最後の話:未来を記したウェブ小説を見つけた
ちょっと待って! これってワタシじゃないの!?
スマホ片手にウェブ小説なんぞを読んでいたら、ワタシと同じ名前の登場人物に出くわした。
なんだかへんてこりんな小説だ。ホラーなのだろうか。作中、呪いを受けた高校生の男子が、恋人の妹に呪いを移して助かろうとしている。そんで呪いを移される妹は、姉の彼氏に思いを寄せている……と。ふむ、どっかで聞いたことがある話だな……って、待てや! やっぱりワタシだろ! これ!
作中の男の子が書き上げた小説があって、つまり作中作ってことなんだけど、その中でクリスマスの夜に姉の彼氏と友人が遊びにきて、その彼氏とコタツの中で姉に隠れてキスをするって……この小説の登場人物、完全にワタシだ。すまぬ、致してしまった。クリスマスの夜、オネェの彼氏にブチュっと……。
まてまて、するってーとなにか。あの時の誰かが、この小説を書いたってことか? 誰だ、これ書いたの。オネェじゃないよな。オネェは、ワタシがタカヤくんの唇を奪ったことなんて知らないはずだ。とすると、タカヤくんか? 思えばこの気取った言い回し、めっちゃ彼っぽい気がする……。
いやいや、すべてが偶然の一致って可能性だってある。ノブコって名前は意外と多いし、全国のノブコさんの中にはクリスマスの夜に姉の彼氏とコタツで勢いあまってキスしちゃう人だって、一人や二人くらい居るかもしれない。でも、姉の名前も彼氏の名前も一致してるなんて偶然、あり得るのだろうか?
小説には書いてないけど、クリスマスのあとタカヤくんにホテルに連れて行けとねだったんだよね。誘ったときはタカヤくんノリノリだったんだけど、いざ二人でホテルへ行ってベッドに入ると「恋人の妹を抱けるかよ」とか「ガキを抱く趣味はねぇよ」なんて、よく解んない理由をつけて抱いてくれなかった。
意気地なしかよ!
インポかよ!
女に恥かかすなって話でしょ。こっちは処女を捧げる覚悟で来てんだよ! 抱かないんだったら、そもそも一緒にホテルとか入ってんじゃねぇよって話。
ホテルの件はなぜかオネェの知るところとなったのだけれど、ウェブの小説に書かれてたみたいに呪いを移されて正気を失うようなこともなく、オネェから往復ビンタを食らってこっぴどく叱られるだけで終わった。
呪われるよりはマシなんだろうけど、それでもかなりのダメージだ。タカヤくんがどうなったのか……いや、それは考えないでおこう。オネェがキレたら、手がつけられない。密かに無事を祈っておくことにするよ。
授業終わりの教室。帰りじたくをしながら、友人たちが熱心に噂話をしている。
「聞いた? 振り返っちゃいけない路地の話」
「もう七人目なんだって?」
この噂話、数日前から何度も耳にしている。通学路の途中にある、コンビニとドラッグストアの間の路地。この路地を通り抜ける間、絶対に振り返ってはいけないという噂だ。
振り返ったらどうなるのか……諸説あってはっきりしない。どこかへ連れ去られるとか、恐ろしいものを見るとか……噂を語る人によって内容が異なる。
恐ろしい噂ではあるのだけれど、場所まで特定されているのだ。そんな場所には行かなければ被害をこうむることはない。
しかし問題は、オネェがオカルト好きだということだ。好奇心の塊のようなオネェが、こんな噂を見逃す訳がない。そして予想通り現地調査を行うなどといい出し、強引なオネェに押し切られるようにして、ワタシは放課後に噂の路地へ行くことになってしまったのだ。
待ち合わせの校門へ行くと、オネェだけではなくタカヤくんの姿もあった。ホテルの件でオネェからひどい目に合わされているんじゃないかと心配してたけど……良かった、元気そうだ。
しかしあんな事があった後だ……気まずい。彼もなんだかぎこちない。そんな雰囲気なんてどこ吹く風といった様子で、オネェは明らかに浮かれている。
「楽しみよねぇ。振り返るとどうなるのか」
スキップでもしかねない浮かれっぷりだ。
「ノブコも読んだんでしょ? あの小説」
唐突に問われ、一瞬なんのことだか判らなかった。オネェはきっと、あのウェブ小説のことを言っている。
「もしかして、オネェが書いたの? あの小説」
「まさか。やめてよね……」
心底嫌そうに眉根を寄せる。
「じゃ、タカヤくんが?」
そう言って見上げると、彼は肩をすくめてみせた。相変わらずキザな仕草だ。でもそこが良い。やっぱり好き!
「だったら誰が……。タカヤくんにキスしたの知ってるとしたら、あの日集まった四人くらいしか……」
そこまで言った瞬間、とんでもない失敗をしでかしたことに気がついた。タカヤくんにキスしたこと、まだオネェにバレてないんだった!
場の空気が凍りつくのを感じた。タカヤくんは、額に手をあて空を仰いでいた。そしてオネェは……鬼の形相でワタシを睨みつけている。
「へぇ。あの小説に書かれていたこと、本当に起こったのね……」
抑揚なく発せられる言葉に、戦慄が走る。
「本当っていうか、なんて言うか……ほら、未遂よ、未遂。じゃれてたら、うかかり唇の先っちょが触れちゃったって言うか……」
あわてて言い訳をしたけれど、オネェに通じるとは思えない。ホテルに行ったことはもうバレてるんだから、いまさらキスくらいでガタガタ言わなくてもいいのに……。
慌てふためくワタシを無視して、オネェが話を続ける。
「あの小説に書いてあることは、実際に起っているのよ」
「だって、実際に起った事を書いてるんだから、そりゃ……」
「逆なのよ。小説が先で、事象が後。わかる?」
「え? どういうこと!?」
「気づいてた? あの小説、クリスマスの二週間前に公開されてるの」
二週間前に公開された小説の筋立てを、ワタシたちはたどっているらしい。タイミングや細部は違うけど、おおむね小説に書かれた事が起こっている。
「タカヤにかけた呪いのことまで、書かれているとはね……」
「は? 呪い!?」
何を言い出すんだ、この女は!
「それってキスとかで伝染して、気が狂っちゃうヤツでしょ!?」
「安心しなさい。かけたのはクリスマスの後よ。それに呪いは、人から人へ移ったりしないわ。ウイルスでもあるまいし……」
いやいや、それにしたって呪いとか……オネェのオカルト趣味も、ここまで極まっていたとは驚きだ。
「危険な呪いじゃないから安心して。性的に興奮したら、股間ががひどく痛むだけよ。ちょっとした浮気防止ね」
なんだその呪いの貞操帯……充分に危険だわ! 怖すぎるわ!
そうか、ノリノリでホテルに連れて行ってくれたタカヤくんが、急によそよそしくなったのはそういうことか……呪いのせいだったのか。
「呪いの件はいいわ。タカヤの下腹部が痛む以上のことは起こらないから。問題はこっちね、略奪愛の魔術……」
小説の中で、オネェがワタシに教える魔術のことだ。強力な魔術のため、手順を間違うと大きな災いが術者をおそう。そして小説のオネェは、嘘の手順をワタシに教えた。恋人を略奪しようとするワタシを陥れるために。
「嘘の手順で魔術を行って……小説のワタシはどうなったんだっけ?」
「気が
背中に冷たいものが流れる。小説の中とはいえ、自分に災いが降りかかるだなんて気持ちのいいものではない。
「深刻な顔しないで。ノブコにそんな魔術、教えたりしないから」
ワタシの不安を察して、オネェが優しい言葉をかけてくれる。
オネェならそれくらいの事やりかねない……そんな風に思ってしまった自分が恥ずかしい。ごめんね、オネェ。
「やるなら直接手をくだすわ。そんな回りくどい方法じゃなくて」
前言撤回だ。
オネェは魔術とか呪いに失敗して、地獄にでも落ちればいい。
小説の内容を検証している間に、問題の路地に到着した。
コンビニとドラッグストアの間に立ち、建物に挟まれた薄暗い裏路地を見据える。路地の向こう側には大きな通りが交差していて、小さく多くの車が往来するのが見える。
明らかにこの路地は異常だ。何がおかしいという訳ではないのだけれど、立ち入りたくない雰囲気を醸している。
「マリコ、路地の噂に略奪愛の魔術が関係している……そう睨んでるんだな?」
「さすがね、タカヤ。その通りよ」
彼の言葉に、オネェの表情が冴える。
「きっと歩けば解るわ。行きましょう」
躊躇なく、オネェは路地へと踏み込む。タカヤくんまでもが、ためらう様子もなくオネェの後に続く。
「早く来なさい」
オネェに急かされて、嫌々ながら覚悟を決める。
路地に一歩踏み入った途端、不快な空気がまとわりついて背筋に
「オネェ、ここヤバイよ。引き返そうよ」
「バカね。振り返っちゃダメなんだから、引き返せるわけないじゃない」
言われてみればそうだ。足を踏み入れた時点でもう、前に進むしかないのだ……。いや前向いたまま後ずさりすれば良くね? とか思ったけど、口に出さずにおいた。きっと一笑にふされるだけだ。
オネェの後ろを、おっかなびっくり着いていく。まとわりつく不快な空気は前に進むたびに濃度を増し、次第に息苦しさを感じるまでになった。前に進むたび、泥水をかき分けるような不快な音が耳に届く。濃密な空気にはムラがあり、頬をなでられたり後ろ髪をひかれるような錯覚を覚え振り返りそうになってしまう。
もうだいぶ歩いているはずだけど、路地を抜ける気配がない。オネェに不安を伝えようとした瞬間、その気配に気づいた。
足音が聞こえた気がした。ヒタヒタと、ワタシのあとを着いてくる足音が。気のせいだと思いこもうとしても足音は次第に明瞭さを増し、背後に人の気配を感じるまでになった。
震える指先で、オネェの袖を引く。
「な、なんか居るんだけど……。後ろに……」
「あら、本当に現れたのね」
事も無げに言うと、オネェは歩みを止めた。続いてタカヤくんとワタシも立ち止まる。同時に、背後の気配も立ち止まった。
確かに居る……。
頭の後ろに息づかいを感じる。なんとか意識をそらそうとしていたのだけれど、逆に振り返りたい衝動にかられる。ワタシの真後ろに居る者が何者なのか確かめなければならない……そんな衝動が湧き上がった。
「オネェ! 早く行こうよ!! 後ろになんか居るって! 逃げようよ!!」
ワタシが発した声は、ほとんど悲鳴だった。必死の訴えに自分でも驚いた。思っている以上にワタシは恐れている……背後に居る存在を。
「ノブコ、振り向きなさい」
オネェの言葉に、耳を疑った。
「なに言ってるのよ! 振り返ったらダメなんでしょ!!」
「いいから早く! 憑かれるわよ!!」
オネェの気迫に押され、意を決して振り返る。
ずっと感じていた気配と息づかい……そこに居ると確信していた存在は、確かにそこに居た。しかも見知った姿で。
「え? ワタシ!?」
背後に居た存在。振り返ったワタシが見た存在。それは、もう一人のワタシだった。
目の前のワタシが笑った気がした。その瞬間、ワタシの視界がゆがむ。地面に足が沈み込んでいく錯覚にとらわれ、立っていられなくなる。地面についたヒザまでもが沈み込んでいく。両手をついて体を投げ出したところで、ワタシの意識は途切れてしまった……。
気がつくと、タカヤくんの腕の中にいた。
タカヤくんが路地の真ん中で、膝をついてワタシを抱いている。
「ノブちゃん、大丈夫? ノブちゃん!」
ワタシの体をゆすり、何度も名前を呼んでくれる。なんて幸せなんだろう。好きな人の腕の中で名を呼ばれるなんて……。
「怖かった~」
甘えた声をあげて、勢いよくタカヤくんに抱きつく。驚いてバランスを崩した彼を、期せずして押し倒す形になってしまった。これはチューのひとつでも奪っておくべきではないのか? そう思って舌なめずりをしていると、不意に後頭部を殴られた。
振り返ると鬼の形相のオネェが、もう一発殴ろうと拳を振り上げているところだった。
即座にタカヤくんから離れて、オネェから距離を取る。拳のやり場に困ったオネェは、目の前にあったタカヤくんの二の腕を殴りつけた。逃げたワタシが言うのもなんだが、理不尽だ……。
二の腕をさすりながら立ち上がるタカヤくんに手を貸しながら、オネェが訊く。
「なにが見えたの?」
そうだ、もう一人のワタシの姿を見て、ワタシは気を失ったのだ。
「ワタシだった。もう一人のワタシ」
「なるほどね……」
オネェの見立てによると、あれは魔術の失敗でこの場所に囚われてしまった、小説の中のワタシではないかということだ。
実はこの『小説の中』という表現も適当ではなくて、小説に書かれているのは別の世界線で本当に起こった出来事で、別の世界線のタカヤくんが書き記したものらしい。世界とはミルフィーユのように、何層にも折り重なっているのだそうだ……なるほど、わからん。
「もう一人のワタシは、どこ行っちゃったの?」
「元の世界に戻されたのか、それとも消滅したのか……同じ世界に同じ人が二人存在すると矛盾が生じるからね。ノブコを認識した途端に、この世界から消えたはずよ」
別世界のワタシとはいえ、ワタシが消滅してしまうのは嫌だ。元の世界に戻っていてほしいと切に願う。
「けっきょくあの小説、なんでウェブでなんか公開されてたんだろうな」
タカヤくんが口にした疑問に、大きくうなづく。
「別世界のノブコがここに囚われたのと同時に、別世界のタカヤが書いた小説もこの世界に現れたとか……そんな感じじゃないかしら」
だとすれば、もう一人のワタシが消えたいま、あの小説も消えてしまったのだろうか。ワタシはスマートフォンを取り出し、あのブックマークしておいた小説のページを開く。
予想に反して、小説はまだそこに在った。
クリスマスの夜、タカヤくんにキスするシーンから始まって……あれ、内容が書き換わっている! 大急ぎでつまみ読みする。これ、ワタシとタカヤくんが結ばれる結末に書き換わっている!
どういうことなのだろうか。もう一人のワタシが元の世界に帰って、向こうの世界が組み変わったのだろうか。それとも、また違う世界とつながってしまったのだろうか……。いや、まぁ、どうだって良い。解らないことは、いくら考えても無駄だ。これ、ワタシの持論。
ひとつだけ解ったことは、この世界にもワタシとタカヤくんが結ばれる可能性があるんじゃないか……って事。
「さぁ、帰るわよ」
オネェに促されて、ワタシたち三人は家路につく。
夕日に照らされるタカヤくんの横顔を見上げ、またホテルをおねだりしてみようかな……なんて、不埒なことを考えてみる。
またオネェに、往復ビンタ食らうかも……そう思ったら笑えてきた。
(了)
奇妙に絡みあう呪いに彩られた三つの掌編 からした火南 @karashitakanan
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