4:はじめてのぼうりょく
「そうそう、その調子よ」
アリスがスカーレット家に来てから三日が過ぎた。午前中はこの世界『アリスフィア』についてのお勉強、午後は修行である。ちなみに今は午後で、水の入ったワイングラスを頭に乗せ、中腰のままグラスを落とさないようにする訓練の真っ最中である。
「あのさ…これ、何の意味があるの?」
プルプル震える足を抑えつつ、グラスを落とさないように必死に姿勢を保つ。落とすと頭から水をかぶり最初からやり直しという地獄の訓練であった。
「意味なんてないわよ」
自ら用意したテラス席で紅茶を口に含み、静かに語るアリス。
「てめえ、ふざけんなし!!」
ルルは頭の上のグラスを握りしめ、アリスに向かって投げつけた。飛んできたグラスをキャッチし、中身を飲み干して言う。
「そろそろね。どう?何か感じない?」
「――なんか嫌な感じがする」
アリスに言われ感覚を研ぎ澄ますと、こちらを狙う黒くもやっとした気配を感じ取った。
「まさか、今までのは気配察知のための訓練…?」
「ううん、ただの嫌がらせ」
「……で、これどうすんの?こっち向かってきてるけど」
「迎え撃つに決まってるでしょ。アナタが」
「あたしが!?」
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
「今、この家にはガキとベビーシッターしかいねえ」
「誰かに見られる前にさっさと済ませちまおうぜ」
スカーレット家に忍び寄る黒い影。彼らはこの辺りで最近頭角を現し始めた窃盗団である。ゼル・ガボ・ロンの三人からなるこの窃盗団は、村のはずれにある豪邸に目をつけていた。この家の住人は恐ろしく強いと噂で聞いていたので、長期で留守になるときを狙っていたのだ。まさか今残っているのが神とその眷属であるとは知らずに…。
スカーレット家のドアのカギ穴に、ガボが針金を突っ込み開錠する。ガチャリと音がしてニッと笑い、そろりとドアを開ける。その瞬間、ガボは『くの字』に曲がったまま、遥か100メートル先の木の幹に叩き付けられることになった。
「なっ――!?」
「あっちゃー、力入れすぎちゃった。死んでない?死んでないよね?この歳で前科持ちとか困るんですけど」
呆気に取られていたゼルとロンは、聞こえてきた幼い声にハッと気づき、視線を下にずらす。そこには5歳くらいのおかっぱ頭の幼女が拳を構えて立っていた。その背後に青いミドルヘアで顔とスタイルが良い女が腕を組んで仁王立ちをしている。
「さぁ、ルル。やっておしまい」
アリスは盗賊たちに向けて指をさす。
「あんたは
「人間に直接手を出しちゃいけないのよ。天界法でもそう決められているし」
「あ、そう」
「て、てめえ、この野郎」
ゼルは大型のナイフを手に取り、のんきに会話をしている二人のうち、ルルに向かって駆け出した。
「おい、ロン。おめえはあのシッターからやれ」
「おうよ」
ロンも片手斧を手に、アリスへ襲いかかる。
「へへへ、悪いな姉ちゃん。恨むんなら雇われた自分を恨むんだな」
ロンが振りかざした斧がアリスに向かって振り下ろされる。その刹那。
「ツイストオブフェイト」
アリスに触れる瞬間、ロンの体に雷撃が走った。
「あばばばばばばば」
黒焦げになりその場に倒れ伏すロン。
「あんた、さっき自分が言ったこと復唱してみなさいよ」
「専守防衛はオッケーなのよ」
「あー、そうですか」
「ごちゃごちゃと、せめてガキだけでもぶっ殺して――」
「さっきからうっさいのよ、あんた」
飛びかかってくるゼルを飛び蹴りで吹っ飛ばし、そのままマウントポジションで顔面を殴りつける。
「だいたい、こっちは、ワケ分かんない修行とか、させられて、イライラしてんのよ!!」
「ひえっ、助け…ごべ、ご、ごべんなざい」
原型がなくなるほど顔が腫れ上がり、声も発さなくなり、ぴくりとも動かなくなったところでルルは殴るのをやめ立ち上がった。
「ふぅースッキリしたー。あれ、アリス、何してんの?」
「金目の物探してんのよ。ケッ、しけてやがるわね。所持金も少ないし、武器もショボいし」
動けない窃盗団に向かってツバを吐くアリス。
「とりあえず裸にひん剥いて村の入り口に吊るしとけば誰か通報してくれるでしょ」
「りょーかい。あーあ、汗と血で服汚れちゃったよ」
「吊るしたらお風呂にしましょうか」
「さんせーい」
吊るされた窃盗団は、翌朝、畑仕事に出てきた村人によって発見され、騎士団に通報された。窃盗団の男達はその身に何が起きたのか決して話すことはなかった。その後、刑期を終えた三人は教会に出家し、生涯を神に捧げたという。
スカーレット物語~転生勇者♀はイケオジと恋がしたい~ アクア=マリン @agate-aultage
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