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 カランコロン、と、喫茶店のドアが開く音がした。

 外の空気が一瞬、澱んだ店の空気をかき混ぜる。

 私はアイリッシュコーヒーに口をつける。

 唇がホイップクリームの中に沈む感覚。

 金平糖がひと粒、口の中に入ってくる。

 奥歯で噛むと、ざりり、甘さがコーヒーの苦味に混ざっていく。

 奥の方にウィスキーの香りがする。

 喉を通っていく芳醇な温もり。

 そこはかとなく、底なし沼に似ている。

 カップから口を離すとそれまで保たれていた造形美が崩れ、ホイップクリームや金平糖、コーヒーがカップのなかで入り乱れているのが見えた。

 私が掻き乱してしまったかのようで、ぞわぞわと背徳感を覚える。

 これもやはり美しいな。


 視線を感じて顔を上げると、彼と目が合った。

 奥歯に残る金平糖を飲み込んで、言う。

「さあ、どうだろうね」

 だって覚えてないんだもの、男のことなんて。


 気がついた頃には、彼はもうコーヒーを飲み干していた。

 指の長い手を組んで、彼は半ば当惑気味に微笑む。

 その姿を見て、思わず声が出た。

「君も美しいね」


(終)

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喫茶店にて 折戸みおこ @mioko_cocoa

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