第3話 恩返し

「こんな時間に呼び出してごめんね」


「別にいいけど、どうしたの?」


 私は村の入り口に少女を呼び出した。衣装たけるへの恩を返すためだ。


「実はさ、僕この村を去らなくちゃいけないんだ」


 たけるの日記に書いてあった通り、少女には衣装たけるのことを忘れてもらうため別れを告げる。


「え、あんなに帰りたくないって言ってたじゃない……。私とこの村でずっと一緒に暮らそうよ、その方がいいよ。私、たけると一緒にいたいの」


「リンには今までほんとにお世話になったね」


「違うの、そんなことが聞きたいんじゃないの!!」


「この前、ケンさんが殺されただろ? ケンさんを殺した魔物の正体がわかったんだ。今からそいつを殺しに行ってくる」


「殺すって昨日もそんなこと言ってたけど記憶を失って帰ってきたじゃない、危ないわよ」


 記憶どころか命すら失ってしまいましたけどね……。


「魔物を殺したらそのまま元いた場所に帰るよ、この村には戻ってこない」


「なんで!? 帰ってくればいいじゃない!!」


 リンの口調が強くなっていく、このままでは平行線になるだろう。


 この言葉はあまり言いたくなかったんですけどね。




「リン、君たちは食屍鬼グールだよね」


 


 衣装たけるの言葉を聞いた瞬間、リンが膝から崩れ落ちる。


「な、なんでたけるがそのことを……」


「ずっと気づいていたよ。森に囲まれたこの閉鎖的な村、文明が発達していない生活環境、村の人数に比べてこの森で取れる食料は少なすぎる、足りない分の食料は一体どこから持ってきているんだろうね」


「ち、違う、違うの……」


「ねえリン、魔物に殺されたケンさんの死体って今どこにあるの?」


「違うの!! 隠してたわけじゃないの……、いつか言おうって思ってて。でもたけるは私たちとは違うから、受け入れてもらえるかわからなくて。それに村の人たちを食べることなんて私たちはしない!! あれはケンさんからお願いで!! お願い、行かないで……」


 膝を付いて泣きじゃくるこの姿が演技であるというなら、少女はきっと傾国の女になれるであろう。もちろん少女に同情がないわけではない。もし叶うのであればこの村が食屍鬼の村であることを容認し、少女と一緒に幸せに暮らしてあげたい。




 だがそれは叶わない夢だ。この衣装たけるもだいぶ腐敗が進んでいる。翌日には燃えるゴミとなんら変わらない。




「ごめんね」


「違うの!! 私の方こそ悪いの!! たけるをずっと騙していた。村の人たちも間違っても襲わないようにたけるには極力近づかないようにしていたの、ほんとはみんなたけるのことを仲間だって思ってるの!! ケンさんだって私たちが殺したんじゃないの、信じて……」


「そっか、それを聞けて安心したよ」


 悲痛の顔を浮かべている少女をこれ以上見る趣味は私にはないですからね。面白い情報がたくさん聞けたので帰るとしましょう。




「待って!! 行かないで!!」


 森へと背を向ける私の手を少女が強く握る。


「えっ!?」


 途端少女はあり得ないモノにでも触れたかのように握った手を放す。勇気を振り絞り握った愛しい衣装たけるの手の温度は、どれほどまでに冷たかったのでしょうね。




「リン、君のことは本当に好きだった。どうか僕のことは忘れて幸せに生きてくれ。今日はそれだけを言いに来たんだ」


 少女の顔を見ずに最期となる別れの言葉を告げ森へと歩く。最後の最後にヘマをしてしまいましたね。でもそれも余韻があっていいというものでしょう。そう思いませんか?




 森へと向かう私を少女が引き留めることは二度となかった。後ろから一匹の恋した魔物の嗚咽とも聞こえる鳴き声だけが耳に残った。




♦♦♦




「ようやく見つけました」


 少女と別れて3時間ほど森を歩き、私は3匹の魔物を見つけた。


「ナあなあ、今日は誰を殺ス?」


「あの村ァ!! あのばばアァ!!」


「コロス!! コロス!!」


 手のひらほどの大きさの蝙蝠こうもりに手が生え鎌を持っている姿、魂狩ラルフに間違いありませんね。それにしてもなんともまあ、低俗な会話だこと。盗み聞きしているこっちの品位が疑われてしまいますね。


「キのうは変な男に邪魔されたもんナ!!」


「サれたァ!! むかついて殺したァ!!」


「コロス!! コロス!!」


「ジャ、ばばあ殺しにいくカ」


「あ、それはちょっとやめてもらってもいいですか」


「ヤめるゥ!! やめるゥ!!」


「オいまて、今の誰ダ!?」


 3匹の汚物が私を見る。正面から見てもキモいですねほんとに。顔面偏差値√3ぐらいでしょうか。


「金輪際、あの村に行くのはやめてもらってもいいですか?」


「ナんだおまえ、キくわけねえだろばーカ」


「ワけねェ!! かすごみィ!!」


「コロス!! コロス!!」


 まあわかっていましたけどやはり話が通じる相手ではありませんね。少女にもケンさんを殺した相手を殺すと伝えましたし、殺しますか。


「ア、こいつ見覚えあるゾ、キのう殺したやつダ!!」


「あいつカァ!! 泣きわめていたざこォ!!」


「コロシタ!! コロシタ!!」


「オれらの姿も見えてないのニ、ヒっしに剣振り回してタやツ」


「こっけいィ!! ぶざまァ!!」


「コロス!! コロス!!」


「イせいだけのやつデ、最後死ぬときはリン~、みんあ~って泣いてたやツ!!」


「見ものだったァ!! 笑えたァ!!」


「ソノアトスグニコロシタ!! イタブッテコロシタ!!」


「「「ハハハハハハハハハハハ!!!!」」」


 3匹の汚物が共鳴するかのように笑う。




「いい話が聞けました、本当にこの衣装たけるは勇敢で優しい人間だったんでしょうね」


 ついつい拍手してしまいそうになる身体を押さえ私は3匹の魂狩ラルフに近づいていき一番手前の魂狩を掴もうと右腕を伸ばす。


「バかガ!! 人間に俺らは触れねえヨ」


「待てェ!! なんで殺した人間がまだ生きてんだァ!! なんで俺らの姿が見えてるんだァ!!」


「オカシイ!! オカシイ!!」




「あ、気づいてしまいました?」


 右手で魂狩を握りそのまま握り潰す


「ブバビベェェェェェ!!」


「魂狩って実体がない分、綺麗に殺せますね」


 圧縮された魂狩を地面に捨てると、手のひらは何も付着しておらずとても綺麗であった。


「オまえ、許さないゾ!!」


「コロス!! コロス!!」


 逆上した魂狩が鎌を振りかざし突撃してくる。


「今この状況を理解できない魔物もいれば、必死に魔物であることを隠して人間を愛した魔物もいる、人間だけでなく魔物も難儀なものですね」




♦♦♦


「すごい不思議な味がしますね」


 魂狩を咀嚼しながら私はこの衣装たけると初めて出逢った場所に着き、お墓を作っていた。これも私なりの恩返しである。


「たくさんの人生を見させていただきました、本当にありがとうございます」


 腐敗していく衣装たけるを脱ぎお墓に入れ、土を被せる。


 衣装たけるの行きついた村は食屍鬼グールの村だった。本来の食屍鬼グールは人を殺して食べる魔物だが、あそこの村は違うらしい。わざと人里から離れ森に囲まれた場所に村を作り、人間として生活をしていた。人間としての文明は相当遅れているが魔物としては大したものだ、苦労もあっただろう。少女の言っていた人を襲わないというのも、1年もの間、衣装たけるが殺されていないのを見ると本当のことなのだろう。素直に感心します。衣装たけるが魂狩に挑まずにいたらリンとの幸せな生活が送れたのではないかとも思える。




「そういえばまだ、謎は残ってますね」


 この衣装たけるはどこかから逃げてきたと言っていた、おびただしいほど傷だらけの身体は魂狩だけにやられたとは思えない。それに魔物の言葉がわかる人間なんて聞いたことがありません。とても気になりますね。




「日記で書いていた文字はここから東の国の文字ですね。次はそこを目指しましょうか」




 たけるの墓に日記を置き、墓を背に東へと向かう。




「さようなら、私の1日限りのパートナー。あなたはとても立派でした」


 


森の奥底には魔物によって作られた一つの墓と本が眠る。


彼が死んだ事実を知る者は一人の魔物以外いない。

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異世界で化け物が死体を漁っているようです しろくま @shirokuma723

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