#99 163ミリオンの瞬き。

 ――緊急事態ッ!


 木から降りられなくなりました!


 ううう。どうしてこんなことに……。



 ◆ ◆ ◆



「ふう、難なく着いたな」


 街道をそのまま歩いて、私たちは王都へとたどり着きました。

 アリスが感慨深げに街並みを見回してる。

 人もたくさんいるし、なんだか王都は全然平和そう。

 

 王都。

 旅のはじまりの地。

 私たちの故郷。

 懐かしいなあ。

 帰ってきたんだなあ。

 

 でも……うーん。

 みんなの反応を考えると、どうしても怖くなっちゃうな……。

 

 あ。

 メガネさんに変装できそうな眼鏡を貰えばいいのでは。

 そしたら正体を隠してアンケートを作って、みんなに配ろう。

 『勇者のことをどう思っていますか』

 うん、これだ。

 メガネさん、さっきの場所にまだいるかな?

 

「みてみて奈落ちゃん」


 ぐるぐる眼鏡のステラさんが、俯く私に片手を差し出した。

 

 これは……四葉のクローバー!

 ああすごい!

 初めて見たあ!

 私はずっと探しても、一度も見つけられなかったのに!

 こういうのを簡単に見つけちゃう所がステラさん!

 流石すぎる!

 

「たくさん見つけたから奈落ちゃんにもあげる! すっごく美味しいよ!」


 ええええ食べてるうううう!


「アリス団長! よくぞお戻りになられました!」


 気付けばいつのまにかアリスがたくさんの人に囲まれていた。

 みんな帰りを喜んでいて、中には涙する人もいる。

 その様子を見て、ステラさんが笑顔で頷く。


「アリスちゃん、すごく慕われてるんだね」

「そうですね。姉として、とても誇らしいです」


 うん。本当にすごい。

 ひとりの人間として、とても尊敬する。


「わたしも見習わなきゃな」


 ステラさんが苦笑いを浮かべながら、小さく呟いている。

 いやいや、なにを申すか!

 私はステラさんの両手を取った。


「ステラさんだって、アリスと同じように沢山の人に慕われています! 優しくて、思いやりがあって、今はメガネさんの眼鏡でデバフがかかっていますが、誰もが目を奪われるほどに可愛いですし! ……いや! めめ眼鏡でデバフはいい言わなくてよかったですよねもも申し訳ごじずばぎぎゃっ!」


 痛あああああっ!

 余計なこと言って焦りすぎて舌噛んだあああああっ!


 私の残念な姿にステラさんは「ぷっ」と噴き出すと、


「あははは! ありがと奈落ちゃん!」


 両手で口をおさえて大笑い。


 よ、よかった。

 笑ってくれたなら結果オーライだあ。

 レトさんから聞いた話だと、魔物たちから魔王と認められなくて辛い思いをしてたって聞いたから、私がフォローしなくっちゃ! うん!


「そういえば私が居ない間、王都は大丈夫だったか?」


 アリスが町のみんなを見回しながら問いかける。


 うんうん。アリスがいないと人間と魔物の均衡が崩れるから心配って話だったけど。

 とりあえず奈落の穴からここまではとっても平和だったのよね。


「テュール様が――」

「うん? 英雄気取りのクソ野郎がどうした?」


 んんんん辛辣!

 で、テュールって誰だろう。


「テュール様が前線で奮闘してくださっているお陰で、今も変わらず膠着こうちゃく状態を保つことが出来ています」

「なに? あの見せかけ筋肉エセクソ野郎が?」

「……は、はい。アリス団長が居なくなった後、『勇者と騎士団長アリス、ふたりの姉妹にこの命を捧ぐ』と宣言され、英雄の名に違わぬ奮戦ぶりをお見せになったのです」

「……テュール……」


 むむむ。

 じゃあその英雄さんのお陰で最悪の事態は免れたってことなんだ。

 で、そのテュールさんって誰なの?


「ところでアリス様。あのお連れの方は……」


 町の人がこちらへ指差すと、一斉にみんなの視線が集まった。


「かの勇者様に瓜二つのようですが……」

「ああ。ええと、彼女はだな……」


 アリスが説明を始める前に、町のみんながざわつき始める。


 ――勇者!?

 ――生きていたのか!?


 あわ。

 あわわわわ。

 み、みんながこっちにくる……。


 

『――勇者! どうして魔王を倒してないんだ!!』

『――世界を救うって言うから応援したのに!!』

『――この役立たず!! 期待外れもいいところだ!!』



「あああああああ! ごめんなさいいいいいいいいい!」

「お、お姉ちゃん!?」

「奈落ちゃん!?」

 


 ◇ ◇ ◇



 私は堪え切れなくなって逃げ出してしまった。

 そして気付けば木の上に。

 追ってきた町の人にはすぐに見つかって、今や木の下には人だかり。


 ああああ。

 もう駄目だあ。

 もう下りられない。

 そもそも高くて下りられないのにこの人だかり。

 詰んだあ。

 私は一生この木の上で暮らすんだあああ。

 

《おいおいどうしたんだよ相棒》


 う、ティル。


《魔王討伐からやっと帰って来たんだぜ? いわば勇者の凱旋だ。どうして逃げ出したんだよ?》


「だ、だって。魔王討伐してないし。しかも魔王がいなくなってむしろ戦いが激しくなっちゃったんだよ? そのうえ十五年間行方をくらまして、いまさら姿を現して。ぜんぜん凱旋なんかじゃないよ。みんな怒ってるよ」


《相棒……》


「勇者さまー! 降りてきてくださいー!」


 木の下で、町の人たちがざわざわしている。


 ううう。

 だめだ。

 こわいいい。


《ようし、じゃあ俺様が不安を取り除いてやるぜえ!》


 そう言って背中の鞘から飛び出したティル。


 ちょちょちょ、なにする気!?


 私は咄嗟にティルを掴んだ。

 そのまま引っ張られるように、一緒に地面へと落下した。


「いやあああああ!」


 ティルが地面へ突き刺さり、着地は華麗に決まった。

 町の人から歓声と拍手が巻き起こる。


《さあ、こいつらとちゃんと話をしよう! ロキやフレースヴェルグみたいな化け物に立ち向かったのに、こんなところで逃げ出すなんて相棒らしくないぜ!》


 うう……ティル……。

 

 ……そうだね。

 メガネさんが謝ってくれたように、私もちゃんと謝ろう。

 いつまでも悩んでたって仕方ないもん……ね。


「あ、あの、みなさん……ごめんなさい……。私が伝説の剣を抜いちゃったのに、みなさんの期待に応えられずにごめんなさい。魔物との戦いも激しくなったって聞きました……。そんな大変な時に、十五年間も行方をくらましてごめんなさい……」

 

「どうして謝るんですか?」

 

 え?


「自分は、勇者様に感謝しかしてませんよ!」


 ええ?


「当たり前じゃないですか! みんなの期待を背負って旅へ出てくれた勇者様に謝ってもらう事なんて、なにひとつありませんよ!」


 えええ?


「自分はあの時まだ子供でしたけど、たった六日で魔王と相打ちになったとか、マジすげーって感動したっす!」

「私は勇者様に憧れて剣術を学び始めたんですよ!」

「十五年経って、ぶっちゃけ生きて帰ってきてくれるなんて思ってませんでした! 謝るのはこちらの方ですよ! 本当に無事でよかったです!」


 う、うそ。

 なんか思ってた反応とまるで違う……。


「どう? お姉ちゃん」


 アリス。


「これがみんなの本心だよ。十五年間、私は勇者に感謝している人にしか出会ったことが無い。そりゃそうだよ。剣を抜いたってだけで多くの人の希望を託されて旅に出て。相打ちとは言えたった六日で魔王を倒した。そんな人に恨み言を言う人なんていないんだよ。私も含めて、みんなお姉ちゃんを尊敬してるし感謝もしてる。言ったでしょ? お姉ちゃんのお陰でちやほやされたって」


 私は奈落に落ちるまで、友達もいなかったし、人に感謝されたことも無かった。

 だからかな。

 こんなこと、まったく想像できなかったよ。


「ふひひ、よかったね。奈落ちゃん!」

「はい。四葉のクローバーの効果、早速出たみたいです。えへへ」


《ちゃんと勇気出したな! それでこそ勇者だぜ!》


「ティル……ありがとね」

「お姉ちゃん。人間って、思ってるほど怖くないでしょ? 安心してよ、怖い思いさせる奴は私が全部斬り捨てるから!」

「いや全然安心できないから!」


 満面の笑顔で語るアリス。

 その後ろから、人ごみをかき分けて誰かが前へやってきた。


 赤い髪の女性。

 慌てて出て来たのか、エプロン姿のまま、下はスリッパを履いている。


「ひいい。もうだめ。走れない」


 息を切らしながら、ため息をついている。

 そして顔を上げ、私たちに向かって優しく微笑んだ。


「ふふ。ふたりとも。おかえりなさい」


 懐かしいその声に、私は震わせながら言葉を返す。


「……ただいま、お母さん」


 随分と長いただいまになっちゃったな。

 いったいどれだけ待たせてしまったんだろう?


 私はふと、ガルム紳士に貰った石を取り出した。



『――ラクナ様が奈落を訪れてから今までの、まばたきの数が分かるようになっています』



 待たせてしまった長い時間が、石の上で瞬いている。


 ……ふふ、やっぱりよく分からないや。



 ――――――#99 163ミリオンのまばたき。





  

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