象さん大好き象山せんせー!

 勝先生の執務室へ戻るため、廊下を歩いていた時、龍馬はずっと俯いていた。


「うちのせいで大老と決闘することにさせてしまってごめんゼヨ」


「気にすんなよ。あれは向こうが吹っ掛けてきた喧嘩だ」


「うちはでも挑発に乗ってしまったゼヨ。相手は幕府のお偉いさんなのにせんせを馬鹿にされるのを我慢できなかったゼヨ」


「後悔してる?でも俺は先生のために怒ってくれた龍馬に感心してるよ。いい弟子やってるじゃん。くくく」


 安い挑発に乗ることそのものは反省しなきゃいけない。だけどそれでも勝先生のために怒った龍馬に誇らしさを覚えている。


「まあ。この先は俺に任せろよ」


 俺は龍馬に向って笑みを浮かべて言う。


「俺は天誅の名人なんだぜ。大老だって仕留めてみせるさ」


「以蔵…!あはは。不思議ゼヨ。腕の良さは知ってるけど、本当に頼もしさを感じるゼヨ。まるで女の子じゃないみたいゼヨ」


 まあ本当は男なんだよね。だから坂本龍馬とは言えども、女の子に頼られるのは悪くない気分だ。


「だけど以蔵は蒸気飛脚持ってるのか?」


「向こうが用意してくれるんじゃねぇの?まあなくても刀一本あれば十分だよ」


 これでも俺は幕末四大人斬りの一角なんだよ。だから多分蒸気飛脚相手でもなんとか…なるよね?


「全然何も考えてないゼヨ!!ムムム…!うーん。仕方ないゼヨ。頼りたくはないけどあの人のところに行くゼヨ。あの人なら蒸気飛脚を多分貸してくれるはずゼヨ」


 龍馬は俺を追い抜かして、手を引っ張っていく。


「どこ行くの?」


「大砲があるところ!!」


 女の子に手を引かれながら急ぎ足出歩いていくことにどこか高揚感を覚えた。








 江戸場の端の方に射撃場が設けられていた。西洋から輸入した各種兵器の実験場である。


「すごいな…!」


 ガトリンガンやら最新式のカービンやらをあちらこちらで撃ちまくる音が響いている。ここでは研究を行っており、兵器の国産化を目指しているそうだ。


「ここは日本の国防の最前線ゼヨ。だから蒸気飛脚も勿論置いてあるゼヨ」


「でもそれ貸してくれんの?」


「普通なら絶対に無理ゼヨ。だけどあの人に頼め…」


 龍馬が言い切る前にすさまじい爆音が響いた。そして辺り一面を蒸気の白くて濃い煙が包み込む。


「うわ!?何も見えんゼヨ!」


『ン?その声が龍馬か?すまんすまん!今、煙を散らす!』


 上の方から拡声器越しの女の声が響いた。そしてすぐに近くを何かが飛んでいき、それに少し遅れて強風がぶわっと吹いて蒸気を散らしていった。視界がクリアになって見えたのは一機の蒸気飛脚。それは一台の大砲を持っていた。その大砲の方針は真ん中から真っ二つにはじけ飛んで大きな穴が開いていた。


『いやぁ。やっちゃったやっちゃった!まーた砲を壊してやった!あはは!また失敗を積み重ねてしまった!これでまたさらに成功に近づいたぞ!わはははは!』


 蒸気飛脚は俺たちの目の前にふわりと降り立った。そしてヘルメットを外すと、緑色の瞳を爛々と輝かせる美しい女の顔が見えた。明るい赤毛は鮮やかに風に舞っている。そして女の人は蒸気飛脚から手足を抜いて、機体から降りてきた。ぴっちりとした蒸気飛脚用のボディスーツを着ている。豊かな胸と扇情的な腰つきとむっちりとエッチなお尻の形がくっきりとスーツに浮かんでいた。


「失敗でそんなに喜んでいる奴はおぬしだけゼヨ。象山先生」


 象山?!あの佐久間象山のことか?!幕末スキーならきっと誰もが知っているであろうビックネームが出てきた。目の前の赤い髪の毛の女がそうらしい。


「わかってないなぁ龍馬。失敗こそが成功への近道だ。より多くの失敗を重ねたわしはより大きな成功の途上にいる大人物なのだ!くははははは!」


 胸を張って失敗したことを笑う佐久間象山はどこにも落ち込んだ様子がない。なんだろう?このマッドサイエンティストな雰囲気。関わっちゃダメな人間の匂いがするぞ。


「で、主は何しに来た?あれか?やっと男を紹介してくれるのか?この安産型で蠱惑的な大きな尻に相応しい男をやっと紹介してくれるのか!?」


 象山は蒸気飛脚の持つ大砲にもたれかかりながら腰をくねくねさせて尻を振る。すごく扇情的に見える。ポールダンスかな?


「すまんがそうではないゼヨ」


「なら帰れ。わしは失敗するのに忙しいのだ」


「話くらい聞いてくれてもいいんじゃないかゼヨ?!」


「知らん。わしはわしがこれから成す大偉業にだけしか興味がない。他人の話などどうでもよい。帰れ帰れ!」


 くせつよだなぁ。取り付く島もない。象山は龍馬を無視して、壊れた大砲を見ながら手帳に何かを書き込んでいる。研究の一環なんだろうと思う。


「すまんゼヨ。以蔵。だめだったゼヨ」


 どんよりと龍馬は落ち込んでいた。龍馬のコミュ力でもダメとはなかなかだ。だけど龍馬は将来薩長同盟を紡ぐ大偉業を成すのだ。この程度の交渉でダメってことはないだろう。


「龍馬」


「なにぜよ。うちは何にも役に立たないただの浪人ゼヨ?ぜよーん」


 どよーんとくらい雰囲気の竜馬は自信を喪失している。まったく似合わない光景だ。


「いやいや。そんなに落ち込まんでもいいって。象山先生っていつもこんな感じ?」


「昔はまだ話を聞いてくれたぜよ。だけど最近はずっとこんな感じゼヨ。男紹介しろしろ煩いゼヨ。それ以外の話は聞いてくれなくなったゼヨ」


「じゃあ男を紹介してあげればいいんじゃないの?遊郭をおごってやるとか?」


「象山先生は花魁ほすとじゃなくて素人フェチゼヨ」


「お、おう」


「象山先生は素人の男と清く正しい交際したいそうゼヨ」


「それはまあ普通かな?」


 この時代ではとんでもない贅沢品であることを除けば普通の願望だと思う。


「だけど焦らす象山先生に我慢できなくなってけだものになって強引に元服させてくれる男がいいらしいゼヨ」


「ええ、何その妄想…」


 でも男さえ提供できれば糸口はあるってことだな。だから俺は意を決して象山の後ろに立ってその耳元にできるだけ低いの声で囁く。


「象山、見てくれよ。お前の尻が可愛すぎるせいで、俺の象さんが象山を欲しがってるゼ…」


 俺に囁かれて象山はブルりと体を震わせた。そしてウルウルとした瞳で顔だけ振り向いた。その笑みはオスのぞうさんを欲しがるメスの笑みを浮かべている。


「ぞうさんどこ?!象山のお尻はここだよ!!」


 象山は大砲に手を体を預けながら、尻を突き出すように立った。これが逆転のチャンス!


「うわぁ…引くゼヨ…」


 そう言いながら、龍馬はポラロイドカメラで象山の突き出された尻を撮った。そして写真がカメラからすぐに吐き出される。そこには尻を淫らな顔で突き出す象山の姿がばっちり写っていた。最近江戸の逆流ぎゃるの間ではカメラを持ち歩くのが流行っているそうだ。


「ちょ、龍馬ぁ!!?その写真!いますぐに渡せ!!」


 象山は龍馬に飛び掛かるが、龍馬はそれをひょいっと避ける。


「うちはあきんどゼヨ。この写真には値札がちゃんとついちょる。蒸気飛脚一台。びた一文負けんゼヨ」


「ぐぅ!わしの恥ずかしい写真を撮るだなんて!?武士としての誇りはないのか!?」


「その通りうちは武士ゼヨ。武士は死狂いな商売じゃけん。誇りこそ守らにゃいかん。うちは以蔵を勝たせる。それがうちの誇りじゃ。象山!主の守りたい自身の名声は蒸気飛脚一台にも劣るのか!?如何にゼヨ!」


「むぅ!確かに!わしの名声は蒸気飛脚一台ごときとは比べ物にならんものじゃ。よかろう。蒸気飛脚を一台くれてやる」


「わかったゼヨ。お互いにいい商売だったゼヨ。うぃんうぃんじゃ!」


 いやこれただの脅迫だよね?まあ蒸気飛脚をゲットできたから良しとするか。


「ところでさっきの声の主はおぬしじゃな?」


 象山は俺の方にどことなく怪しげな瞳を向けている。


「その男のような低い美声。気に入った!ぜひこれに声を吹き込んで言ってくれぬか?」


 象山は近くに置いてあった実験機材の中からレコード型の蓄音機を持ってきてスイッチを入れた。


「『象山!象さんをぶち込んでやる!』って吹き込んでくれ!!」


「ええ…。うわぁ…」


「あとそれから、『象山、俺の子を出産しろ!』『象山、おもしれー女』とか!それからそれから…!!!」


 象山はひたすら男に言われたい台詞を俺にレコーディングさせた。それを何に使うかは想像したくない。象山だけに…。





***作者のひとり言***


星★やハート♡をつけて逆転幕末を応援しよう!!


佐久間象山の写真を見るとお目目がキラキラしてますよね?

あと今回の話は佐久間象山ファンならニヤリとしてくれるエピソードが入っているので、気に入ってくれると嬉しいです。




ちなみに井伊直弼の女性名は「むねみ」って設定です。



それから筆者はカルブレイスさん推しです。


ではまた。











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