しゃぼん玉

西しまこ

第1話

 公園の砂場のふちのところで、しゃぼん玉を飛ばす。娘もいっしょに吹く。でも難しいらしく、なかなかしゃぼん玉にならない。しゃぼん玉を飛ばすのって、結構難しいのだ、と子どもを育てる中で分かった。まず、吸うのではなく、吹くってことが分からないと出来ない。


「ふぅーってやるんだよ。優しくね」

「ふうー」

「ふうって言わないで、息だけ優しく吐き出してみて。……あ、ほら、膨らんできたよ」


 ぱちん。


 しゃぼん玉になりかけだった膨らみは、消えてしまった。

「あーあ」

 残念そうに、小さい手で緑の筒を触る。

「もう一回、やってみよう? まず、液につけて。――そうそう。それから、優しく、ふぅーって」

 小さなしゃぼん玉がふわりと飛んだ。

「わあ、できたー りなのしゃぼんだま!」

 追いかけて触ろうとするけれど、しゃぼん玉は途中でふっと消えてしまった。

「あー、きえちゃったー」


 残念そうに眉根を寄せる姿が愛しくて、わたしはしゃぼん玉を次々に作った。

 ふわふわと飛んでゆくしゃぼん玉。追いかける娘。

 お昼少し前の公園は他には誰もいなくて、ただ暖かい陽が降り注いでいた。

 いくつもいくつも、しゃぼん玉を飛ばす。

 いくつもいくつも飛んでいくしゃぼん玉を見ていたら、ふいに過去の情景が蘇った。


 小学校のころ、おばあちゃんちの家の中でしゃぼん玉を飛ばしたことがあった。

 階段の途中に座ってしゃぼん玉を飛ばした。しゃぼん玉は床に落ち、床に水玉模様を作った。おばあちゃんは「あらあら、家の中ではやってはダメよ」と言って、床を拭いただけで、怒ったりしなかった。


 ――両親が不仲でわたしはおばあちゃんちに預けられていた。

 どうしようもない寂しさと不安。

 おばあちゃんちから学校に行っていたが、どうしておばあちゃんちから学校に行くのかとか、そういう説明をすることが出来なくて。学校にも居場所はなかった。


 あのころ、わたしはほとんどしゃべることが出来ないでいた。両親は自分のことでいっぱいいっぱいだったし、学校では必要なことだけはしゃべっていたから誰にも気づかれなかったけれど。――おばあちゃんは気づいていた。だって、一言もしゃべらなかったもの。


 わたしはいろいろなところでしゃぼん玉を飛ばした。自分で、食器用洗剤を薄めて作った。砂糖を入れたりもした。ストローの先を切って広げて、しゃぼん玉が飛ぶようにした。

 しゃぼん玉。わたしの気持ちを乗せてゆけ。

 ふわふわ飛んで儚く消えるさまが、まるで自分のようだった。居場所のないわたし。自分では何も出来ないわたし。すぐに消えてしまう弱さ。

 強くなりたかった。何ものにも負けないくらい。


 りなが笑いながらしゃぼん玉を追いかける。

 わたしはあの子の笑顔をきっと守るのだ――


  

         了



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