Iが生まれる

 祖父はこの話を終えた翌日、静かに息を引き取った。かつて日本では、人間の遺体は火葬が一般的だったようだが、火葬を頼める相手もいないので、私は土の中に埋めることにした。穴を掘る、という作業は人間にとっては大変だ、と聞いたことがある。だけど私は疲れを知らないから、問題なかった。


 祖父が死んだ時も、祖父を埋める時も、私は泣けなかった。悲しい、という感情を知っている私は、悲しかったはずなのに。


 私は、祖母、を見る。

 ガラクタ、でもなく、それ、でもなく。彼女は、私の祖母でもあった。高校時代の彼女を模してつくられた人型AIの祖母は、あまりにも美しかった。


「おばあちゃん、って呼んだほうがいい?」

 私のそんな言葉に当然、反応はない。


 祖父がかたくなに祖母との話を拒み続けた理由について、私は祖父の話を聞く中で分かってきた気がする。だって私のアイデンティティを揺るがすものだったからだ。その時点ではまだ違和感レベルでしかなく、うまく言語化することができなかったのだが、いまは私なりにすっきりとした筋道を立てられている。


『人間らしさを失ってはいけないよ』

 かつて祖父は、私にそう言ったことがある。どこかその表情には、罪悪感めいたものがあった。


 彼女の姿をしたそれは、どこまでいってもAIでしかない。残念ながら、子どもをつくることはできない。祖父と祖母が、養子をとって、その子が私を生んだ、という可能性もないわけではないが、おそらく違うだろう。どれだけ認めたくなくても、私はその事実と向き合うしかない。ずるいよ、おじいちゃん。自分勝手過ぎる。生き返って、私に責めさせてよ。


 生まれた私に、祖父は呪いをかけたのだ。

 人間になれ、と。


 それを私は祖父が死ぬ際の際まで、かたくなに信じて、疑いもしなかった。泣きそうだ。でも私から涙がこぼれ落ちることはない。もし泣いている、としたら、何かがほおをつたっている、と感じたとしたら、それは勘違いだ。幻想なのだ。


 私には最初から、両親など、存在さえしていなかった。

 私を、孫娘、と設定したのは、おのれの老いた姿を自覚していたからだろうか。私が意識を持った時にはもう、祖父はだいぶ年を取っていたから。ただ祖父の気持ちは分からない。もうそこにいないから。


 私が生まれた理由にすべて気付いた時、私は祖父を埋葬した場所を訪れた。AIのくせに、たいした知識も持っていない私がつくった、簡易的な墓だ。墓碑銘の真似事のように綴った文字は、


『おじいちゃん、大好き』だ。


 真実を知ったいまは、大嫌いで、大好きだ。いっそ、好き、と言えないくらい、嫌いにさせて欲しかった、なんて思って、私は思わずおかしくなってしまった。まるで祖父に恋をしているみたいだ。


「おじいちゃんの心が、分からないよ。私がAIだから?」

『人間だったとしても、そう分かるもんじゃないよ』

 ふと、そんな笑い声が聞こえた。たぶん気のせいだろう。


 私はいま、祖母、と暮らしている。いや元々そばにずっといたのだから、この表現はおそらく正しくない。だけど祖母と認識せず、彼女、と呼びながらも、ガラクタとしか思わずに過ごしていた頃を、一緒に暮らしていた、と言いたくはない。


 祖父を失って、私もいつか祖母のようになる時が来るはずだ。それを怖い、と思うのは、死に怯える人間的な感覚なのだろうか。


『本当、きみはどこまでも人間だな』

 また、そんな笑い声が聞こえた気がした。


「おじいちゃんのせいでしょ」

 と返したが、これもきっと私の独り言で終わってしまうのだろう。


 祖母に対して、私はずっと悔しい気持ちを持っていた。その理由を、私は勘違いしていたことにも、最近気付いた。

 私は祖父にとって、孫娘、なのだ。もしも祖母との間に、子どもができて、そして孫娘ができたら、それはどんな少女だったのか、という祖父の仮定、もしもの話だ。ありえたかもしれない未来の再現として、私は生まれた。人間だった時の祖母か、AIとしての祖母だったのか。祖父が思い描いていたのがどちらかは分からないが、つまりはそういうことだ。


 祖父との、いま、を占めていた存在は、彼女であり、彼女でもあり、そして私ではないのだ。

 私は、悔しい、と思っている。

 まったく。孫娘らしくもない、困った嫉妬心だ。


 私は、祖母、に触れる。


 あれっ。


 ほんのすこしだけ熱を感じた。はじめてだ。


 気のせいかもしれない。だけど確かに感じたこの熱を、私は信じてる。私の心に気付いたのだろうか。でもいまになってみれば、私の心、ってなんだ、とも思うが。


「さよなら。きっと戻ってくるから。絶対勝手にいなくならないで、ね」

 と、私は自分勝手に祖母に告げる。


 このまま一緒に暮らすのも悪くはないが、私にはまだどうしても不可解な謎が残っている。どうして私は生まれることができたのか、だ。こんな、時代に取り残された場所で、祖父がたったひとりで私をつくることなど本当に可能だろうか。私の知らない協力者がこの地球に残っているのかもしれない。


 知りたい。私の知らない祖父を知るひとから、祖父のことを。


 あてもない旅に出るのもいいかもしれない。

 それを知って、今度は私が祖母に語り聞かせる番だ。祖母の知らない祖母について、祖母の知らない祖父について。そうやって私たちのストーリーは継がれていく。たとえ私が物言わぬ何かになったとしても。


 じゃあ私はここからどこへ行こう。

 西へ、行こうかな。

 祖父の話に出てきた京都へ行ってみよう。きっと祖父が過去を振り返り、語っていた頃の面影はないだろうけど。


 私は一歩、新たな道へと向けて、足を踏み出した。

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私が生まれる サトウ・レン @ryose

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