#100 プロローグが遅すぎる。
――業務連絡ッ!
お家に帰ってきました!
というわけで、いつもの服に着替えも完了です!
久しぶりの我が家。
そして手に入れた懐かしの服。
はああ、落ち着くなあ。
「ラクナの銅像は今日もピカピカにしておいたわよ!」
お母さんは雑巾を持って、親指を立てている。
ううう……そういえば私の銅像があるんだっけ。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
「ところで、この金髪のお嬢さんはどちら様なのかしら?」
ああ、そうだ。
でも、どう紹介しようかな?
魔王なんてことは勿論言えないし。
眼鏡を外しちゃうと魔物ってこともバレちゃうし。
ううーん、悩みどころだなあ。
「初めまして、おかあさん。わたしは奈落ちゃんの友達のステラと言います! いちおう、魔王やってます!」
と、ステラさんは眼鏡を外してにこやかに笑った。
……って、えええええ!?
いやもう全部フルオープンしちゃってるううううう!
「ええええええ! ラクナに友達いいいいい!?」
いやどこに驚いてんのお母さん!!
……ってまあ、仕方ないか。
友達を家に連れて来たのなんて初めてだしね。
いやそもそも友達が出来たのが初めてだしね。
「いやしかも超可愛いんですけど! お母さん緊張しちゃうんですけど!」
あああすごい。
お母さんのテンションが爆上がりだ。
なんか恥ずかしい。
ちょっと恥ずかしい。
「よおおおおし! 久しぶりに帰って来た我が子たちと超絶可愛いステラちゃんのために、四人分の激うまシチューを作るわよおおおおッ!」
お母さんは持っていた雑巾を頭に巻き、腕を捲り、お玉を天高く掲げた。
それに合わせて一緒に拳を上げるステラさん。
その様子を冷ややかに見つめるアリス。
「お姉ちゃんを拭いた雑巾、頭に巻かないでよ。汚いなあ」
あ、もしかしてアリスは私と同じ気持ちかな?
でもお姉ちゃんを拭いた雑巾って、すごい語弊あるんじゃないかな。
言葉足りてないんじゃないかな。
《おいおい四人分って。一人分足りなくないか?》
もしかしてティルは自分を人数に入れている?
あなたのシチューは用意されないよ?
◇ ◇ ◇
「かんせーい!」
小さなテーブルの上に、四人分のシチューが並ぶ。
どうしてもシチュー作りを手伝いたいと言うステラさんをなんとか座らせ、無事にお母さん特製シチューが完成した。
《おいおい四人分ってマジかよ! 相棒の分がねえじゃねえかよ!》
いや私の分はあるよ!
なんでティルは自分がシチューを食べられると思ってるの。
てゆーかどうやって食べるの。
「いただきまーす!」
あう。美味しい。
奈落で何度も食べたけど、やっぱりお母さんのシチューは格別だあ。
「そういえばラクナ。あなた魔王と相打ちになったって聞いてたけど。その魔王がステラちゃん? ステラちゃんと相打ちになって? 十五年後にふたりとも復活したの??」
ああ、色々説明しなきゃ。
お母さんが混乱してる。
娘が復活したと思ってる。
私が口を開こうとすると、アリスがこちらへ目くばせして胸に手を当てた。
どうやら説明してくれるらしい。
「お母さん。まず勇者と魔王は相打ちじゃないの。ぜんぶテュールが仕組んだことなのよ。お姉ちゃんはアイツに裏切られて魔王ともども奈落に落とされたの。この十五年間、その奈落で暮らしていたのよ」
「ええええ! テュールに裏切られた!? なんてこと! お母さん、もうテュールの銅像は磨かないことにする!」
いやアリスも言葉が足りないなあ。
そもそもこの反応、私を探しに奈落へ行くことすらお母さんに言ってないよね。
あとテュールって誰なの?
「でもこうしてみんな奈落を抜けられてよかったね。しかも勇者と魔王が友達なんて。すごく夢があるじゃない!」
あ、そのことも説明しなくちゃ。
せっかく家に帰って来たのに、またすぐ旅に出るなんて話……なんだかちょっと胸が痛いなあ。
「たとえば、勇者と魔王で世界を旅する、とかどう!?」
え?
「人間と魔物って、こんなに仲良くなれるんですよーってアピールするのよ! こりゃ世界平和待ったなし! なんせ勇者と魔王が仲良くしてるんだから、説得力も段違いよね!」
えええ?
となりで魔王さんが口元に手を当てている。
たぶん笑いを堪えてるんだろうな。
私も同じ気持ちだし。
目の前のシチューをぺろりと平らげたアリスが、一息ついた後に笑い出した。
「くくく……さすがお母さんだな」
「え? なにが?」
アリスは再び私へ向けて目くばせをする。
今度は手をお母さんへ向けて、首を傾ける。
要するに『さ、お姉ちゃん。説明どうぞ』っていう意味だよね。
「あのね、お母さん。実はその旅、まさに決行しようとしてまして……」
「えええ! そうなの!? すごく良いじゃない! どうしよう! お母さん、旅のしおり作ろうかな!?」
すごい乗り気だ!
「いやあどこの街にしようかな? 港町のイースティアは海の幸が美味しいし、音楽が盛んな街ノルンはお酒が美味しいし、魔物領に近くなる山の方だと温泉街のボクスルートはお饅頭が美味しいし!」
ぜんぶグルメ基準ッ!
まあでも、後ろ髪引かれる思いで家を出るよりは、こんなに前向きに後押ししてくれる方がぜんぜん良いかな。
「……おかあさん、せっかく奈落ちゃんが帰って来たのに、すぐに家を出ちゃって大丈夫? 平気?」
ステラさんが心配そうに眉を下げている。
でもお母さんは高速で首を横に振った。
「ぜんぜん大丈夫! むしろ自分から旅に出ようとするなんて! 今まで服すら買いに行かずに散々家で引きこもってたのに比べたら、嬉し恥ずかし!」
いや嬉しいは分かるけど、なんで恥ずかしいの。
「ほんとにほんと? 悲しくない? 淋しくない?」
「ホントにホントよ! 無事に帰ってきてくれるなら、それ以外は何も望みません! 帰ってきてくれることは、今日証明してくれたしね!」
ステラさんの念押しにも、満面の笑みで応えるお母さん。
「ま、とはいえ旅立つのは明日でもいいでしょ? ステラちゃんも今日は泊っていきなさいな! 乙女四人のパジャマパーティー! 恋バナしよ恋バナ!」
「……お母さんは乙女じゃないでしょ……」
ああ、またアリスの冷ややかな視線が。
こうして奈落での出来事を話しつつ、お母さんの恋バナに花を咲かせるのでした。
◇ ◇ ◇
――次の日ッ!
旅の支度も終えて、準備万端!
「奈落ちゃん、やっぱりその恰好なの?」
「はい! 長旅にはこれじゃないと寝られないので!」
せっかく家に帰って手に入れたいつもの服!
背中には伝説の剣、ティル!
手にはヤーレンソーラン!
あと昨日の夜、頑張って作った旅のしおり!
完璧だあ!
「それじゃあ、まずは城へ行って王様に挨拶しに行こう。各地を巡るのが楽になるからな」
アリスの先導で、出発進行!
ステラさんもぐるぐる眼鏡を装備して、準備オッケー!
私たちはお母さんに手を振って、家を発つ。
「まあ、無理せず帰って来たかったら戻ってきていいからね。美味しいシチュー作って待ってるから」
「うん。今度はあんまり待たせないようにするね」
「ステラちゃんも、またいつでも来ていいんだからね! 遠慮なく恋バナしていいんだからね!」
「ありがとう! おかあさんのシチュー、とっても美味しかったよ!」
いよいよ私とステラさんの旅が始まる。
世界を幸せにする旅。
『――奈落を抜けたら、あとの余生は
ヘル様。
みんなが幸せに暮らすために、まずは世界を幸せにしてきます。
旅なんて絶対に出たくないって思ってた私が、いまはすごくわくわくしてるんです。
それは、ステラさんと一緒だから。
あとは、みんなとこの世界で暮らすっていう、夢への第一歩だから。
そして……奈落のお陰で、少しだけ自分のことを好きになれたから。
だから、今まで一度も言えなかったこと、今日は胸を張って、大きな声で言おうと思います!
……すぅーっ。
「いってきまああああああああすッ!」
流されて始まった旅とは違う。
落とされて始まった旅とも違う。
奈落で勇者になれた私の、本当の旅はこれからだ。
――――――奈落勇者のフォールライフ!
――――第一部『序』
――完。
――業務連絡ッ!
第二部『破』へ続きますッ!
次の更新予定
毎週 日・水・金 19:16 予定は変更される可能性があります
奈落勇者のフォールライフ! 大入 圭 @fullhouse_k
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