第44話 時の操者たち

 オルファは子供に昔話を聞かせるような温もりある声で、それはもうエグいことを話すのである。


「アレン皇帝が即位する前は人狩りは平然と行われていたね。貴族が部下を連れてウォード国まで足を運び、ウォード国は金銭を受け取る代わりに兵士と案内人を貸す。案内人は広大な草原で迷わぬよう、草原の民の所まで貴族を導き、貴族は兵を率いて草原の民を責め、捕らえ、連れ帰る。そして都で彼らを売るか、奴隷として手元に置いておくかして、富を得る」


「……」

 下を向いて何も言わなくなるエリア。

 帝国の教科書には絶対載らない項目だと思うが、かつてそういったことが平然と行われたことをエリアは知っているようだ。


「アレン皇帝が人狩りのような野蛮な行為をことごとく禁止されて、ようやく帝国はまともになった。草原の民であるセシル様を公然と連れ歩くことまでされて、彼らとの関係を修復しようという意思も示したが……」


 オルファは険しい目で、ある方向を睨む。

 きっとその先にあるのは帝都だ。


「セシル様が亡くなり、続けてアレン皇帝まで崩御されたことで、かつての蛮行が再び起こるのでは草原の民は恐れている。17あった部族は人狩りのせいで10に減っているし、今度は自分たちの番だと考えて、クルトの甘い言葉に乗ってしまう部族が出てしまうのも無理はないかもしれない」


「話は終わったか?」


 先を行くファレルが投げやりに聞いてくる。

 若干イライラしているようだが、オルファはわりと図太い神経をしていた。


「いや、まだ終わってない」


「なら早口でやってくれ! こっちにも限界がある!」


 珍しくファレルの声が乱れている。

 凄く疲れているような気がしていると思ったら、無理もなかった。


 俺たちの存在に気付いた新種の獣、すなわちバカクルトの群れが一斉にこちらに向かってきたのだが、ファレルは彼らのスピードを鈍らせる魔法を使っているようだ。


 なのでバカクルト達だけ映画の特殊効果の如くスローモーションで動いており、こちらにたどりつかない状況。


「なら手短に話そう。草原の部族でバカクルトの技術に手を出したのは3つ! 残りの7部族はバカクルトに手は出さなかったが、その脅威に押され、身動きが取れなくなっている!」


 これから起こるであろう戦闘に備えるためか、オルファさんが杖を取り出し構える。


「私達は7つの部族に雇われ、バカクルト殲滅のためにここにいる! そうしないと明日食べる分の金がない。我々は貧乏なのだ!」


「そこまで話す必要はないっ!」


 ファレルが悔しそうに叫ぶ。

 こういう一面もあるんだなあと他人事のように俺は彼女を見ていた。


 一方、エリアは殲滅という言葉にショックを受けている。


「あの子達を殺すんですか?!」

 思わずオルファの杖の先端をつかみ、魔法が出ないようにする。


「中には人がいるんでしょ?! 中の人が動かしてるんでしょ!?」


 その言い方だとまるで着ぐるみを羽織っている感じだが、気持ちはわかる。

 しかしオルファはエリアの手をふりほどく。


「今の我々には戦って勝つことしかできないよ。彼らを生け捕りにして元通りにするような魔術を知らないのだから」


 そしてオルファは叫んだ。


「放て!」


 号令の下、雨のように矢が降り注ぐ。

 ファレルを雇った7部族の戦士達があらかじめ待機していたようで、オルファの合図により一斉に攻撃を開始したのだ。

 

 なにせ動きが遅くなっているせいでバカクルト達は格好の的だ。

 その背中や頭に容赦なく弓矢が突き刺さる。


 一斉に泣きわめくバカクルトの叫び声は、俺とエリアの精神を削るには十分な痛々しさがあった。


「あぁ……」


 目の前で倒れていく獣たちの姿にエリアはなすすべがない。

 

「……」

 一方、俺は複雑な気持ちだった。

 

 未来のエノクは、俺の魂をジェレミーに戻すと言っていた。

 そしてアンディには俺を地球に戻す機能もあると取説に書いてあった。


 ってことは、地球にいる未来のエノクであれば、バカクルトの中の魂を抜き出すようなことができるのではないかと……。


 そんなことを考える俺を現実に引き戻したのはエリアの手だった。


「ねえ見て。様子が変だよ……!」


「?」


 矢を刺されて倒れていたはずのバカクルト達が、やれやれとばかりにまた起き上がり始める。

 魔法のせいで動きは鈍いが、刺さった弓矢は自然と抜け落ち、傷も修復していく。


 まさかエリアの奴、回復術を使ってるんじゃないよなと焦ったが、彼女の戸惑う表情を見る限りそれはなさそうだ。

 

 となるとバカクルトには強力な自己再生能力があるわけで、それはそれで厄介。


「これは……、まずいな」


 一向に倒れてくれないバカクルトに焦りを覚え始めるオルファ。


 そしてファレルはエリアに告げる。


「聞け、エルンストの娘……」


 その声は震えていた。


「理想を叶えたいなら、それを可能にするくらいの実力を見せろ。今のお前にこいつらを救う手立てがあるのか? あるならすぐやれ! やってみせろ!」


 そしてとうとう吠えた。


「私は腹が減ってこれ以上は無理だ!」


 本当にギリギリだったのだろう。

 バタッと膝を突いた瞬間に、バカクルトへの魔術が消え去り、獣たちは一瞬のうちに本来のスピードを取り戻した!


「いかん!」


 オルファが叫んだ直後、エリアが怒鳴った。


「こっちに来ちゃダメだって!」


 驚いたことに、その言葉通りになった。


 リモコンの一時停止ボタンを押したかのように、獣たちがピクリとも動かなくなったのだ。


「なんだと……?」

 

 ファレルが唖然とした表情でエリアを見る。


「なんだろう……、僕はただ……」


 自分で自分のしたことが信じられず、両の手をただ見つめるだけのエリア。

 

 しかしエリアの力は間違いなく事態を好転させた。

 動かなくなった獣たちは、はじめからそこにいなかったかのように消えていく、いや、蒸発していくという表現が近いだろうか。


「や、やった!」

 遠くから歓喜の叫び声が聞こえてくる。


 勝った、勝ったぞ!

 歓喜の声が乱れ飛ぶ。

 

 よくやってくれたお前たちとばかりに草原の戦士達が俺たちの元に集まりだし、手にしていた弓矢を投げ捨て、その場で踊り出す有様。


 そんな喧騒のなか、ファレルは苦々しくエリアを睨んでいた。


「遅らせるのではなく、止めた上での浄化とは……」


 なんだか寂しそうな、弱々しい笑みを浮かべる。


「だから天才は嫌いなんだ……」


 疲れ切ったせいか、バタリと倒れてしまった。

 

「僕が天才だなんて……」


 一方、エリアはのろのろと自信なげに呟く。


「君の真似をしただけなのに……」


 とっさの術ですべてを出し尽くしてしまったのだろうか、睡魔に勝てない子猫のように目をパシパシさせ、直後に倒れた。


 踊り狂う緑の民、その中で眠りこける二人の時の操者、そして残されたのはおっさんふたり。


 俺はオルファと互いを見て苦笑いした。


「行きますか」


「ああ、抱えてな」

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転生奴隷の世界再生計画! - 転生したら秒で死ぬ奴隷モブキャラだったので、フラグへし折って生き延びたら親切な家に拾われた。どうやらそこの娘が勇者っぽいので育ててみることにする。 はやしはかせ @hayashihakase

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