船中八策

蒸気飛脚をゲットすることには成功したが、俺にはそれを使った経験がなかった。なのでどうしたって使い方を教えてくれる人が必要だった。だがそれはあっさりと解決した。未来の大英雄坂本龍馬は蒸気飛脚を個人で所有するお嬢様なのである!


「蒸気飛脚はただの鎧ゼヨ。誰だって思った通りに動かせる。それよりも大事なのは本人の戦闘力ゼヨ」


 俺と龍馬は勝先生の邸宅に設けられている道場にて防具をつけて向かい合った。龍馬の目は鋭く細められている。北辰一刀流の免許皆伝は伊達ではない。坂本龍馬は戦士よりも商人・政治家的側面が大きな英雄だが、それでもちゃんと武士である。竹刀を構える姿は凛として美しい。


「以蔵が強いのは知っちょる。じゃがな以蔵の剣には強さ以外の理が全くないゼヨ」


 龍馬は俺の面に向かって竹刀を振り下ろしてくる。鋭くて速い一撃。だけど見切れないほどではない。俺はそれを横に少し移動して避けた。だが。


「メンぬきドウ!!」


 龍馬の竹刀は移動した俺の胴を的確に打ってきた。


「あっいた?!」


 虚を突かれて俺は思わず声を出してしまった。今まで実践の中で俺の隙を捕らえた奴なんて一人もいなかった。なのにあっさりと一本取られてしまった。


「以蔵の剣は獣の剣じゃ。強いは強いが単純ゼヨ。以蔵はその時その時でもっとも合理的な体の動かし方をするゼヨ。だから罠にあっさりかかるゼヨ」


「おお。龍馬がなんか賢く見える!?」


「ぬしはうちのことをバカだと思ってるゼヨ?!うちはこれでもいんてりゼヨ!おほん!以蔵の強さは命の取り合いでの集中力に特化しちょるゼヨ。それはそれですごいんじゃが、相手はあの老獪な大老ゼヨ。ぬしの癖を読んでその獣の理を人間の謀で潰してくるはずゼヨ。さっきみたいにのう」


「だからここで龍馬と稽古するってことだね」


「そう言うことゼヨ。では習うより慣れろゼヨ!うちから一本取って見せるゼヨ!!」


 そして俺たちは体力が尽きるまで延々と組み手を続けた。龍馬の剣には華があった。同時に俺の弱点を的確についてくる狡猾さもあった。俺はいままで実戦の中で剣を磨いてきたつもりだった。それなりに自信はあったのだが、その自信を英雄坂本龍馬はあっさりと超えてくる。だから俺はワクワクしていた。俺が積み上げてきたものをあっさりと超えていく英雄の傍に俺はいることが出来るのだ!これほどの幸せがあるのだろうか!龍馬が放つ時代を変える輝きの隣に俺はいる。その光が俺の過去の闇も払っていくように思えた。何者にもなれずに終わった前世も、物のように扱われる現世も、龍馬の傍であれば変えることが出来る。俺はその光に惹かれている。英雄から教えを授かることほど楽しいことはない。そう思った。




 体力が尽きて休憩を取っていた時だった。


「張り切っているみたいだね」


 勝先生が道場に入ってきた。俺たちは立ち上がり一礼する。先生は壁に背を預けて足を延ばしてだらっと座った。懐からキセルを取り出してぷかぷかと吸い始める。


「しかしキミたちには結果的に悪いことをしたね。わかっていると思うが、私は大老には嫌われている。だから弟子のお前たちが憂さ晴らしに狙われた」


「でも先生が嫌われるなんておかしいゼヨ!この国で先生に敵う人物などおりゃせんゼヨ!なのに大老は!」


「まあまあ落ち着け坂本。私はいつもどこへ行っても余計なことを口にしがちでね。残念ながらあまり人には好かれる性質ではない」


 勝海舟は史実でもかなり口が悪い方だったらしい。多くの座談が残っているが、熱いディスをいろんな人間にぶつけている。現代ならきっとラッパーとして日々人を罵倒しまくっているだろう。それはこの世界でもあまり変わらないのかもしれない。しかしどうして大老は勝先生を嫌っているんだろうか?俺の史実知識にはそれはない。


「なんで先生は大老に嫌われてるんですか?」


「会うたびに政策批判をぶつけてるからかな?それと気が強すぎると婿が来てくれないよとご注進して差し上げたこともあった。それくらいかな?」


「いやぁ。先生嫌われる要素しかないよそれ」


「私はサバサバしてるからな。くくく」

 

 でもそれだけとは思えないような感情の強さを井伊大老からは感じた。もっと個人的な事情が二人にはありそうだ。


「井伊大老は可哀そうなお人だ。もともと大老になる予定はなかったし、本人だってその気はなかったはずだ。だけどその職責を全うしている。立派なお人だ。岡田君」


「なんですか?」


 勝先生は儚げな笑みを浮かべて俺に言った。


「大老の抱えている思いを受け止めてやってくれ。おっぱいが膨らんでいる私たちではできない。だけど君になら彼女が抱えている重荷を軽くしてやれることがきっとできるはずだよ。おっぱいがぺったんこ・・・・・・・・・・な君だからこそだ。くくく」


「あはは…そう言う意味ですか…」


 勝先生は何も答えない。だけど何か俺に期待するかのような笑みを浮かべている。先生が考えていることはわからない。だけど何かを期待しているなら応えたい。そう思ったのだった。





 大きな歴史の流れに私たちは翻弄されながら日々を生きている。平穏だった日々はどこかの誰かの都合であっさりと崩れていく。それがこの世界の積み重ねてきた事柄だ。私たちはその中で与えられた役割を全うすることを求められている。そう。そう求めるものたちがいる。


『なぜあんな野良犬を拾った?』


 深夜を過ぎて坂本と岡田君が寝入った頃、私は縁側で煙草を吹かしていた。するといつの間にか私の隣に埴輪が一体座っていた。土偶からは綺麗だがどこか陰険な女の声が響いている。


「野良犬?そんなものを拾った覚えはない。私は犬嫌いなんだ。私のことはよく知っているだろう?」


『ええ、よく知っているわ。だからこそ解せない。もう一度聞くわ。何故、岡田以蔵を弟子にしたの?』


「道に迷っているみたいだったからね。人生の先達として放っておけなかった」


『そう?まああなたは面倒見がいい優しい女だし、それもあるのでしょうね?でもそれ以上にわたしたちへの当てつけじゃないの?』

 

 部屋や柱の闇の中から埴輪や案山子のような人形たちが姿を現した。それぞれがキンキンと喧しい女の声を上げる。


『かいしゅうちゃーん?これは僕たちにたいする裏切りでもあるんじゃないのかな?』


『だよねだよねー!何の相談もないままに勝手に決めちゃうのってどうかと思う!」


『あたしたちの契約に反する行為なんじゃないかな?』


『わたくしたちがあなたを選んで差し上げたのをお忘れですか?』


『誰もが歴史の中で英雄の光を放つわけではない』


『君に与えた役割は英雄の後見人』


『だけどその英雄は妾達が決めるのじゃ』


「英雄とは結果に対して定まる言葉だ。ままだ何も成していない者を英雄とは言えないのではないかな?」


『いいえ、わたしたちが選んだ坂本龍馬はいずれ大英雄になるの。これは歴史の下す審判そのもの』


『僕たちは坂本龍馬の可能性を信じている!彼女はきっと素晴らしい英雄となるんだ!』


『なのにどうして岡田以蔵!あんな半端な雑魚が!誰の心にも残りもしない屑が!』


『僕たちの大英雄坂本龍馬の隣に立っているなんて!!』


「お前たちはそもそも誤解している。岡田君は誰の心にも残らぬ屑ではない。この私の心の中に暖かく残るいい子なんだ」


 私は胸に手を当てる。攘夷派の暴漢から私を守った鮮烈な姿。私の皮肉を飄々と躱す知恵。私が頬をぬぐったときに見せた可愛らしい顔。すべてが綺麗な思い出になっている。


『岡田以蔵はただのテロリストとして生涯を終えるはずの負け犬でしかない。侍の世を終わらせる侍である大役を担う勝海舟の飼い犬には相応しくない』


「だから犬は嫌いだと言っている。岡田君は私の意志で弟子にした。お前たちにわざわざご機嫌を伺うような事柄ではない」


 人形たちは不気味な沈黙を保っている。そして一体また一体とその姿を闇の中へと消していく。そして土偶だけがこの場に残った。


『わたしたち船中八策は坂本龍馬を英雄とするために然るべき措置を取る用意がある。その用意にあの犬っころが巻き込まれてもわたしたちは一切関知しない。そのつもりでいなさい』


「どうぞお好きに。なにィ私の弟子の岡田君はお前たちの妨害くらい簡単に弾いて見せるさァ」


 こういう時でも軽口をたたいてしまうのが自分の良くない癖だ。だけど私は岡田君もまた坂本と同じく英雄なんだと信じてみたくなったのだ。


『マシュー・ペリーの黒船はもうやってきた。幕末もう止まらない。だからわたしたちもまたもう止まれない。海舟。契約は必ず果たすようにね』


 そして土偶もまた姿を消した。私は一人煙草を吹かして未来に思いを馳せる。果たして歴史の流れは私たちをどこへと連れて行くのだろう。願わくば、それが穏やかな場所でありますように。





****作者のひとり言****



船中八策とか言う謎の黒幕の登場に中二病的エモさ爆発ですね!


幕末は徐々に加速していきます!今後もよろしくお願いします!


星★やハート♡をつけて逆転幕末を応援しよう!


ちなみに筆者はカルブレイスさん推しです!


そのうち意外な維新志士さんと一緒に出てくるのでご期待くださいね!

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貞操逆転偉人美少女幕末なのに男女比1:10000くらいの異世界に岡田以蔵で転生したけどメインヒロインは勝海舟です!! 園業公起 @muteki_succubus

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