人生のタイムリミット

Kurosawa Satsuki

短編

記憶喪失。

記憶喪失にも色々な症状がある。

睡眠後健忘症は、

睡眠時の記憶を思い出せない症状。

解離性健忘は、

過去の出来事や一部の記憶だけが抜けていて、

以前までの人格が失われている症状。

幼児期健忘は、

幼児期の記憶が思い出せない症状。

一過性健忘症は、

一定期間事に記憶がリセットされる症状。

前向性健忘症は、

発症する前の記憶しか持たず、それ以降の出来事を覚えられない症状。

逆行性健忘症は、

発症する前の過去の記憶を思い出せない症状。

アルツハイマー、認知症。

他にも、記憶だけが過去に戻っている症状などが上げられる。

それじゃ、彼女の場合は…?

……………………………………

私は今日、交通事故にあった。

大型トラックと衝突した自動車が、

私を目掛けて吹っ飛んで来た。

回避出来ずに、気づいた時には自動車の下敷きになって、身動きが取れないままでいると、

ガソリンが漏れたのが原因で、

突然、自動車が爆発した。

燃え盛る炎に焼かれ、

意識が朦朧とする中、助けを求める。

スマホを片手に集まる野次馬達。

誰も私を助けてくれない。

救急車や消防車のサイレンが微かに聞こえる。

そしてついに、私の視界は真っ暗になった。

その後、ニュースでは、例を見ない大事故として、

大々的に取り上げられた。

SNS上でも、しばらくの間話題になったが、

時が経つにつれ、少しずつ人々の記憶から忘れられていった。

そして、私の記憶からも…。

…………………………………

目を覚ますと、病室らしい場所にいた。

というのも、白く狭い空間の中で私一人、

病院によくあるベットと、点滴と、緑の草原が写る小窓、心電図とその下にある薬や医療器具、白いアンティーク風のタンスの上には、

誰かの写真と結婚指輪が置かれているだけだった。

私の息と、時計の針が動く音だけが部屋中に響く。

起き上がって、しばらく窓の方を眺めていると、

ドアから一匹の白猫が、カルテを持ってこの部屋に入って来た。

瞳は綺麗な青色で、その姿は、カルテを持っている以外、なんの変哲もない、普通の白猫だった。

「初めまして、私はあなたの担当カウンセラーです。名前はありません」

突然、猫が日本語で話し出した。

その声は、セクシーな大人の女性の様な声だった。

一瞬、夢なのかとも思ったけれど、

手に伝わる感触は確かにあった。

私は直ぐに、夢ではない事を悟った。

「償井つぐみさん、二十歳。そうですね、では、

早速ですが、診断を始めたいと思います。

私の問に、はいといいえ、もしくは、一言で答えて下さい。勿論、頷いたりするだけでもいいですよ」

白猫が言うに、私は交通事故にあい、記憶喪失との事。とは言っても、一部の記憶が飛んでいるだけで、身体に影響はないそうだ。

そういえば、自分の名前も覚えていない。

「最初の質問です。あなたの生年月日は何時ですか?」

私は首を横に振る。

多分、夏頃に生まれたと思うけど、

何時だったかまでは覚えていない。

「それでは二つ目の質問です。

今日の日付は何時ですか?」

私はまた、首を横に振る。

カレンダーもないのにわかるはずがない。

今日が事故にあった日なのであれば、

多分、その日付に間違いないとは思うけど。

「では、事故にあった時の事を覚えていますか?」

ダメ、全く思い出せない。

「そうですか。分かりました。では、今回の診断は終わりです。また明日、お伺いしますので、よろしくお願いします」

そう言って白猫は、部屋を出ていった。

白猫が出ていく際に少しだけドアの外を覗いて見たのだが、やっぱり、青い空と緑の草原が広がっているだけだった。

………………………………

そして今日の夜、私は夢を見た。

出来ればこのまま、思い出したくなかった。

私には、学生時代に付き合っていた彼氏がいた。

彼とは、同じ高校の同級生で、

最初は、趣味が合う友達ってだけで、二人の間に好きという感情はなかった。

それから、話をしていくうちに少しずつお互いの心の距離は縮まっていって、

そして、高校一年の冬の日に、彼の方から告白してきた。

私も満更でもなかったので、素直に了承した。

「つぐみ!遅れてごめん!」

待ち合わせに遅刻して来た彼が、駅の改札口から慌ててこちらに向かってくる。

私と彼は、今日もデートの約束をしていた。

せっかく私が、おすすめのカフェに連れて行ってあげようと思っていたのに、

彼ったら、いつもの様に遅れてくるなんて、

全く、どうかしてるよ。

「わりぃわりぃ、休日だから寝坊しちゃったよ。

という訳で、行こっか」

そう言って私は、手を繋いで一緒に歩き始めた。

繋いだ彼の手は、いつもより少し冷たかった。

それから、二人の関係も、順調に進んでいった。

そのはずだった。

高校二年の夏、それが絶望へと変わった。

私は、最愛の彼に、最悪の結末という形で、

裏切られた。

何時ものように、バイトから帰宅したら、

私の部屋で、彼が私以外の女と性行為をしていた。

偶然、運悪くその現場を目撃してしまった私は、

悲しさ、悔しさ、驚きのあまり、思わず家を飛び出した。

何故か分からないが、止まる事なく、駅の方へ真っ直ぐ走っていた。

そして息が切れて止まる頃には、駅前の通りまで来ていた。

さっき見た私以外の女は、紛れもなく、

私の一番の親友だった。

あまりの出来事に頭が追いつかないまま、

私はまた、自分の家、彼と親友がいる場所へと引き返した。

もう一度帰宅する頃には、彼も親友も私の部屋から居なくなっていた。

次の日、学校へ行くと、彼と親友は、いつも以上に親しげに会話をしていた。

まるで、恋人同士かのように。

そして、昨日の放課後までの彼と私のように。

それからというのも、あの日以来、

段々私の方から彼を避けるようになった。

彼の事が、怖くなってしまった。

そしてついに、別れの日がやって来た。

また彼の方から話しかけてきた。

お前といてもつまらない。

他に好きな人が出来たから。

女のお前なら、次の彼氏候補でもいるんだろ。

もう二度と、俺に話しかけないでくれ。

私は、彼が去った後もしばらく動かなかった。

出したくないのに、堪えているつもりなのに、

目から沢山の涙が溢れ出た。

私は、この時初めて、彼がこうゆう人間だと言う事に気づいた。

きっと、運が悪かっただけなんだ。

全部、全部、私のせいなんだ。

私は、心の中で、そう何度も何度も呟いた。

………………………………

「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

翌朝、目が覚めると、また昨日の白猫がカルテを持ってやって来た。

「もしかして、一つだけでも、あなたの過去について何か思い出せたのでは?」

全くもって、その通り。

このまま忘れていた方が幸せだった嫌な記憶。

それも、つい最近に起きた事。

「それでは、今日の診断を始めたいと思います」

白猫は、そう言いながら、カルテを捲る。

「一つ目の質問です。あなたの趣味、特技はありますか?」

私の趣味は、読書と創作。

これだけは、なんとなくだが覚えている。

他にも、色々あった様な気もするけど、

それが何なのかは今のところ思い出せない。

特技はない。

多分、今まで生きてきた中で、これだけは譲れないとか、これだけは自慢出来るとか、

なかったんだと思う。

何をやるにも中途半端で、直ぐに飽きてしまう。

そんな性格だった気もする。

「では、好きなものや嫌いなものはありますか?」

好きなものは、猫や綺麗なアクセサリー。

嫌いなものは、虫。

特に、害虫。

幽霊や妖怪よりも怖いし、気持ち悪いし、

とにかく幼い頃から、苦手だった。

「今回、最後の質問です。あなたにとっての好きな人、嫌いな人は誰ですか?勿論、具体的な人物像でもいいですよ」

好きな人はもう居ない。

昨日の夜に見た過去の夢で、はっきり分かった。

勿論、自分が恋愛に向いていない事も。

嫌いな人は、自分自身。

もうこんな私なんか、嫌だよ。

「以上で、本日の診断を終了します。

また明日もお伺いしますので、よろしくお願いしますね。」

白猫は、そう言って今日もこの部屋から出ていった。

…………………………………………

今日の夜も、嫌な夢を見た。

同僚の失敗の濡れ衣を着せられ、バイトをクビになった時の話だ。

バイト先は、少し有名なチェーンのカフェ。

夕方五時頃から夜の十時までの約五時間勤務。

月給は、二十万前後。

大変だけど、やりがいもあり、悪くない仕事だった。

何より、店長も優しく、私にとって働きやすい環境

だった。

その日も私は、学校が終わって直ぐにバイト先へ向かった。

更衣室で着替えて、仕事を始める。

店内も、段々と混雑していき、

他のバイト仲間達も、忙しく働いていた。

そして、いつも通りにバイトが終わって、

帰ろうとした時、私は店長に呼び止められた。

「君、明日から来なくていいよ」

店長から言われた第一声がこの言葉だった。

改めて事情を聞くと、私が会社のお金を盗んだという事だった。

勿論私は、そんな馬鹿なことはしていない。

そして犯人が誰なのかも、もう分かっていた。

同じバイトの後輩だった。

ぶりっ子で、男癖が悪いと噂の彼女は、

自分が会社のお金を盗んで、彼氏と遊園地デートしたというコメントを、写真付きでSNSにアップしていた。

私のせいじゃない。

私は、やっていない。

それを分かった上で、あえて否定もしなかった。

「話は後輩ちゃんから聞いたよ。

僕も、これ以上事を大きくしたくない。

犯罪だけど、今まで頑張ってくれていたし、今回は、警察には言わないつもりだ。まさか君がこんな事をするなんて、残念だよ。」

そして私は、今日でバイトを首になった。

盗まれた被害損額は、およそ三百万円。

一度、メールの証拠を店長に見せようかと思ったけれど、あまりの出来事に何も言えなかった。

それから私は、解雇処分を受けた後、直ぐに銀行へ向かった。

預金残高を見ると、十数万しか残っていなかった。

また次のバイトを探さないとな。

私は、残りの預金を全て下ろした後、疲れきった足を引きずりながら、今日の夕飯も買わずに、

死んだ目で、真っ直ぐ自分の家へと向かった。

……………………………………

次の日の日も、時間通りに白猫はやって来た。

彼女は相変わらず、カルテをめくりながら私に質問する。

彼女は普通の白猫なのか、それとも中身は人間なのか気になる。

友達になろうとも思ったけれど、

彼女自身、私に対しては興味がなさそうだったので諦めた。

私達の関係は、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。

「それでは早速、始めたいと思います。質問です。今まで犯した思い当たる罪はありますか?」

いきなり罪と聞かれても、思い当たる節がないけど、強いて言うなら、嘘をついた事とか、

蚊を殺した事とかならありそうだけど。

「まぁ、嘘はともかく、蚊も人間と同じ、自然界に住む生物ですからね。今回のカウンセリングは、これで終わりです。明日も、こちらに伺いますので、よろしくお願いします。」

そう言って白猫はまた、この部屋から出ていった。

今日は、いつもよりも早く終わった。

たまには外へ出てみようかなと思い、

私は、さっき白猫が出ていったドアから、

試しに部屋の外へ出た。

しかし、出れたのはいいものの、

緑の草原、青い空、白い雲があるだけで、

窓から見た景色と余り変わらなかった。

………………………………………

今日もまた、夢を見た。

また一つ、忘れていた嫌な記憶を思い出した。

これは、家族と喧嘩し、家を出て、ひとり暮らしを始めた時の事だ。

今となっては、本の些細なこと。

「どうしてお前は出来ないんだ。これ以上成績が悪くなるようなら、今すぐバイトを辞めろ。近所に住むあの子は、塾行ったりしてお前よりも頑張っている。」

などと、散々言われた。

どうして解ってくれないの?

どうして、いつもそうなの?

私だって、自分なりに頑張っているのに。

バイトして、お金貯めて、私の事でこれ以上二人に負担をかけたくないと思っていたのに。

どうしていつもそんな事言うの?

もう、こんな生活嫌だよ。

これ以上あんた達といると、頭おかしくなる。

二人共、最低だよ。

これ以上、二人の説教を聞くのが限界だった私は、

そう言って、実家を飛び出した。

行き着いた先は、隣街にある公園だった。

私は、くまさんトンネルの中で一夜を過ごした。

翌朝、公園から早めに学校へ登校した。

幸いバイトもしていたし、食べ物には困らなかった。

バイト帰りには、滅多に行かないスーパーで、

鮭おにぎりと賞味期限ギリギリのお惣菜を買った。

不動産屋を転々とし、数日後にようやく安く借りられる部屋を見つけた。

ボロボロで寂れた木造のワンKアパート。

ちょっと異臭はするが、ひとり暮らしには十分だった。

上の階には、無愛想な二十代後半くらいの男が住んでいた。

私から話しかけてみたら、直ぐに心を開いてくれて、私達は次第に仲良くなった。

お互いの過去を話していくうちに、

自分が彼と似ている事に気がついた。

彼も彼なりに、今まで生きてきた。

誰も理解できない苦しみや思いはあった。

なのに私は、あんな事で家出をするなんて。

私は途端に、自分のしている事、今までして来た事が馬鹿らしくなった。

「ところでお前、なんでひとり暮らしなんかしてるんだよ。まだ若いだろ。」

バイトの無い、学校からの帰り道。

たまたま一緒になった上の階の彼が、

突然こんな事を聞いてきた。

私もその時は、さすがに家出とは言えなかった。

……………………………………

今日の診断予定時刻は、午後一時三十分。

そして、現在の時刻は三時十五分。

いつもなら、時間ピッタリに部屋へ来るのに、

妙だな。

ここへ来る途中で何かあったのか?

この辺は、人も動物も、虫一匹さえいないはずなのに。

私は、心配になって、一度この部屋を出た。

部屋を出た直ぐ右に、彼女は立っていた。

「こんにちは、つぐみさん。遅れてすみません。

お詫びにこれを。処方薬です。」

そう言って私に、缶のドロップをくれた。

至って普通の缶に入っている甘い飴。

どうしてこんな物をくれるのだろう?

メロン味。

私は、缶から飴を一つ取り出し、口に入れた。

「せっかくですから、診断はここでしましょうか。」

改めて事情を聞くと、何か大事な準備をしていて、

そのせいで遅れてしまったとの事だった。

私と彼女は、近くの原っぱに腰を下ろした。

「では、質問です。あなたにとっての理想とはなんですか?」

理想?

それって、理想の自分って事?

だとしたら、今の私と全く真逆な自分かな。

美形で、裕福な家庭に生まれて、

両親も優しくて、素敵な恋人がいて、

頭も良くて、沢山の人に信頼されて、

思いやりがあって、優しくて、素直で、真面目で、

強くて…

そんな自分になりたかったな。

「本当の自分。いつか、なれるといいですね。あなたの想い描く理想の自分に。それでは、以上で、今回の診断は終わりです。また明日も、こちらにお伺いしますね。今日は少し早めに寝てくださいね。

それでは、また明日。」

……………………………

今日もまた、過去の夢を見る。

小学生の頃、私にはただ一人の親友がいた。

気弱で、だけど優しく良い子だった。

彼女は、クラスメイトから虐められていた。

私も、彼女を庇っているというだけで、

いじめっ子達から嫌われていた。

私はいつも、彼女から虐めの件で相談を受けていた。

その度に、あなたは独りじゃないと、

彼女を励ました。

だから、彼女にとって私は味方だし、

私にとって彼女は、他のクラスメイト達よりも、

特別な存在だった。

いや、私がただそう思っていただけだった。

ある日、いつものように彼女が虐めを受けていた時、私は勇気をだして、もう辞めなよと、

いじめっ子達に言った。

先生にも事情を話し、一時的に事態はまるく収まった。

けど、それが原因で、私への虐めが始まった。

私への虐めは、日に日に増えていき、

彼女も虐めに加勢して、私に対し暴力を奮ったりするようになった。

私を虐める時の彼女達の顔は、

悪びれる様子もなく、笑っていた。

ある時私は、勇気を出して、どうして裏切ったのか彼女に聞いてみた。

「私の事、親友だと思ってたの?馬鹿じゃん。

私は、あんたの事、一度も親友だなんて思った事ない。その顔気持ち悪いから、私の前から消えてよ。」

その言葉を聞いた時、私は死んでしまいたいと思った。

ただただ、絶望でしか無かった。

彼女が去った後も、私は一人で泣き崩れた。

そして、今度は私が、独りになった。

…………………………………

今度はちゃんと、時間通りに来た。

相変わらず、代わり映えのない白猫だ。

「こんにちは、つぐみさん。もう、分かっていますね?早速、始めましょうか。」

彼女は、全く自分の事を話さない。

見る限り、私に知られて何か不都合な事は無さそうだけど、そもそも彼女は、一体何処からどうやってここへ来ているのだろう?

名前すら分からない彼女の事を、私は少し知りたくなった。

「それでは、質問です。今まで生きてきた中で、後悔している事はなんですか??」

今まで生きてきた中で、後悔している事。

そんなの、数えきれないほどあるよ。

大事な人を傷つけた事。

努力してこなかった事。

両親へ感謝と謝罪をし損ねた事。

読みかけの小説を最後まで読み損ねた事。

子供の頃からの夢を叶えられなかった事。

もっともっと、やりたい事やらなきゃいけない事があったはずなのに…。

「それは、ご愁傷さまです。」

相変わらず冷たいな、この白猫は。

質問して、それに私が答えて。

つまらないな。

たまには気軽に、他の話もしたいよ。

「それでは、本日の診断は終了です。

また明日もお伺いしますので、よろしくお願いします。」

トホホ、今日もこれだけか。

でも、また明日も会えるんだし、

そんなに焦らなくてもいいよね。

それにしても、

死ぬ直前の人って、こんな感じで過去を振り返りながら後悔するのかな?

何一つ悔いもなく、夢も叶え、自分の人生に百パーセント満足しながら終わる人なんているのかな?

…………………………………………

私が一番最初にもらったものは、

つぐみという自分の名前と、一つの命だった。

真っ赤な頬、大きな声で私は泣く。

泣いたり笑ったり、時にはイタズラしたり。

何をしても許された。

二つ目にもらったプレゼントは、一冊の絵本と、

小さなおもちゃのアクセサリーだった。

水色ストーンのペンダント。

それと、透明の小さなウッドキューブ。

私はそれを、宝箱に大事に閉まった。

私は、創作が好きだった。

頭で思い描いた物語をノートに書き記す。

それが楽しくて、いつも家に帰ると、

部屋にこもって、ノートに物語を書いていた。

小説家になって、自分の思いを、

自分だけの物語を書きたい。

そして、みんなに見てもらいたい。

それが私の夢だった。

「つぐちゃん、ご飯よ」

リビングの方から、私を呼ぶ母親の声が聞こえる。

何気ない、当たり前の日常。

私は、はーいと大きな声で返事をする。

今日は、私の誕生日だ。

生まれた日の事なんか、すっかり忘れていた。

「はいこれ、お母さん達からのプレゼントよ」

母はそう言って、水色の透き通った小さなウッドキューブの付いたネックレスをくれた。

母が、一万円もする、おもちゃじゃない本物のネックレスだと教えてくれた。

私は、あまりの嬉しさにリビング中を走り回った。

この時、父はまだ仕事で帰ってきていなかった。

…………………………………………

また、いつも通りの診断が始まる。

今日の彼女は、いつもよりも早く部屋に来た。

「つぐみさんが、宝石やアクセサリーが好きとの事なので、今回はこんな物を持って来ました。

お土産にどうぞ。」

そう言って彼女から差し出されたのは、

水色の透き通った、小さなウッドキューブだった。

昨日見た夢の、誕生日に両親からもらったやつだ。

綺麗な正方形をしたキューブは、

私の見てきたどの宝石よりも輝いて見えた。

「それでは、質問です。行ってみたい場所はありますか?勿論、異世界でも何処でもいいですよ。」

行ってみたい場所か。

現実的に言うと、京都の温泉地とか、田舎の自然が豊かで静かな地域とか、綺麗な海とか。

あっ、好きなアニメの聖地巡礼とかしてみたいな。

異世界なら、魔法使いのいる街とか、ファンタジー小説とかおとぎ話に出てくる世界に行きたい。

でもやっぱり、誰も傷つかない平和で豊かな世界がいいな。

これって、綺麗事かな?

やっぱり、傲慢すぎるかもね。

でもなんで、わざわざそんな事を聞くんだろう?

昨日した診断の時だって、今まで生きてきた中で後悔した事とか。

私も、今まで他人に聞いた事ないし、聞かれた事もなかったのに。

しかも、答えも教えてくれないし。

本当に心理診断なの?

「以上で、今回の診断は終わりです。

明日は、最後の診断になりますので、

今日はゆっくり休んでくださいね。」

……………………………………………

今日もまた、過去の夢を見た。

これでやっと、全てを思い出した。

事故に遭う前に私は、とある高層ビルへ向かっていた。

そこで、投身自殺をする為だ。

五、六階以上のビルから飛び降りれば、

確実に死ねると思った。

人生に疲れたんだ。

これ以上、ここにいても仕方がないし、

もう居座るつもりもない。

私は、私の全てを終わらせるつもりだった。

好きなアニメも全部見た。

好きな曲も全部聴いた。

食べたいものも食べたし、欲しかったものも、

持っていた全財産をはたいて手に入れた。

創作していた物語も全て書き終わって、

書いたものは、クッキーの缶に詰めて、

土に埋めた。

勿論、遺書も書いておいた。

今の私には、何も無い。

人間ですらいられなくなった私は、

ただの動く生き物に過ぎなかった。

そんな時、奇跡が起きた。

荷物を持って部屋を出て、指定した高層ビルに向かう途中で、私は事故にあった。

…………………………………………

「それでは、これが最後の質問です。生まれ変わったらなりたいものはなんですか?」

生まれ変わったら、なりたいもの。

今まで歩んできた人生を、改めてもう一度振り返ってみると、ロクな生き方してなかったな。

才能もなければ、可愛くもない。

何をやるにも中途半端。

直ぐに飽きてしまう性格で。

今更ながら、生まれた意味、生きる意味なんて、

何一つ分からなかったな。

自分から知ろうとも思わなかった。

生まれ変わり、理想の自分か。

そうだね。

強いて言うなら、もう一度、自分をやり直したい。

今度こそ、後悔のない人生を。

そして、次こそは…

………………………

「本当に、お疲れ様でした。

以上で、全ての診断は終了となります。

また会える日を楽しみにしていますね。

それでは、さよなら…。」



END


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人生のタイムリミット Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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