#98 太陽を咲かせたい。

 ――業務連絡ッ!


 三人で故郷へ帰る事になりました。

 私たちは横に並び、人の手によって舗装された草原の道を歩いています。


 まずはお家に帰って、そのあとに私と魔王さん――じゃなくてステラさんと一緒に旅を始めよう。

 ああ楽しみだな。

 わくわくするな。

 魔王討伐の旅なんて、すごく早く終わってほしかったのに。

 友達との旅って、こんなに楽しみなんだあ。

 旅のしおりを作ろうかな。

 おやつはひとりいくらまでかな。

 

「でも大丈夫かな? 騒ぎにならない?」


 ステラさんは人差し指を口元に当てて、首を横に傾ける。


 騒ぎになる?

 なんで?

 ステラさんのあまりの美貌に、町が大混乱するって意味かな。

 ううむ。

 確かにそれは否めない。

 こんな非の打ち所の無い可愛さの権化を目にしたら、みんな頭がおかしくなってしまうかも。

 そのうえ性格まで!

 誰にでも優しくて明るいなんて!

 これはもう、ある意味魔王降臨!


「人間たちの本丸――王都に魔王様が君臨だあああああッ!」

「お姉ちゃんなに言ってるの?」


 え。


 アリスの打ち水が如し冷ややかなツッコミに、私のショートしかかっていた頭は蒸気を上げてショートした。

 

「でもステラの見た目は、正直人間と遜色ないぞ。しいて言うなら目と耳。緋色の瞳と尖った耳は魔物特有のものだからな」

「目と耳かあ」


 ステラさんは両手で耳をふにふに触りながら、考え事をするように上目を使っている。


 見た目、かあ。

 たしかに町に居る間くらいは隠した方が良いのかな。

 でも目と耳を隠すって、いったいどうすれば……。


「わわわ! 赤い髪に騎士団の鎧……もしかして騎士団長さんでは!?」


 聞き覚えのない声に私たちは足を止めた。


 少し高いけど、今のは男の人の声かな?

 黒いおかっぱに大きな眼鏡。そして自分の倍くらい幅がある大きなリュックを背負ってる。

 学者さんかなにかかな。

 すごく頭が良さそう。


 と、アリスが無言で近づいていき話を始めた。

 どうやら知り合いみたい。

 まあアリスは王国の騎士団長なワケだし、知り合いも沢山いるよねそりゃ。

 さっきも人付き合いのことで教えられちゃったしなあ。


 私がぼうっとアリスたちを眺めていると、ステラさんがこちらへ体を寄せて、耳元でひそひそと囁く。


「かなり久しぶり、だね」


 ええっ!?

 まさかのステラさんも知り合い!?

 これは私だけ蚊帳かやの外で肩身が狭くなるパターン!?

 あ、でもこういう時の時間の潰し方なら得意だよ。

 こういう草むらなら、四葉のクローバーを探すか、蟻の巣を探すのがオススメ!


「お姉ちゃん、話はついたよ! どっしゃあー!」

 

 え? なんの? どっしゃあー?

 

 アリスに背中を蹴られ、眼鏡の人はよろめきながら私の前へと進み出た。


 って、なんでいまこの人を蹴ったの!?

 どっしゃあーってなに!?


「そいつには今から三回回ってワンと吠えた後、お姉ちゃんの靴を舐めてもらう! 首を落とすかどうかはそれから決めて!」


 ちょっとちょっと妹はなにを言ってるのちょっとちょっと!

 ぜんぜん意味がわからない!

 アリスは急にどうしたの!

 なにがどう話がついたの!?

 どっしゃあーってなんなの!?


「ま、ま、待って! なんでそんなひどいこと!? そもそもこの人は誰なの!?」

「奈落ちゃん、この人、一緒に魔王城に居たメガネの人だよ!」


 え。一緒に魔王城に?

 こんな人いましたっけ?


 依然私の目の前で眉を八の字にしている眼鏡の人は、額のしわを更に深くして叫び出した。


「あああ! やっぱり僕のことなんて覚えていない!」

「当たり前だろうがこの眼鏡ッ! お姉ちゃんからしたら貴様の姿は十五年経っているのだ! そして十五年も経ってしまっているのは誰の所為だ!? ああん!?」


 アリスがとうとう剣を抜いて凄んでいる。

 このままだと斬りかねないほど、迫力がすごい。


 でもアリスのお陰で思い出した。

 そうだそうだ。あれからもう十五年経ってるんだ。

 アリスと一緒で、みんな大人になってるんだもんね。

 

 そして目の前の人は、あれだ。

 メガネさんだ。

 

 今も彼は伏し目がちで肩を落としている。

 私と目が合うと、肩をすくめて口を開いた。


「あ、あの……勇者さん。お久しぶりです。お元気、でしたか」

「あ、はい。すごく元気にすごしてました」


 私が言葉を返すや否や、メガネさんは勢いよく地面に手をついた。


「ほ、本当にごめんなさい! あの時は、僕たちも余裕なくて、どうかしてました! こんなことで失った十五年が戻ってくる訳じゃないことは分かってます! 本当に……本当にごめんなさい!」


 メガネさん……。


「顔を上げてください、メガネさん。悪いのは私です。みんなを疑心暗鬼にさせてしまったのは、私の振る舞いが原因なんですから」

「……勇者……さん……」

「それにね、奈落の暮らしも案外悪いものではないんですよ? 良い人や面白い人にたくさん出会えましたし!」


 私の友達の、受け売りですけど。えへへ。


「勇者さん、なんだか変わりましたね。……奈落で楽しく暮らせていたなら、なんだか僕も報われた気がします……ハハハ」

「いーや! 納得出来ん!」


 あう。私以上にアリスが怒ってるんだよなあ。


「英雄気取りのテュールは思い切りぶっ飛ばしてやった。メガネ、貴様も報いを受けろ! お姉ちゃんに免じて、メガネバッキバキの刑で許してやる」

「ちょちょアリス駄目だよ! メガネさんの眼鏡をバキバキにしたら、いよいよ誰か分からなくなっちゃうよ!」

「あの、勇者さんのフォローもなにか違う気が……」

「はーい、ストップストップ!」


 わちゃわちゃしだした空気を、ステラさんが両手を大きく振って制止する。

 確かにこのままじゃ収集つかないかも。


「わたしが間をとって、刑を執行するよ!」


 え。大丈夫ですかステラさん?

 シンモラさんの時に、火あぶりの刑って言ってとんでもない罰を執行してましたけど。

 メガネさん、消し炭になったりしないですか?

 

 

 ◇ ◇ ◇



 メガネさんに、刑が執行された。

 ステラさん曰く、ぐるぐる巻きの刑。

 文字通りステラさんの魔縄でぐるぐる巻きにされている。

 それを木の枝に括られ、吊るされ。

 いま彼はミノムシの様に、枝から伸びた縄で宙づりにされている状態だ。

 なぜかゆっくりと回転している。

 それを真顔で見つめているステラさん。


「うーん、なんだかあんまり反省してるように見えないなあ」


 ええっ!?

 あなたが縛っておいて!?


「そういえばメガネ。貴様、今はなにをやっているんだ?」

「え……僕は今、縛られて、宙づりにされています……」


 いやそういう意味じゃないでしょ。


「貴様ふざけてるのか?」


 ほらあ、アリスが怒っちゃった。

 眼鏡バッキバキにされますよ?


「あ、すみません。僕はいま眼鏡の探究者として世界を旅しています。眼鏡の世界的権威です。お声かけ下されば、どんな眼鏡でもご用意できますよ」


 ええっ!

 メガネさん、そんな偉い人になってたんだ。

 今は宙づりにされてゆっくり回転してるけど。


「どんな眼鏡でも、だと? じゃあレンズからビームが出る眼鏡を出せと言ったら出せるのか?」

「もちろんです!」


 もちろんです!?


「じゃあ常に魔力が供給される眼鏡とかはある?」

「もちろんです!」


 もちろんです!?

 そんなのあったら魔物は実質不老不死だ! 眼鏡で不老不死になる時代がやってきた!

 

 すごい。本当にどんな眼鏡もある。

 じゃあ私もなにか欲しいなあ。

 えーと。えーと。


「え、え、じゃ、じゃあ。私が魔王城で着ていた服に合う眼鏡をください……!」

「……いや、それはちょっと無いかもしれません」


 なんでだよ。


 あ。

 ちょっと待てよ。


「そうだ、メガネさん。瞳と耳を隠せる眼鏡ってありますか?」

「ええ、もちろんです!」


 私たちは唇を綻ばせながら目を合わせた。


 やったあ!

 これでステラさんの問題もクリアだ!


 

 ◇ ◇ ◇



「どう、かな?」


 ステラさんが貰った眼鏡をかけて少しはにかんでいる。

 かわいい。


 ちなみに貰った眼鏡のレンズは瓶のふたの様に分厚く、瞳の色どころか瞳自体ももはや見えない。

 ステラさんの可愛さが百分の一ほどに抑えられている。

 とんでもないデバフ効果だけど、このまま王都に帰る予定だし良かったかもしれない。

 ステラさんの美貌で町がパニックにならなくて済む。

 この眼鏡をかけると耳の尖り部分が隠れるので、耳の問題もクリアしている。


 うんうん。

 メガネさんは見事、こちらのニーズに合った眼鏡をくれました。


「では、私たちはもう行くよ。さらばだメガネ」

「はい、三人もお気をつけて」

 

 私たちはメガネさんに挨拶してその場を去る。すると、


「あ、そうだ勇者さん。ひとつ伝え忘れてました」

「はい? なんでしょう」

「ご無事で、本当によかった。こうしてまたお会いできて、嬉しかったです!」

「……はい、こちらこそ! 眼鏡、ありがとうございました!」

 

 最悪の別れ方をして十五年。

 今度はお互い笑顔で手を振って別れることが出来た。


 なんとなく、あの時の贖罪しょくざいが成された気がして――ちょっと嬉しかったのでした。


 


「あ、二人とも。城が見えて来たぞ」


 そう言ってアリスは唇を綻ばせながら振り返った。

 目線を上げると、生い茂る木々の先に少しだけ城が頭を出している。


「どこ? どこ?」


 ステラさんが大きな眼鏡を左右に振って、きょろきょろと辺りを見回してる。

 それ、見えてないんですか?


 ……城かあ。帰ってきたんだなあ。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 立ち止まる私に、アリスが心配そうに声をかけてくれた。


「ううん、なんでもないよ」



『――勇者! どうして魔王を倒してないんだ!!』


『――世界を救うって言うから応援したのに!!』


『――この役立たず!! 期待外れもいいところだ!!』



 ……うん。なんでも、ない。





 

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