(十三)ギフト
トモコは、一年生の頃の道徳の授業で習った、『ギフト』と書かれた題名の、教本用に作られた物語を思い出した。
物語では、神の使いである神官達が、神からある人間を創造する能力を貰い受け、その能力で赤子を創り出すというものだ。
魔法で子供達に勉強や運動、芸術の力を赤子に注ぎ込み、注がれて産み出された子供達は、楽園と呼ばれた場所で平和に生きてゆく。
やがて子供達は、神官となって神の創造の力を受け継ぎ、その楽園を恩返しとして守ってゆくという物語であった。この楽園には子供達同士の優劣が無く、子供達が平和で幸福に暮らしていく姿が描かれている。
「でも、アンタだって気づいてるでしょう?ワタシら、あのソバカス女に利用されてるんだって…。」
ソバカス女とは、マリコ先生の事だ。カズハは、彼女のことを過激なあだ名でしばし読んだ。
「『ギフト』だって、ワタシらを思い通りに操作させるための、ガソリンみたいなものだよ。『ギフト』があるから、私達は良いように利用されるべきだってね..。」
カズハは皮肉気に愚痴った。
「…中等部から始まる授業もあるよね?…それも集会の内容と関係があるのかしら?」
中等部に入ると、必修の選択科目が三つに増える。しかしどんなの科目で、どの学習を行うかは、異なった学年の生徒間で話すことは禁じられていた。
頭の良い子の中には、既に中等部の授業を始めていている子もいるが、そういう子は『アッパー・クラス』という特待生クラスになるので、AからCクラスとは論外になる。
彼ら『アッパー・クラス』は、専用の居住棟に寝泊まりし、専用教室で授業を受けるので、他クラスと顔を合わせる際は食堂で食事をする時ぐらいだった。
それでも、彼らが会話をする事は殆ど無く、会話をしていたとしても、難解過ぎて殆ど内容が分からない。
要は、雲の上の人達である。だから、こっそり聞いたとしても、結局授業の内容などは分からない。
「さぁね。ただ..ないとは言えないよ。もしかしたら、転生のことかも…。」
先生方は、卒業のことを転生と呼ぶ。だから、学院の生徒も転生と呼んでは
るが、実際のところ、何故転生と呼ぶのかは誰も知らなかった..。
トモコ達は、十三歳を過ぎると、いつ転生するかは人それぞれだった。ただ、期限があり、十六歳までに転生をするのが、この学院に通う条件だった。もし
十六歳になっても、Cクラスを抜け出せずにいると、問答無用にオフター・ゲット行きになるのだ。
「うぅん…。確かに、みんな転生の話になると、上手いこと話を逸らすよね。でも、ただ無事に外の世界に出るだけだよね?…ちがう?」
「分からない..。でも、転生の事と『ギフト』の事は、何か関係があるはずなんだ。」
カズハは右手を顎の下に当てて、じっと考え込む様にして言った。何かを考えながら話す時の、彼女の癖だった。
トモコ達を含めた学院の生徒、教師達は、トモコ達の成績や能力のことを『ギフト』と読んだ。運動身体能力、勉学などの知能、美術や音楽の感性などそれら最高水準に達する能力は、大人達から与えられるより恵まれた『ギフト』。
外の世界で生きる子供達は、習得するのにかなりの年数を掛け、習得出来ずに偏りが出る子達もいる、生まれながらの才能。それらを、ほぼ完璧な状態で才能を与えられたのが、トモコ達を含む
才能だけで無く、病気の根源である原因遺伝子を全て取り除かれ、感染症への耐性が既に備わっているトモコ達は、一度も病気をしたことがない。ただ、オフター・ゲット生(失敗作の生徒)を除けばの話だが…。
「そもそも、どうして転生なんどろう…?卒業なんだから、卒業通知でもいいはずなのに..。」
「アッパー・クラスの連中に知ってることを全て吐かしてやりたい気分だよ。まぁ、吐かしたところで無駄なんだけどね..。じゃあ、そろそろ行こうか、マルグリット。」
カズハが立ち上がるのと同時に、トモコもまた立って、歩き出した。
行き先は、森の広場から近くの、森林遊歩道近くに作った秘密基地だ。トモコとカズハはその場所を、『フォレスト・図書館』と呼んだ。
杉などの針葉樹林との間に、防空壕として使われていた洞穴があった。人工的に地下へと掘られていて、鉄製の錆びた扉で塞がれ、簡単に出入りできる。ずっと、使われずに打ち捨てられていた場所をカズハが探し出して、図書館という秘密基地にしたのだ。
中には本棚が壁一面にピッタリと備え付けられ、びっしりと本が並べられ、本の全てが、禁書扱いを受けている、外出許可日にカズハがこっそりと集めた文学小説だった。
防空壕は半地下になっていて、上の方にある小さな丸い子窓から、陽の光が一筋入った。
何故この場所が秘密なのかは、答えは明白だ。この学校の院生は、物語が描かれた小説を読むと、処罰を受けるからだ…。
川向こうの少女 夏 鎧子 @mei0215e
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