第2話 飲み会
「さて、そろそろ時間ね」
「時間?」
「そうよ。私の一時凱旋帰国会をするって話よ?」
「聞いてません」
一時凱旋帰国会? なんだそれ? 初耳だ。
一応スマホで確認するがそのようなメッセージはなかった。
「さ、行きましょ」
「いえ、自分は誘われてませんし」
「なら私が誘った」
「ええ!?」
「主賓が誘ったなら誰も文句言わないわよ」
◯
集合場所は店前で私と先輩が着くと、皆は俺に対して「なぜお前がここに?」という顔をする。そして視線を合わせて「誰が呼んだ?」とアイコンタクトを送りあっている。
俺、そんなに嫌われている?
そして最後の1人がやってきて、俺はなんとなく察した。
最後の1人は千田先輩だった。
俺とこの先輩とはちょっと問題があった。それは表面的には現れなかったが、人間関係の機微な部分を刺激し、元から先輩には感じられなかった信頼性のなさを明確なものとして得るにとどまった。
千田先輩はちらりと俺を見るとすぐにないものとして視線を星野先輩に向ける。そして言葉を交わす。
「それじゃあ、皆、集まったし、お店に入ろうか」
幹事か、もしくは微かな異様な空気を察して男性の先輩が皆に告げる。
『おー!』
皆は空気を読んではしゃぐ。
◯
俺の席は星野先輩から遠く。そして千田先輩は星野先輩の隣の席を陣取っている。
向こうのグループは何を喋っているのかはよく聞き取れない。時折、星野先輩の笑い声が聞こえる。
「なんでお前、来たんだよ」
俺の対面に座る森山が小声で聞く。俺の近くは2年生組と大人しめの先輩が多い。
「星野先輩に誘われたから」
「いつだよ」
「夕方にな」
正確にはここに来る前にアパートで星野先輩に誘われたとは言えない。
「なんで来るんだよ。こっちは気を遣って誘わなかったのに」
「除け者なんてひどくね?」
「じゃあ、あん時に誘ったら『来る』って言うか?」
「……」
返事の代わりビールを飲む。
◯
互いに無言だったが、つい千田先輩が動いた。
「何でお前ここにおるんだ?」
それは尋問のようだった。現に目はしっかり俺を睨んでいる。
「星野先輩に誘われたからですよ」
「普通、来るか?」
「貴方も来たではないですか?」
俺達は静かに睨み合う。
そこへ森山が、
「さ、さ、全員戻って来ましたし、次へ行きましょう」
「フンッ!」
千田先輩はこれ見よがしに鼻を鳴らして、戻ってきたグループと共に歩き始める。
森山は小さく溜め息を吐き、
「お前、ここでハケた方が良い」
「だな」
俺は前を進む彼らとは反対方向に歩き始めた。
◯
深夜になり、なかなか寝つけず布団に入り、スマホをいじっているとチャイムがなった。そしてドアをノックする音が。
誰だよ。この時間にチャイム鳴らす馬鹿は。他のアパートの住人に迷惑だろ。
俺は布団から出て、急いで玄関へと向かい、ドアを開ける。
そこにいたのは顔を赤らめた星野先輩だった。
「こんな時間になんすか?」
「ハケてきた」
「何で? 主賓でしょ?」
「千田が鬱陶しいし、気分悪いし。水もらえる?」
先輩は右手で口を覆う。
「ああ、もう!」
俺は急いで台所に戻り、コップに水を入れ、玄関に戻る。
「どうぞ」
「ありがとう」
と言い、先輩はちびちびと水を飲む。
「やっぱしじみ汁お願い」
「無理です。ないです」
「そっか。それは残念。とりま、休憩させて」
「……いいですけど」
俺は先輩を上がらせて、リビングに通す。
布団を畳み、端に置く。
「もしかしてお休み中だった」
「もう深夜ですよ」
「だね。チャイム鳴らしちゃった。アハハハ」
「『アハハハ』じゃないですよ。近所迷惑です」
「ごめーん。ついうっかり」
俺は溜め息を吐く。
「泊まっていい?」
「男のアパートっすよ」
「手出すの?」
「出されたいですか?」
「たぶんキスしたらゲロるよ」
「リバースはトイレで」
「やだ。トイレ臭い」
「ならしないでくださいね」
「君が手を出さなければね」
「……」
「迷ってる?」
「いいえ。で、どこに寝るつもりですか?」
「布団」
「一つしかありません」
「私、女の子」
「ここで女を使うなんて卑怯です」
畳んだ布団を広げて、先輩を横にさせる。
すると、
「ほれ、半分使いなよ」
と先輩は背を向けて1人分のスペースを作り、隣で寝るよう促す。
「いいんですか?」
「これくらいはいいよ」
布団に入ると尻が先輩の尻と当たり、ドキッとして胸が跳ね上がった。俺はすぐに尻を当たらないように移動させる。
「役得でしょ?」
先輩の言葉に胸がまた跳ねる。
「酒臭いです」
平素を装い答える。
「枕臭いよ」
「なら返してください」
「いや」
それから会話はなく、時間が経った。
寝息はないから起きてる?
それとも寝息が小さいのかな?
そんなことを考えていると、
「起きてる?」
「起きてます」
先輩は首を回したせいか俺に少しもたれかかる。
ここで引いたら先輩に気を遣わせる感じがあったので耐えることにする。
「なんですか?」
「前に君さ、ここで『俺のこと嫌いですか?』って聞いたことあったじゃん」
「ありましたっけ?」
「あったよ。『好きなんですか?』なら分かるよ。でも反対に『嫌いなんですか?』はびっくりだったからさ。超覚えているよ。で、あれって、どういうことだったの?」
「あれは……ある人が『星野はお前のこと嫌いだから、あまり気安く話しかけるな』って言われて。それなのに先輩がアパートに来たから」
「なるほどね。ちなみにそれを言ったのって千田?」
「……どうして?」
「そりゃあ、仲が悪いのは見てわかるよ」
「まあ、そういうことっす」
「そっか」
それきり先輩は黙り、そして寝息を立て始めた。
その夜、俺は背中に先輩の重みを受け止めながら寝た。
小悪魔な先輩と俺 赤城ハル @akagi-haru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます