「お…解呪が…止まっ…た。終わったね。でも…」


スライムの蠢きが完全に収まり、人の形になった。これで解呪は完了だ。


『あれ…ぇえ〜と…人間…に?なった…?』


「お…おぉ!手だ!足だ!前も見える!!動ける…!ありがとうございます…私…人間に……ん?」


眼の前にいたのは、高校生ぐらいの女性の姿をした、スライムだった。


「あっ…体自体はスライムなんだ…」


『……オーマイ女神ッ…なんてこった!さては…かなり複雑な呪いに絡まってるなこの子…』


「…どうすんの女神…」


目の前のスライム系女子から若干目を逸らしつつ女神に問いかける


『どうする…どう…と、取り敢えずトークで場を繋いどいて!!対処法探す!!』


乱暴な指示を残して、女神からの返答は無くなった。


「えぇ〜…と、取り敢えず、大丈夫…?体とか…」


取り敢えず会話を始めようと話題のボールを投げた時点でしまったと思った。大丈夫な訳がない。彼女はたった今解呪に失敗し、全身スライムになってしまったのだ。配慮のない質問をぶつけてしまった。


「大丈夫です!ちゃんと動けるし、潤い足された感じで…転生前より全然元気です!」


大丈夫だった。凄いこの子。


「あ、ホント?じゃあえ〜っと…お名前は?」


古津綾ふるつあやです。」


「古津さん。宜しくお願いします。光野朔です。」


「いえ。こちらこそよろしくお願いします。」


「…」


「…」


そういえば忘れていた。俺はかなり人との会話が苦手だった。


「えっと…ここは何処なんですか?洞窟?…」


コミュ力が死んでる俺を見かねてか、古津さんがあたりを見回しながら聞く。体のリハビリを兼ねてなのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


「洞窟…だね。俺もまだ詳しくはわかってないんだ。」


「その…出口はどちらにあるんですか?」


「………」


思わず目をそらした。何となく表情で察されたらしい。


「あぁ……じゃ、じゃあ、一緒に頑張りましょう!二人なら出れますよ!」


「…よし!頑張ろう…二人で!」


『アヤが 仲間に加わった!』


「うっさい!」

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異世界は主人公=ダメ、女神=ダメでお送りします。 紅切藍 @reapedexbluescape999

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