増殖

潜道潜

第1話

「なぁ、もし目の前に自分の分身が現れたら、どう思う?」


昼休みも半分過ぎた十二時半。

高校の生徒会室で、僕は、この学校の生徒会長である二分木切華にそう問いかけた。


「あ? んなもんテメェ、幸運ラッキィ 以外に何を思うってんだよ」


早々に昼食を済ませ、怒涛の勢いで執務をこなしていた我が会長は、手を止めることなくそう答える。


4月下旬。新入生が学校に馴染めるかどうかの分水嶺となる時期。

生徒会は、主に部活動関連のとりまとめに奔走していた。

文武両道を地で行くわが校の部活動は活発で、陸上、水泳、体操、美術に吹奏楽と、全国区に名を残すスターも多い。

本入部締め切りを直前に控える中、各部予算の策定、5月連休明けの壮行会の調整、エトセトラエトセトラ。

まさに猫の手も借りたい有様であった。


「まぁ、たしかに二分木が二人になれば、事務処理能力も倍だものな。そんなもんか」


二分木会長は肩書に負けず、頭も手際もいい。

身長150cmに満たない矮躯でありながら、肉体労働を含めたあらゆる執務において現場の最前線で指揮を取る、超人的資質の持ち主だ。

そんな優秀な人間が2人になるというのなら、それはたしかに幸運なことだろう。

少なくとも、目下オーバーワークを強いられている生徒会にとっては。


「おい、勝手に視野を狭めるンじゃねェ。俺様はただ幸運だって言っただけだぜ。そんなチャチイ理由じゃねーよ」


「そうなのか?」


「そもそも、問が雑だぜ。何だよ分身って。俺様以外には読み解けねェ省略をするな」


「む」


確かに。分身、と一言に言っても、そのタイプは様々だ。

蜃気楼的な実体のないもの、クローン人間のような厳密には違う個体のもの、

延々と永続して存在するのか、任意に出し入れ出来るのか、敵対的か友好的か、などなど。

挙げだしたら切りがない。


では、僕が想定した分身は何かといえば、"今まさにこうしている瞬間の自分が、2人になること"である。

身長・体重・外見から記憶に至るまで全く同じ。

お互いどちらが本物か見分けもつかず自覚も出来ない。

そんな人間が実体を持って現れたとき、お互いに何を思うのであろうか、ということだった。


「考えてもみろ、例えば明日、急に、俺様が二人で仲良くお手々繋いで登校してきたらどう思う」


「え、可愛い」


「あ?」


「失言だった。怖い、と訂正する」


「そーだろ。人間が急に増えたら怖ェんだ。たとえ生き別れの双子だなンだと適当な理由をでっち上げようともな。それがどちらも本物を名乗れば尚更だ。生徒会の人手不足解消だァなんかに利用できるワケも無ェ」


うーむ、そうだろうか?

会長のドスの効いた威嚇に怯え、口先ばかりの訂正をしたものの。

二分木切華のことと思うと、この超人のことを思うと、上手いこと周囲を丸め込めるような気がする。


「まぁ、ここは二分木の言い分を飲んで考えよう。興味よりも恐怖が、生理的な嫌悪感が勝ったとして。しかし、そうなら幸運とは言えないんじゃないか? どう考えても生きづらいだろ、それ」


「例え話だって言ったろ、何でも俺様基準で考えるな。それに、生きづらいだけで、生きられないワケでもねェ。

となれば、残るのは、単に2倍になった人生だ。俺様という試行の回数が倍になるんだぜ、これがラッキィじゃねェんなら、何が幸運なんだよ」


当人は、何でも二分木を基準に考えるな、と言いつつも。

その、どうあれ人生を肯定するような言い分は、優秀で何処でもやっていける自信のある者にのみ出来るものだなと感じた。


「で? なんだってこのクソ忙しいときに、そんな問いをしてきてんだよ?」


「あぁ、そうだ。肝心なことを訊いてなかった」


そう受けてから、僕は、昨晩目撃した奇妙な出来事について質問する。


「昨晩、校庭の二宮金次郎像が増えてたんだけど、何か知ってる?」




事のあらましはこうだ。

昨晩、午後7時ごろ。一人居残り執務を終えた僕は、すっかり暗くなった校庭の端、校舎側の道を通り、校門へと向かっていた。もうすぐ5月とはいえ、夜は冷えるなぁ。校庭には明かりの一つもなくて寂しいなぁ。そんなことを考えながら、ふとグラウンドを見渡したとき、その存在に気がついた。


薪を担ぎ、本を片手にしたそのシルエット。紛れもなく二宮金次郎像。

それが校庭の端、本来あるはずのない、校舎と反対側の影の濃い場所にひっそりと立っていたのである。


最初は、像が移動したのだと思った。

そもそも我が校には、二宮金次郎像が設置されている。置かれているのは、同じく校庭の隅。校門伝いの壁を背にした位置であり、僕が発見した金次郎とは、ちょうどグラウンドの長辺の端と端の位置関係だ。石像一つ動かすには辛い距離であるが、しかし、夜闇に紛れれば出来なくもない距離であったし、そう思わせる程度には、そのシルエットは、そっくりそのまま、二宮金次郎像のそれであった。

だから、移動したのだと考えて、視線を校門側へと向けるも、予想に反し、我が校の二宮金次郎はそこ鎮座したままだった。


グラウンド一つ。約200メートルを挟んで相対する二人の金次郎。

普通なら互いに互いを認識できるかも怪しい距離であったろう。

しかし、その勤勉な2つの像は、不思議と通じ合っているように見えた。


あまりにも意味不明。かなり不気味なその光景を認めた僕は、一目散に帰路へ……校門へと逃げ出したのだった。




「おい、一目散に逃げ出してるんじゃねエ。生徒会が不審物を放置するな。取り締まれよ」


「課外活動時間はとっくに終わってたし、それに僕は一人だったんだ。何かあったら危ないだろ」


現在時刻16:30。放課後。グラウンドの隅で、僕は二分木の叱責を受けていた。


「はァ……まぁいい。んでェ? ここがその、二宮金次郎像の分身があった場所ってワケか」


生け垣代わりの落葉樹が集まり鬱蒼としている一区画。

グラウンドでありながら、学校の喧騒を遠くに感じるその場所。

昨晩、僕が二宮金次郎像の影を見た位置に、僕らは来ていた。


うずくまり、落ち葉の溜まった地面を観察している会長の背中に、僕は声をかける。


「ほら、何も無いだろ? 今日僕が登校した時点で、"もう一つの二宮金次郎"像は消えてたんだ。これは、取り締まりようがないだろ」


「テメェはいつも遅刻ギリギリの登校だろーが。もし消えてなかったらどうするつもりだったんだよ?」


「当然、その場合は仕事したさ。とはいえ、そう邪魔な位置に有るわけでもなし。急いで対応するほどのモノでもなかったろう?」


「さァ、どうだかな? 二宮金次郎像を増やす、なんてコトする奴の意図なんざ、俺様には分からねぇ。ましてや、その像を、その木像をこの場で分解バラす理由もな」


そう言うと、会長は、うずくまった位置から3メートルほど先の地面の上を指さした。指示に従い視線を向けると、腐った木の葉の上にうっすらと、おがくずのような細かな木片が散っていた。


「一応、ビニールシートか何かを敷いていたみてェだがな。日も落ちた後で作業したんなら、こんなモンだろうよ」


ちゃんと片付けろってんだ、と結びつつ、観察を終えた会長は立ち上がった。


「え、じゃあ何だ、僕が昨晩見たもう一つの像は、木でつくったレプリカだったってことなのか?」


「この場で何かやったアホが一晩で2人も出てなきゃ、な」


会長が言わんとすることはつまり、僕が昨晩に像を目撃した後、それを設置した人物は単に像を片付けただけではなくこの場で解体まで済ませた、ということだった。


「木像一つ解体したんだ、下校時刻なんざとっくに過ぎてただろーな。謹慎モンだぜ、全くよォ」


そう言い残し、もはや此処には用はないとばかりに校舎へと引き換えしていく会長。


「なんだ、実況見分はもう終わりなのか? 本物金次郎とか、見ていかなくていいのか?」


「俺様も暇じゃねーんだ。ここに来たのは単なる確認。犯人なんざとっくに理解ワカってる」


え。いや、まだ僕ら以外の登場人物も紹介してないこの段階で?

それはなんというか、アンフェアなんじゃなかろうか。

僕のそんな感想をよそに、会長は言葉を続ける。


「オメーのその超人的な視力で見分けがつかないほどのコピーなんざ作れるのは、ウチで1人だけだろうぜ」


その1人とは、つまるところ、わが校が誇る美術部全国区エース、その人なのであった。




目の前に自分の分身が現れたとき、人は、一体どんな顔をするのか見てみたかったのよ。

犯人である美術部エースが語った動機は、そんな、よくわからないような、どこかで聞いた事のあるような理由だった。


展覧会の締切を間近に控えた彼女の作品、そこに今一つ足りないディテールの取材をするべく、彼女は二宮金次郎像を掘ったのだという。

なぜ二宮金次郎像だったかといえば、ちょうど良かったから、だそうな。

人間は像を自分だとは思わないし、デッサン人形にはそもそも自分がないのだと。

その点で、実在の人物の像であり、幾年に渡り学び舎を見てきた二宮金次郎像は、ちょうど良い題材であったのだと。

概ねそんなようなことを、授業中、ごく簡単な問題で指名されたときのように淡々と語ってくれた。

審美眼を持たない僕にはさっぱりな理由だったが、どうあれ彼女の中では、そういうことで辻褄が合っているらしかった。


「あァ? いやいや、審美眼は持ってるだろうよ。そうじゃなけりゃ、テメェがあんな哲学カブレな問をするワケが無ェ」


なぁ、もし目の前に自分の分身が現れたら、どう思う?

冒頭に発した僕の問。二分木会長は今回の件を、その"らしくなしさ"から紐解いていったらしい。

つまりは、その像の製造目的たるメッセージ性を、僕の目は無意識に拾ってしまったのではないか、という仮説だ。


僕らしくない、という点については懐疑的だ。

僕は意外とそういう質問? というか問いかけ、好きだぞ、と思わなくもないが、

まぁ、人間、自分というものは見えないものだ。

ましてや、あの二分木切華生徒会長の見立てであれば、僕なんかの頼りない感覚よりもよほど正確であろう。


「ま、もう終わったことだ。これに懲りて、残業はほどほどに切り上げることにするよ」


「あ? くだらねェ捜査ごっこで時間ムダにしたんだ。取り戻すまで帰すワケ無ェだろうがよ」


いやぁ、やっぱり諦めきれないな。自分の分身。

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