星降る夜にー須賀原家三姉妹ー

風と空

第1話 三姉妹と天体観測


「うわぁ!さむーい!」


 須賀原家三女 美恵みえ(17)が車から降りて一言目がこれである。


「みーちゃん、設置手伝いなよ!」


 車のトランクから何やら機材を出している次女 佳奈かな(19)もしっかりロングダウンコートを着込んでいる。


「はいはい、いいから動く!」


 運転席で休んでいた長女 志帆しほ(26)もドアを開けて動き出す。


 海外に赴任中の両親のおかげで、女姉妹三人でのんびりゆったり過ごしている須賀原家すがはらけ三姉妹。


 今日は家から旅行がてら長距離ドライブをして、夜空の綺麗な高原にお出かけ中。どうやら天体観測に来たらしい。


 とはいえ今現在真夜中。周りは真っ暗。


「なんにも見えないもーん」


 流石は三女美恵。志帆と佳奈に甘える気である。


「はい残念。美恵の分のヘッドライトあるからつける」


 そこは長女志帆。美恵の行動はお見通しだ。急にライトを浴びて目を細める美恵に構わずつける。


「ちょっと〜手伝ってよぉ」


 友達から借りて来たらしい望遠鏡を辿々しい手つきで設置する佳奈からのヘルプコールが二人に届く。


 この高原は二月現在でも雪が無く足場は悪くはないのだが、寒さで手が凍えて思うように動かないらしい。


 なんとか三人で設置する場所や目標を探すために移動したりするも、すぐに暖を求めて車に避難したりでなかなかゆっくり観測には至らない。


 須賀原家が静かに夜空を見る事は難しい。


 そもそもがここに来る理由は変わった趣味を持つ佳奈である。


「カノープスが見たい!」


 いつもの夕飯時にいきなり言い出した。

 空の写真に続き、今度は星空。それも理由はSNSで「縁起が良い」と知ってみたくなったという好奇心から。


 しかしこのカノープスは南の地平線すれすれに見えるため、北に行けば行くほど観測条件が厳しくなり、 青森県や北海道では地平線から顔を出すことないもの。


 東京でもカノープスは南中高度は二度。見るためには南の視界が地平線まで開けた場所で探すことが大切な事がわかる。


 それも標高の高い場所ほど有利なのだ。標高の高い場所であれば、同じ緯度の平地で見るよりも、より低い星まで見ることができるからである。


 天体観測に向いているのは新月。月明かりの全くない星空が一晩中見れるとあって調べてみたら、今年は二月二十日月曜日。


 これは志帆が休みではない事から「じゃ、冥王星の日に行こう!」と言い出した佳奈。「そもそも冥王星って惑星じゃないじゃん」と美恵に突っ込まれたのはお約束。


 二月十八日は冥王星が発見された事による由来の日らしい。これまた佳奈のアンテナに引っかかり説明し出す。まぁ、この先の説明に関しては、二人を動かそうと脚色した佳奈の話ゆえ割愛させてもらおう。


 二人の好みを抑えた佳奈トークにより、動かされた好奇心。須賀原家は面白い事が大好きな家系。動かないはずがない。


 だが流石に設置しただけでも寒い気候。

 現在車から中々降りられない三人。


「寒いからもうちょいあったまってからしっかりみよう」


 運転席で手を温めながらいう志帆に後部座席の二人も即座に同意。だが、三姉妹がただ黙ってあったまる時間は少ない。余裕が出てくると面白話が好きな佳奈が話し出す。


「そーいえば今見えてる星空って幽霊かもしれないっていう話知ってる?」


「ああ、夜空に見えている星は今現在の光ではなく何光年も前に発せられた光っていうやつ?」


 即座に志帆に答えられてむくれる佳奈。「これだから大人は…… 」と言いながらもすぐ次の質問を出す佳奈。


「じゃ、キラキラ瞬く星と瞬かない星の違いは?」


「はーい!それ知ってる。惑星とそうじゃない星でしょう。瞬くのって大気による光の屈折なんだよね。で瞬かないで微動だにしないのが惑星。太陽系の惑星、金星、火星、木星、土星だよね。現役学生舐めちゃいかんよ」


「くっ…… 知ってたか」


 これまた美恵がすぐさま答える。悔しい表情の佳奈はバックからスマホを取り出す。


「ならばマルバツで答えよ!」


「あ、調べてんの?」「佳奈姉にしては珍しい」


「ふっ、伊達にネタ集めしてないさ。じゃ、問題!ダイヤモンドの星は見つかっているか?さあ、どっち?」


「あり得ないでしょ。バツ」

「えー佳奈姉の問題でしょ。マル」


 サラっと答える志帆に佳奈の性格からこたえを出す美恵。


「みーちゃん正解!かに座55番星eって2004年に見つかってます。これを踏まえて第二問。ゾンビ星と呼ばれる星はある?さあどっち?」


「「ある」」


「え!ちょっとなんで二人して声揃ってんの?」


「「佳奈(姉)の顔見てたから」」


「は?」


 本人は気づいて無いが佳奈はクイズの正解を言い当てる時、鼻の穴がちょっと大きくなるのだ。それを説明された佳奈は顔を隠しながら唸る。


「ううぅ、まさか自分にそんな癖が…… まぁ良いや。そう正解。小惑星の破片を喰いあさるゾンビ星「WD 1145+017」が見つかってるんだよねぇ。他にもラノベあるあるの三つの太陽を観測できる星「HD 131399Ab」があったり、お酒をまき散らすバッカス天国な星「ラブジョイ彗星」があったりするんだよね。あ、これ2015年に急接近した彗星だけど」


「まぁよく調べたね」「え?マジであるの?」


「諸君!宇宙へのロマンは止まらないのだよ!さあ、そろそろ外に見つけに行こうではないか!ロマンを!」


 佳奈がテンション高いまま外に出て行くのを見て、志帆と美恵が笑いながらそのあとに続く。


 外に出た途端に顔に当たる冷気に顔を顰めながらも、改めて夜空を見る三人の顔表情は驚きに変わる。


 降り注ぐ満点の星々。


 冬のダイヤモンドと呼ばれる一等星が明るく夜空を飾り、星々がキラキラと瞬いている。


 地上からの光の無い澄んだ星空に一瞬にして吸い込まれた三人。


「こりゃ凄いねぇ!」「きれーい!」「カノープスも見つかるかも!」


 だが沈黙は一瞬にして途切れ、それぞれ感動に声を上げる。望遠鏡を除き星々を見ては三人ではしゃぎ、しばらくするとふと志帆が口に出す。


「うちらって小さな存在だよねぇ…… 」


「まあね。悩んでるのがバカらしくなるくらいね」


「佳奈姉悩みあったんだ。でも小さい存在だけど、大きな宇宙の中で生きる宇宙人だよ、我らは」


 良い事言ったでしょ、という表情の美恵を「みーちゃんのくせにぃ」とほっぺを引っ張る佳奈。


 それを笑いながら見ていた志帆は思う。


 未だ過労死の多い現代日本人こそ、こうやって空を見上げるべきだよなぁ…… と。


 声を出して戯れ合う二人を笑って見ながら、消えない存在としてあり続ける天体の様に、この関係も消えないものとしていつまでもあり続けたいと志帆は願う。


 そうして一見良い終わり方をした三人だが、そこは須賀原家。帰りの車内にて……


「あ、木星の輪っか見れなかったねぇ」


「「志帆姉…… 」」


 輪っかどころか木星も見れなかったのだが、そもそもの目的がすり替わっている志帆に呆れる二人。


 因みに寒さと浮かれ過ぎてカノープスの事を見つけれなかったため再戦を誓う三人だが、実現するかは未定だ。

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