第5話 2回、跳んだら

 野外ステージを正面にして芝生の上にあぐらをかいたナツキは、常温の紅茶花伝はマズイ、と思った。下唇に触れた生ぬるい甘ったるさをなめとってから

「買わんけばよかった」と呟く。

 拡張工事をするという沖縄こどもの国はステージも空っぽ、園内は閑散としていた。平日だからだ。

 クリスマスイルミネーションにコーヒーのイベント、何かあればここは駐車場に入りきれない車が列をなす。

 こどもの国があるのは、本島中部の沖縄市。

 昔はロックの街なんて言われ、米軍相手のレストランやバーがひしめき合うアメリカ文化とオキナワ文化が混ざった場所として名をはせた。

 2023年現在は、昔の面影を知る身としては(小学生だったけど)

「さびれ続けてるよな」

って感じだ。

 大きな運動公園やアリーナを建設したり、市立図書館をきれいにしたり、がんばっている様子ではあるが。

 「こどもの国が大きくなったら、はじっこでパーラーさせてもらえんかな~」

  誰もいないのをいいことに、ひとり言。おばさん全開だよなー、はぁ。


 ぼんやりとステージを眺めていると、もはや「ちくり」とうずきさえしない古傷を思う。

 若かった、いや子供だった頃。

 ナツキは熱心にアクターズスクールに通っていた。本気でデビューを夢見ていたし、あと一歩だと思っていた。

 小5で転校した浦添市の小学校には160センチを超えたスタイル抜群のナミがいて

「アクターの先生に方言使わんで内地の言葉を覚えろって言われてる」

と得意げに話していた。

 色白の頬にうっすらそばかすが浮き、栗色のロングヘアはまっすぐ。ぱっちりした瞳の美少女は10代の宮沢りえを彷彿とさせた。

 ナミに憧れてアクターに入ったのは誰にも言わなかったが、中学に入るとあっさりヤンキーの道を選んだナミはさらに遠くなった。


 美女が多いと言われる沖縄は、生まれ育った身としても確かに「そうだ」と言える。

 ミスコン出場者をしのぐ美女がヤクルトレディをしていたりするし、なぜテレビに出ず道端でアイスクリン売ってるの?級の美少女がいる。

 ヤクルトレディとアイスクリン娘がそうだとは言わないが、ナミのように道を踏み外しまくる美女が多いのも確かだ。


 ナツキは美形ではなかったが、県外で「沖縄の人でしょ」と初見で言い当てられるほどには、華やかな容姿だった。

 ヤンキーにならず、水商売もせず、米兵とも遊ばず。まじめにアクター通いをしたがついに芽は出なかった。


 さーっと池の方から風が吹き、紅茶花伝のペットボトルがころり倒れた。

 昔は練習のご褒美に、迎えの車で飲んでいた紅茶。あの頃は缶だった。

 そんな些細なことを思い出せるのも、辞めて何十年も経つのに、ステージを目にすると反応してしまうのも嫌だった。

 地味なおばさんになった自分はカラオケに行かないが、実は歌って踊れるんだぞとまだ思っているのが恥ずかしくて身震いする。


 43歳。スポットは当たらなくていいから自分が人生の主役、という感覚を持ちたいと思う。けれど自分の人生でさえ脇役な気分をどう転換できるのだろう。

 ナツキは妻で母で、娘である自分を思う。誰かのサポーターなのもまた、「主役」の役割なのだろうか。こんがらがる。


 顔を上げると、こどもの国のロゴマークが見えた。モダンな感じに変わってたんだ。

 ロゴを変え、50周年を過ぎた地元の施設は、まだ少しずつ大きくなるらしい。

 「えらいねー。さびれ続けたくないなー」。髪でも染めようかな、は心で呟く。

 立ち上がってパンツの草をはらい、2回、小さく跳んだ。

 ステージに立つ前にしていた動作をしたら、さっきより息が吸えるみたいだ。

 帰りの車内はどうせひとり。

 爆音で歌ってやろうと思いついたら、止まらないニヤニヤを慌ててマスクで覆った。

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ヒスイカズラをさがしに ジャスミン コン @jasmine2023

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