第43話 待ち伏せ
新居は二階建てと書いたが、申し訳ないがいきなり嘘をついた。
実を言うと地下に隠し部屋がある。
そこにはエノクからふんだくったゲートが光り輝いている。
ゲート以外には何もないスカスカの部屋を、ゲートから放たれる紫の光がすべて包み込むので、まるでクラブみたいになっていた。
アンディを立ち上げ、ゲートと繋ぎ、この星の広大な地図を表示させる。
草原の部族が放浪しながら過ごすアルバエウという土地は、東京ドーム何個分とかそんなものでは表現しきれないほど大きい。
広大な帝国領土がすっぽり三個入る、そうエリアから聞かされたときはさすがに大げさだと思ったが、こうしてまじまじと地図を見てみると、あながち間違った表現でないとわかる。
それくらいアルバエウはでかい。
「エクリアからアルバエウまで普通、何日かかる?」
アンディの地図をどんどん拡大して草原に散らばるゲートを表示させる。
「ウォードを通り抜けてから草原の関所までだいたい、一週間くらいかな」
説明しているうちにエリアは不安になってきたらしい。
「ねえホントに一瞬でいけるの? こんな石一つで?」
「間違いない、見てみろ」
「って、うそ」
もう景色が変わっていた。
エクリアにある俺の家から、アルバエウ草原へ。
論より証拠って奴だな。
「すご……」
草原の民が雨宿りをするために作ったと思しき小洞窟に俺とエリアは移動した。
ゲートはこの草原では今だ崇拝の対象であり、洞窟の中に置いてあるゲートにも、綺麗な花や上等な布のお供え物が置かれていた。
洞窟の出口までは平坦な直線だったのであっさりとたどりついたが、それでも差し込んできた太陽の光にしばらく苦労した。
帝都にいたときより、光が強い気がする。
より近くに熱を感じるというか、心地よい風がなかったら汗だくになっただろう。
この後しばらく、アルバエウという草原の絵力に俺は圧倒される。
田舎で育ったけれど、ここまで何もない場所は見たことがなかった。
建物がない。道路がない。
あるのは土と草、全方位どこを見ても、草と土。
凄い、というより、怖かった。
ここで一生を過ごす草原の民には失礼だけど、人が来ていい場所ではないと思った。
「来たか」
上の方から声がして、俺は現実に戻った。
ごつごつした岩場の上にファレルがいた。
「そろそろ来ると思っていた」
ニコリと笑うファレル。
ブロンドの長髪が風でなびく姿はとても美しいと思った。
エリアはファレルと出くわしたことに衝撃を受けて言葉を失ったようだが、俺はそれほど驚かなかった。
同じ道具を使って移動している以上、どこかで遭遇する可能性は十分にあったから特にリアクションもなく、冷静でいられた。
「この前は世話になったな」
礼を言うことも出来た。
ファレルが使い捨てのゲート石を俺にくれなかったら、今頃ネフェルの騎士に殺されていたのは間違いない。
「いや、それは私が言うべき事だろう」
ファレルのそばにベージュのローブを羽織った大男がいる。
「あ、オルファ先輩……」
エリアが思わずその名を呟く。
ネフェルの騎士に捕らえられ、瀕死になるくらいに術者としての力を搾り取られた人だ。帝国を見限った後はファレルと行動を共にしている。
ちなみにエリアとはセシル学校の同級生。
「あなたのおかげで仲間が救われた。彼らを代表して礼を言わせていただきたい」
お辞儀の仕方が立派すぎて、それだけで教養豊かな人だとわかる。
ついでに俺の首の刺青を見ても反応が変わらない所を見ると、オルファは正市民ではなく準市民のようだ。
「他の人達はみなウォードに行ったんですか?」
その言葉にオルファは苦笑し、ファレルはからかうように俺に小石を投げてくる。
「やはり見ていたか、行儀が悪いな」
「あ」
確かに俺が口走った情報は、アンディを使って覗き見したものである。
「まあいい。私とお前らは同じ目的でここに来たはずだからな。話を進めようじゃないか」
「ああ、クルトか……」
俺の呟くにファレルは何度も頷く。
「お前の話を聞いて少し気になったんで、奴の足取りを追ってみた」
舌打ちしながらファレルは適当に拾った石を空高く放り投げると、自分の魔術でその石を消し、意地悪くエリアの目の前に振らせてビビらせた。
「あの小僧は調子に乗りすぎだ。いい加減誰かがぶん殴ってやる必要がある」
ファレルに石を落とされて気を悪くしていたエリアであったが、
「それは同意見だね」
「なら手伝え。そのかわり、知ってる限りのことを教えてやる」
ファレルは颯爽と立ち上がり、首の動きで俺たちの視線を促す。
「あれを見ろ。来たぞ」
あれ……とは。
広大な草原を土煙を上げながら爆走する獣の集団。
ドドド……と、土を蹴りつける音がこっちにも届いてくる。
「オオカミ……?」
毛並みと鳴き声でそう判断したのだが、
「え、シカでしょ? 足とか顔がそうじゃん、角も生えてるし」とエリアは言い、
「背中から鷲の翼も生えている」とオルファは言う。
「つまりは新種の怪物だ」
ファレルはずばり真実を言った。
「セシルの弟子がのめり込んだ危険な実験について知っているか?」
「ああ、ザクロスの町長が実験の成果なんだろ」
「その通りだが、人をモンスターに変ぼうさせるのはそもそも無理があった。体が持ちこたえられないのだ。モンスターになってもそれだけで疲れ切って寝てしまったり、性格がこの上なく強暴になって制御できなくなったりとかな」
「……じゃあ、あの走り回ってる怪物はなんだ?」
「外は動物、中身は人間。かつての実験の発展系といえる結果だ」
「そと、なかみ……」
俺が息を飲んだのは言うまでもない。
今の俺と状況が似ていると思ったんだ。
俺の場合は、外がジェレミーで、中身は別の人間。
あの怪物は、外が動物で、中身は人間……。
「って、そんなのダメだろ!」
自分のことは棚に上げ、俺はファレルに怒鳴った。
「あの怪物の中身が人間だなんて、許可取ってんのか?!」
「取ってるわけないだろ。だからぶん殴る」
それが嬉しくてしょうがないといった感じのファレルだが、さらに俺を見てますますニヤつくのだ。
「ついでだジェレミー、あのバケモノの名付け親になってやれ」
「はあ?」
「一応新種だからな」
だからってなんで俺が……。と思ったのだが、いつまでもあのバケモノを書くのに新種のモンスターといちいち書き込むのもめんどくさい。
かといってキマイラと名付けてしまうのも安直というか、負けというか、
「バカクルトでいいや」
「ちょっとジェレミー」
呆れたように俺の袖をつかむエリア。
「気持ちはわかるけど、さっきはあの怪物に同情してたよね……、バカクルトって名付けられた身にもなろうよ……」
「いや、そこは譲らん」
「ならそれでいい」
ファレルはゆっくりと歩き出し、それ以上何も言わなかった。
彼女の代わりに話の続きをしてくれるのはオルファである。
「クルトが草原の部族にバカクルトの技術を垂れ流した結果、アルバエウはバカクルトだらけになってしまい、生態系が狂いまくっているようだ」
「先輩も対応力ありますね……、ってか、どうしてそんなおっかない実験に手を出しちゃうんでしょう。普通に考えれば自分らの手に余るくらいおかしくなることが起きることくらい、わかりそうなものなのに……」
「わからないかい、エリア?」
オルファは優しく後輩に微笑んだ。
「クルトも草原の民も目的は一つ、帝国への憎しみと復讐だよ」
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