エピローグ 道

[赤い煉瓦柄の封筒]


拝啓 クェインツル様


 いつの間にかこの書き出しに違和感がなくなって、似合う歳にもなったんじゃないかと思います。


 思いますだって、君に敬語なんておかしいね。

 でも、自慢じゃないけど沢山勉強したから、君より賢くなったかも知れないよ。


 この封筒、母さんが残していてくれたんだ。

 家に帰って、その日は疲れて寝ちゃって、そしたら次の日リビングに置いてあった!

 親ってすごいよね。


 また会えて良かった。

 この封筒を見ながら書くと、本当にそう思う。

 いまみたいに成長していなければ、こんな風にまた手紙なんて書けなかったかも知れないけれど。

 ううん、君とならそんなことなかったかな。


 今度はちゃんと返事書いてよね!

 まぁ、返事来なくても、もう一人で会いに行けるくらいにはなったけど。

 また会いに行く。必ず。


 短いけど、今回はこれくらいで。

 今度はレポートも一緒に送ろうかな、読んでくれるだろ?


 じゃあまたね。


 ヒート

 (ヒルルシャント) より





 彼はバスに乗っていた。


 理由は以前友人の父親からもらったメガネの調整のためだ。

 もう成長してサイズが合わなくなっており、掛けられないメガネ。かと言って、他に上手い理由も見つからなかった。


 母親は珍しく静かに笑って、蜂蜜の小瓶を手土産に渡してくれた。

 隣にいたうるさい店員は、自分が行けないから友人を連れて帰って来いと言っていた。今度こそ一緒に部屋で夜通し話そうと伝えてとも。なんのことだよと問うと、いいから楽しんでこいとバンと背を叩かれ、送り出された。

 二人とも笑顔だった。父親の姿はなかったが、玄関にパンが置いてあり、


「どうせ誰も乗っていない、バスで食べたらいい」


 そう一言、自分そっくりの字で、自分が言いそうな口調で書かれていた。

 あまりの短さに笑いがこみ上げる。


 彼はバスに乗り、パンを食べた。

 バスにはなんともう一人乗ってきた。それでも彼は気にしない。特に会話もせず、親父の勘が外れたなとぼんやり考えながら、黙々と食べた。

 初めての車内は、座席がパンと同じ茶色だった。木の座席だが匂いはせず、古い。バスが昔からあったことを彼に告げていた。

 ずっとこの街の門は開かれていたのだと。


 ガタガタと揺れる車内は食べづらかったが、何口かで平らげると、紙袋を折り畳んでカバンに入れた。整理されたカバンには淡い黄色の封筒が入っている。先日の再会について、様々なことが書かれたその手紙の最後に、彼はこう書いていた。


 ──今度そっちに会いに行く。


 結局出すことは照れくさかったから、直接渡そうと持っている。

 まだ季節も二つと過ぎていない。友人は許してくれるだろう。

 会っても結局渡せないかも知れないが。


 まだ先は長い。彼は目を閉じた。

 ガタガタとした石畳の振動がなくなり、なだらかに舗装された道に移ったことが背中越しに伝わってくる。

 今日、彼は初めて街を出た。




            ――END


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太陽がまた散ル頃に つくも せんぺい @tukumo-senpei

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