龍馬ぁ!殿中にござるぅうううぅ!!
江戸城はとても広い。天守閣以外にも多くの建物があり、それぞれが何らかの役所となっている。幕府というものは本来は軍事政権なのだが、統治という観点からみると極めて文治的な存在である。そしてここは官僚機構である。幕臣である勝海舟の洋風な作りの執務室もその中にある。だからね。
「今日も書類が山積みゼヨ…。センセ!海行こう!海行きたいじゃがぁ!船乗りたいゼヨ!!」
勝先生の弟子である俺と龍馬は先生の持っている仕事の一部を分け与えられた。門人という立場は言うならば先生の手足でもある。俺たちは書類とにらめっこしてニキシー管の文字表示画面を持った日本語対応蒸気タイプライターで仕事をさばいていく。龍馬も文句を言いつつもきちんと仕事をこなしてはいた。でもピーピーうるさい。根がパリピ系陽キャな龍馬にはこういうデスクワークにとことん向かない。逆に知らない人とすぐに仲良くなれるあたり営業マンとかの方が向いてるんだろうな。
「煩いよ龍馬。仕事しろ仕事。お前のしたい海の仕事だって9割は書類仕事だよ。ここでの経験は将来にいかせるんだから真面目にやれ」
「そういう正論嫌いじゃ!というかなんで以蔵もちゃっかりセンセの弟子になってんゼヨ!?攘夷派の半平太さんの金魚のフンだったくせに!!」
「別に攘夷にこだわりがあったわけじゃないからね。半平太姉さんには恩はあるけど。それはそれだよ」
「ふーん。そう。まあいいゼヨ。そかそか。以蔵もああいう根暗な運動やめて正解ゼヨ。センセのところなら面白い夢が見れるゼヨ」
坂本龍馬と言えば、世界に視線を向けた英雄みたいなイメージがある。実際この女も普段からこの国の将来のあり方についての開明的な発言はよく出てくる。
「そうゼヨ!以蔵も将来うちの作るかんぱにぃに入れてやるゼヨ!攘夷なんかよりも世界に出でて商売するんじゃ!世界の人々とうちらのうぃんうぃんで公平な商売でこの列強の支配する世界を変えるんじゃ!」
なんかすごく壮大なこと言ってるぞ。自由貿易にフェアトレードの概念を持ち込んで語るなんて未来から来た人かな?でも龍馬の笑みはキラキラと輝いている。カリスマとでもいう雰囲気が満ちている。
「そっか。いい夢だね。素敵だよ龍馬」
「へへへ。エヘンエヘン。照れるゼヨ」
「じゃあその夢叶えるために仕事しようか?」
「以蔵は鬼じゃ!」
俺たちのじゃれ合いを勝先生はニコニコと笑いながら見ていた。
「良きかな良きかな。ふふふ」
この人は門人をいつも見守っているのだろう。山積みな仕事を捌きながら、一つ躓いた案件が出てきた。
「勝先生」
「なんだい?」
「この案件なんですけど」
俺は勝先生の机にその案件の書類を持っていく。将来の海軍設立の構想についてのものであり、俺なんかが処理していい案件ではなさそうだった。
「ああ、これは。ちょっと私の権限を越えるな。いい機会だ。坂本」
「なんゼヨ?せんせ」
「岡田君を連れて大老の秘書官室にこの書類を持っていけ。その場でハンコが貰えればよし。貰ってこれなかった大人しく帰ってこい」
「ええぇ。井伊大老のところですかぁ?行かなきゃダメゼヨ?」
龍馬は上目遣いで可愛く先生におねだりする。だけど先生は満面の笑みで。
「いいから行って来い。井伊大老だけに…ぷ」
「全然詰まんないゼヨ!」
龍馬は肩をがっくりと落した。俺たちは書類を先生から受け取って、井伊大老の秘書官室に向かった。
「なんで龍馬は大老のところ行くのいやなんだ?」
「井伊大老の傍付きの文官共、あいつら土佐の上士どもよりもウエメセの嫌な奴らゼヨ」
土佐には独自の身分制度がある。それは戦国時代まで遡る歴史的な事情が絡んでいる。龍馬は下士こと郷士身分の出身である。だが実家はお金持ちであるためわりと郷士のなかでも浮いているところがある。案外この子が上京してきたのも故郷にわだかまりがあるからなのかもしれないな。
「ついたゼヨ。以蔵。マジで嫌な奴らだから覚悟はするゼヨ」
「う、うん。わかった」
俺たちは秘書官室前の受付係に声をかける。
「勝義邦の使いぜ…です。大老にこの書類をお届けに上がりました」
「ぜ?ぜですか?どこのお国訛りですか?おやまぁ。たいそうな田舎侍様ですのね。おほほ。どうぞおはいりになってください
なにこの受付、速攻煽ってくるんだけど?龍馬が唇をメッチャ噛んで怒りに耐えていた。俺たちは秘書官室に通された。そして奥にいる秘書官長に書類を渡した。秘書官長の後ろには襖があった。その奥には誰か人の気配があった。
「へぇ。あの勝殿からですか…。わかりました。後で大老には渡しておきます。後で、後でですがね!ふふ」
わざわざ後でアピールしてくんのくそウザい。隣にいる龍馬なんかめっちゃ額に青筋を浮かべている。あと少しでぶちぎれるんじゃなかろうか?そんなときだ。
「あら?勝さんからですか?その人たちを通して差し上げなさい」
その声を聞いて秘書官長がどこか驚いたような様子を見せた。
「大老!書類を届けに来たのは勝の飼い犬の田舎侍ですよ!」
「かまいませんわ。犬畜生でも士分でしょう。どうぞお入りなさいな」
侍女らしき女が襖を開けた。俺たちは言われるままに部屋の中に入った。そこは豪奢な内装の和室だった。部屋の真ん中に座椅子に腰掛ける女がいた。悠々と筆で書を書いていた。緑色の髪の毛に金色の瞳の美しい女だった。綺麗な蝶々の模様の振袖を着ている。この人が大老井伊直弼!そして俺たちはその人の前まで進んだ。
「どうぞお座りなさいな。わんちゃんならお座りくらいは得意でしょう?」
「わーん。そうゼヨそうゼヨ。得意ゼヨ。どっこらしょっと!」
龍馬はその場で堂々と胡坐をかいて座る。ミニの袴の布地ががばっとひらかれた太もものせいでぴんと張る。きっと正面からはパンツが丸見えだろう。
「まあお下品だこと。土佐の下士は大名相手に下着を晒すのを恥じと思わないのね?」
「うちが下着見られて恥ずかしいのは男相手だけゼヨ!大老相手でも同じ女!見たければ見るがいいゼヨ!」
隣にいる俺にもパンツがちらちらと見えている。ギャルらしい黒のきわどいパンツ。坂本龍馬のパンチラってワードがパワーありすぎじゃない?
「ふん。まったく主人に似て減らず口ばかり…!可愛くないものですね。ところでそちらは初めての顔ですわね?名は?」
俺の方をまっすぐと鋭い目で睨みつけてくる。流石に大老職についているだけあってすごい圧を感じる。
「岡田以蔵です。海舟先生の弟子です」
「弟子?そうですか。その割には顔が綺麗すぎますね。それとも海舟は百合叡智のお相手を弟子とでも呼ぶのですか?」
百合叡智。まあいわゆる女性同士でのセックスのことだけど、この世界ではごく一般の嗜好である。特殊な術を行ってからやると妊娠もできる。この世界は本当にぶっ飛んでんなーって思う。
「せんせは弟子にそんなことをさせたりしないゼヨ!!」
龍馬が井伊に向かって怒鳴った。英雄らしく度胸がある。なお遊郭に入る度胸だけはない。
「ふん。そうですか。それはそれでつまらないものですね。本当にあの女はつまらない。書類を出しなさい」
俺は井伊に書類を渡す。井伊はそれに丁寧に目を通し始めた。仕事はちゃんとしてくれるらしい。
「岡田さん。あなたは勝さんの何がよくて弟子になったのですか?」
井伊は俺にそう尋ねてきた。その眼にはどことなく真剣な感情がある様に見えた。
「何って…。優しいところですかねぇ?」
これから起きる幕末の動乱のこともあるけど、俺みたいな人斬りにも優しくしてくれたのが、すべてのきっかけだったと思う。
「優しいところ…?あの女が?」
「ええ。勝先生は俺みたいなやつにも優しくしてくれました」
「そうですかそうですか。…なら勝が用意する以上の待遇でもってあなたを遇しましょう。岡田さん。私の門人になりなさい」
「「え?!」」
突然の申し出に俺と龍馬はとても驚いた。大老がわざわざ俺を門人にしてくれると言っているのだ。これは普通の武士ならば泣いて喜ぶべき話である。なお隣にいる龍馬さんはほっぺをぴくぴくさせて切れかかっていた。
「地位も財も学もすべてあげますわ。権力もない、金もない、血筋もない勝よりもわたくしの方がずっとずっと優れている師になれます。願ってもない話でしょう?」
その通りだ。勝海舟は未来の偉人だけど、今はまだまだこれからの人である。現時点では大した人物だとは世間の誰からも思われていない。だけど俺は勝先生以外の弟子になる気はないんだ。
「申し訳ありませんがお断りします」
俺は頭を下げてその話を断った。
「へぇ?あなたはわたくしよりも勝さんを選ぶと?」
「はい。そうです」
それを聞いて龍馬はにっこりと満面の笑みを浮かべる。龍馬は勝先生に心酔している。俺だってあの人が好きだ。選ぶまでもない回答だった。
「そうですか。それはつまらないですわね。ところで。ワンちゃんというものは可愛いと思いませんか?」
そう言いながら井伊は俺たちの渡した書類に判子を押し、書類をまるで折り紙のように折り始める。そうして折りたたんでできたのは紙飛行機だった。
「犬というものは目の前に何かが横切ればそれを無視できない憐れな生き物です。坂本さん!書類をお返ししますわ!それ!」
井伊は書類の紙飛行機を飛ばした。それは俺と龍馬の間を飛んでいき部屋の隅で壁にぶつかって畳に落ちた。
「ほら坂本さん。拾いに行きなさいな。勝さんの犬らしくね」
「これ以上せんせへの侮辱はゆるさんゼヨ!!」
「やめろ龍馬!」
立ち上がった龍馬は腰の刀に手をかけたが、俺はそれを抜く前に止める。
「あら?今、刀に手をかけましたわね?この大老井伊直弼に向かって刀を向けようとした。ここは殿中であるのに?」
「あっ…しまった…」
龍馬はその場にへなへなと腰を下ろしてしまった。井伊はひどく獰猛な笑みを浮かべている。
「まったくしつけのなっていない犬ですわね。血筋が悪いといくら仕込んでも芸も身に着けられないのかしらね?」
井伊は筆で龍馬のほっぺたにバッテン印を書いた。
「さてどう罰しましょうか?流罪?打ち首?お家のおとりつぶしに切腹?もちろん勝も連座ですわよね?」
「せんせは関係ないゼヨ!うちだけ!この罪はうちだけにしてください!」
「わたくしに罰の与え方を頼んでいるの?下賤な犬風情が!」
龍馬はまだ若い。まんまと老獪な政治家の挑発に乗ってしまった。だけどここでのことはだれも目撃者がいない。しらばっくれてもいいだろう。それに井伊もわざわざ龍馬を処刑するほど暇ではない。ただただ何かの八つ当たりをしようとしている。そして勝先生に何か難癖を引っかけようとしている。何か因縁があるのだろうか?俺の歴史知識にはそういうものはない。ただなにかすごく個人的な恨みの匂いを感じた。その恨みを弟子にぶつけたいのだろう。それはだめだ。それは許せない。だって坂本龍馬は未来の英雄である。ここで守らないと未来が守れない。
「そこまでにしてもらおうか」
俺は龍馬と井伊の間に立った。背中の後ろに龍馬を隠すようにして立って井伊を睨みつける。そして刀の鯉口に親指をかける。
「あら?あらあら?あなたはそこのおばかなワンちゃんを庇うんですか?」
「はい。庇います。龍馬が見た夢に俺は魅せられました。だからこの子を俺は守ります。たとえあなたを切ってでも」
「あら?…そこまでの見栄をこのわたくしに張れるとはね。ますます惜しい。そして欲しい。あなたは勝にはもったいないですわ岡田さん。いいでしょう。一つここは武士らしく果し合いで決めましょう」
「果し合い?」
「ええ、蒸気飛脚での決闘ですわ。もしあなたがわたくしに勝てれば、そのワンちゃんは無罪放免とします。でもあなたが負ければわたくしはそのワンちゃんを処刑して、あなたを門人として飼うことにいたしますわ」
「そうですか。いいですよ。ただし一つ条件くわえますね。勝先生は犬嫌いです。俺が勝ったら龍馬をワンちゃん呼びするのもなしにしてくださいね」
「犬嫌い…?く、くははは!面白い条件ですわね!このわたくしとの決闘なのに何も高望みをしないなんて面白すぎますわ!あはは!」
こうして俺と大老井伊直弼の蒸気飛脚による決闘が決まったのだった。
****設定開示****
蒸気機関型ニキシー管画面搭載型日本語対応タイプライター
もともと日本語には文字が多いため、英語などのタイプライターを改造するだけでは使用できない。それを解決したのが、蒸気機関型真空管計算機付きのタイプライターである。
ニキシー管に漢字の入力予測変換を表示して漢字も紙に打刻できるようになっている。わりと高級品であるため、まだまだ普及はしていない。
男が圧倒的に少なくなった世界で起きた技術革新の一つ。失われた錬金術を利用して女同士での生殖が可能になった。このため人口の再生産という点ではこの世界に問題はない。だがこの百合叡智での子作りは女しか生まれないため、男を産めるわけではない。男を産むためには昔ながらの自然交配が必要である。
帝国主義
もっとも貴重な資源である男を奪い合う世界規模の争奪戦に積極的に参加する思想。
富国強兵に努めて他国を積極的に侵略し男を奪っていく。
西洋列強は富国強兵に努めて、世界を侵略しそこにいる男を奪っている。
手に入れた男は国家財産であり、国営のホストクラブにて強制労働に従事させられている。
女性名
幼名や私的空間で使う女性としての名前。この世界の女たちはパブリック空間では男性の名前を用いているが、親しい間柄では女性名で呼び合ったりする。公では男のように生き、私では女として生きるための一種の意識の切り替え方なのかもしれない。
相手の女性名を勝手に呼ぶのはなれなれしい印象を与えるので避けるのが無難である。
現時点でのキャラクターたちの女性名は以下の通り
勝海舟→麟
坂本龍馬→乙女
メタなことを言うと、史実における幼名を女性的にしたりもしくは姉妹の名前を与えていたりします。なので坂本龍馬の乙女姉さんはこの世界には存在しません!
ハート♡や星★をつけて逆転幕末を応援してください!
見たい偉人さんとかいればコメント欄にどうぞ!!
筆者はカルブレイスさん推しです!
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