怪物

雪待ハル

怪物




ぼくは怪物だ。

誰も襲ったりしないし、自ら誰かを傷付けようとした事もない。

それでもぼくは怪物だった。

見た目がおそろしいからと、不気味だからと、人はぼくを恐れ、避けたからだ。

まあ、それももう、慣れたけど。

いいんだ。もう。

じろじろ見られたかと思えばそちらに視線を投げた途端慌てて顔をそらされるのも、その相手にモヤモヤした気持ちを抱えるのも。

もう慣れたし、飽きた。


「もういいんだ。もう。諦めた」


そんな事を言いながら、てくてく歩いていく。長い長い道のりを。

傷付いて傷付いて傷付いて、もうぜんぶおしまいにしてしまいたいと思いながら、それでも終わってしまう事は恐ろしくて、できずにいる。

傷付く事にもう疲れた。でも、死ぬ事は恐ろしい。

どうしたらいいのか分からない。

日々を頑張って生きて、たまにそれが報われるような。そんな人生だったならそれだけでいいのに、こんな不安でいっぱいの人生をどう生きろっていうんだ。


(どうしてこうなっちゃったんだろう)


もうそれすらもぼくには分からない。

公園のベンチに座る。目を閉じて、ああこのまま眠るように終わってしまえたなら、と切実に思った。

その時だった。


「こら、カイ。お兄さん寝てるんだから邪魔しちゃダメ」


「えー?でもこのお兄ちゃんなんかしんどそうだよ」


「ッ!?」


思いがけず至近距離から聞こえてきた会話にぎょっとして跳ね起きると、目の前に利発そうな目をした少年が立っていて、こちらをまじまじと見ていた。

そのそばには彼の母親らしき女性が立ってこちらを心配そうに見ている。


「・・・・・ッ、」


突然の事に呼吸困難になりそうになりながら、ぼくは慌てて二人から離れようとした。

だってそうだろう、ぼくなんかが小さな子どもに近付いたらお母さんは嫌に決まっている。


「あ・・・っ、すみませ・・・!」


「お兄ちゃん、お腹空いてるの?」


「え・・・?」


間髪入れず少年に話しかけられ、ぼくは立ち上がるタイミングを見失った。

心臓がばくばくいっている。え、今何を聞かれた?


「・・・ごめん。今なんて?」


「もう、しっかりして。お腹空いてるの?って聞いたんだよ」


「・・・・なんでぼくにそんな事聞くの?」


「だって、目をぎゅって閉じてたから。別に眠かった訳じゃないでしょ」


「・・・・・・・ぼくは」


こういう時何と言ったらいいのか分からなくて、口ごもってしまった。

そんなぼくを少年は不満そうな顔でじっと見ている。気まずい。というか何だこの状況。


「お兄ちゃん、そっち寄って」


「えっ。うん」


唐突な要求を受けて思わず言われた通りにベンチの端へ寄った。

すると少年がぼくの隣にぽんと座ったので心臓が止まるかと思った。

彼はぼくの心情など気にもせず、自分のバッグをがさごそとあさって、


「はいこれ。あげる」


ぼくに中から取り出したものを押し付けた。

彼が差し出した手のひらにははちみつ味ののど飴が乗っていた。


「え・・・いいよ」


「いいから!はい!」


「・・・・・・・・」


しぶしぶ受け取ると、少年はふふんと満足げな顔になった。何なのこの子。


「あら、じゃあこれもどうぞ?」


「はい!?」


受け取った飴の包装に描いてある可愛らしい蜂のイラストを眺めていたら、少年の向こうから女性の声がしたからぼくは再びぎょっとした。

なんと彼女は少年を挟んだぼくの反対側に腰を下ろしているではないか。

これでこのベンチは満席である。どうしてこうなった。

そして彼女はぼくに向かって包装袋に入ったクッキー(二枚入り)を差し出しているのである。

それを見たぼくは――――なぜかは分からないけれど――――キレた。

勢いよく立ち上がる。


「何なんですかあなた達!!ぼくが怖くないんですか!?」


ずっと思っていた疑問をぶつける。

するとベンチに座ったままこちらを見上げた少年と母親は顔を見合わせ、こちらをもう一度見上げた。


「え・・・別に」


「・・・・・・・・・・」


あっけなく答えを返されて、ぼくは固まった。

なん・・・なんて?え?どういうこと?

そんなぼくを少年はじっと見つめて、


「お兄ちゃん、もう行くの?じゃあ気を付けてね。最近物騒だから」


と言った。


「・・・・・・・・分かった」


ぼくは思考停止したままの頭で何とかそう返して、ロボットのような動きで歩き出した。

歩いている内に、思考回路が動き出して、不要な力を抜いて歩けるようになった。

てくてく。てくてく。先程の公園はもう見えない。

何だったんだろう、あの親子は。ようやくそれを思った。






『え・・・別に』






別に怖くないと。そう言われた。

それは彼の母親も同じなようだった。


「・・・・・ッ」


何かが込み上げてきて、目頭が熱くなった。


(そっか。・・・・そっか)


きみはぼくが怖くないか。そっか。

そう言ってくれた事が自分はとてつもなく嬉しかったのだと、ようやく気付いた。

ぼくは怪物だ。それはこれからも変わらない。

それでも世界には、ぼくの事を怖がらない人もいるのだと知った。

それは、ぼくがこれから生きていくための希望だ。

きみのような人達がいてくれるなら、ぼくはこれからも生きていける。

ありがとうと思って、泣いた。





















「あのお兄ちゃん、綺麗だったね」


「そうね。でも人と違うって、きっと生きづらいと思うわ」


「なんで僕らがお兄ちゃんを怖がると思ったんだろう?」


「・・・さあ。何ででしょうね?」





おわり

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怪物 雪待ハル @yukito_tatibana

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